僕の周りの変人達の狂想曲への憂い

川津 中

その女、奇天烈につき 前

 初恋というのは往々にして破れるもので、例に違わず僕も淡い青春の果実を味わった。

 同じクラスだった森泉に告白をしたのは高校三年の時である。容姿もさることながら、陰気だった僕は彼女のエキセントリックな性格に惹かれていた。授業中に菓子の袋を開け貪ったり教室の窓からロケット花火を打ち上げる彼女の姿に心底痺れたものだ。


 数少ない友人にそのことを話すと「血迷ったか」と改心するよう必死に説得されたが、恋に燃える我が心に常識という消化剤は焼け石に水であり、むしろ「見ていろ精神正常者。きっと僕はあの跳ねっ返りと添い遂げるぞ」と普段は見せないような男気を発したのであった。一世一代の大勝負。当たって砕けろ日本男児。その年の夏。僕は[祈願成就]と書かれたハチマキを締め、いざ愛の告白へと踏み切ったのである。


「あ、知ってる知ってる。でも私君に面白さを見出せないから無理」


 玉砕であった。

 拾う骨すらない程完膚なきまでに砕かれ、傷心すら許されない死に体となり僕の恋は終わった。

「そらみたことか」と心無い言葉を友人に浴びせられたのに対して号泣で応えると、まるで腫れ物を扱うが如く接せられたのだが、なんとか残りの高校生活を自棄にならず自殺も殺人も起こさずに卒業を迎えることができたのであった。

 卒業式、どさくさに紛れ森泉に抱きつこうと試みた際に上段回し蹴りで撃退され、あえなく退散したと同時に、彼女の薄紫の下着をこの目に捉えた事を、僕は鮮明に覚えている。あれが、高校生活の中で唯一の幸せな記憶であった。



 あれから三年が経った。僕は無事成人を迎え、酒は飲み放題。女は買い放題といった堕落に堕落した大人の階段を上り(堕落しているのに上っているとは異な事だが)俗物根性丸出しで面白おかしく生きていた。

 素人童貞ではあったが夜の店には文字通り精通しており、あまねく女を抱きに抱いていたものだから、そんじょそこらの伊達男とは比べものにならぬ程の経験値を稼いでいたのだった。「女?  あぁ食い飽きたよ」と男同士の酒の席で声高らかに宣言しては「よ!  淡白閣下!」と野次られるのが、心地よかった。


 そして今。馴染みの店に新しい嬢が入ったと聞きつけてやってきたわけであるがこれが不味かった。いや良かったのだが実に不味い。いやはや男は度胸などと言わずしっかり写真は見ておくべきであった。逃げ場はなし。事を為さねば通りゃんせ。まったく、なんと因果な物語だろうか。自分自身が哀れでならない。


「写真見学?  何いらんいらん。初物は縁起物。それを見てくれで判断するなど無粋の極み。これから舐められに行くわけだが、男沢田を舐めてくれるな」


 などと啖呵をきった手前、今更後戻りなどできようはずもないし、何より九十分四万円である。地獄の沙汰も金次第。払った以上はヤらねば損損。熱り勃つ我がモノが天を貫く通天閣である。しかし、しかし……


「あらやだ。これから一発かますってのに何て顔してるのかしら」


「なんて言い草だ!」


 あまりに下品な言葉につい声を荒らげてしまったが、浴室に鎮座する彼女は驚きもせずクスリと笑う。


「こんなとこに来てる人が、女の言葉を気にしちゃ駄目だよ」


 そっと近づく唇。吐息が掛かり、心音高鳴る。あぁ!  なんと神は残酷なのだろうか!  こんな形で、こんな所で我が愛しの君と再会し、事もあろうに淫猥なる秘め事を致すことになろうとは!  運命とはかくも悲しき……


「ほらほら。元気じゃない。気持ちよくなりましょうねぇ」


 彼女の手練手管に激しく痙攣し思わず身を反らせてしまった。それを見て笑う君。射精。「あらお早い」との中傷に腹を立てた僕はすぐさま臨戦態勢となりマットに寝そべりさぁ本番。やや!  なんという事だ!  これは入れているのではない……吸い込まれていく!  つまりは母体回帰!


「は、母上〜〜〜〜!」


 叫びを上げ僕は果てた。からかう彼女の声が遠くに聞こえる。彼女は、我が愛しき君は。あの夏、僕を振った、森泉澄子は!  淫売の獣となりて牙を剥き!  子羊のような僕を襲うのだ!  夜の闇を桃色に染めたる社交場にてナニをナニしているという現実を疲労感に打ちひしがれながらとくと実感する!


「存外体力があるんだね。見直しちゃったわ」


 息を切らせる僕とは対照的に森泉はまだまだ余裕があるようだった。マットに放置されたままの僕を気にもせずシャワーを浴びている。

 それを下から眺めるのは絶景であった。貝から伸びるわかめの雫を一舐めしようと少々動くと、森泉は「あらいやだ」といって黄金色に輝くお神酒を僕に浴びせかけケラケラと笑った。

 温水の中でも人肌滑る温かさ。これはいい。次からオプションで付けよう。邪を巡らせると愚息が面を上げる。具足が面とはこれいかに。


「はいはい続きはベッドでね」


「はい……」


 イニシアチブを取られていた。僕は腕を引かれ、ドナドナを脳内にて再生しながら風呂を出る。羞恥心は多分にあったが、これはこれでいいものではないか。そうしてそのままベッドにイン。流れ作業で僕と君との共同作業が開始されたのであった。






「これから暇?」


 何度かやりあった僕達は服を着てベッドに並んで腰をかけていた。そんな折にこの言葉である。無論言おう。暇であると!


「ひ、暇です……」


 初恋の女に精も根も吸い取られた僕は敬語しか発する事ができなかった。なんと情けないことか。これが森泉でないのであれば、輝く大和魂のこもった大猿叫を轟かせたのだがな。


「じゃあ二時間くらい待っていてよ。ご飯、一緒に食べましょう?」


 首が落ちるくらいに僕は頷きまくった。「あらヘッドバッティングかしら」と彼女に笑われたが、もはや恥はかききった。今更顔を染めても仕方がない。


「では、待っているよ」


 時が来て僕は店を出た。悲しさ半分嬉しさ半分といったところだが、これから女人と、しかも森泉と食事という事もあり喜びに援軍が送られ、悲しさは三方ヶ原の家康のように、尻に味噌を塗りたくって敗走していった。

 女と共に食卓を囲うのはキャバクラの同伴とアフター以外では初の体験。つまり初体験である。身に纏うはボロのジャージ。これではいかんと閉店処理をしている紳士服屋に押し入り、嫌な顔をする店員の肩を無闇に叩きながらタキシードを一着購入しその場で着替えた。

 気合は十分である。いざ行かん。初デート!   といきんでみたが約束の時間までかなりあったので、一先ず街をぶらつく事にした。一分の経過がやけに遅く、時計を見る度に僕は、生きながらにして炎に焼かれているような気分を味わった。

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