第62話 グルータスの最期

 冷たい空気が過ぎ去る月明かりの下。グルータスの構えた大鎌とリガルナの握る剣の切っ先が、月の光りを受けてキラリと光った。


 グルータスはぐっと足を踏み込み、年齢を感じさせない素早さで身の丈を裕に越える大鎌を軽々と扱い、リガルナに切りかかる。

 重く、しかし目にも留まらない一閃を描きながら空を裂く音が響き渡る。


 リガルナはそれを素早く後方へ飛びのく事でかわし、宙へと舞い上がった。

 月を背後に背負いながら、リガルナはその手の内に風を呼び集める。だが、グルータスはそれをすぐに看破すると、懐から小刀を取り出して素早くリガルナに投げつけた。


「!」


 咄嗟に避けたものの小刀はリガルナの頬を切りつけ、鮮血が飛んだ。

 顔を顰めたリガルナの頬にスーッと血が流れ落ちる。ポタポタと雫を零しながらリガルナの目が据わり、地上にいるグルータスを睨みつけた。


 流れ出る血を拭う事もせず、手に持っていた剣の柄をきつく握り締めると、こちらを見上げて身構えているグルータス目掛けて飛び掛った。


「はぁああぁぁぁっ!!」


 上空から思い切り振り下ろされた剣を、グルータスは大鎌で受け止める。

 耳障りな刃毀はこぼれの音を耳に受けつつ、受け止めた剣の重みは凄まじい。長年愛用している重量感のある大鎌を手にして戦っても、これまで一度たりとも感じた事がなかった手の痺れを、今この時になって初めて感じる。


「がはっ……!」


 大鎌を握り締める事に精一杯になっていたグルータスを見破り、リガルナは剣を交えたまま彼の腹部に痛烈な蹴りを食らわせた。

 一瞬の隙を突かれ、腹部を抉るような強い衝撃を受けたグルータスは低く呻き、霞む視界に思わず数歩後方へ下がる。


「うぐぅ……っ」

「グルータス様! 援護します!」


 苦しげに腹部を押さえて呻くグルータスに、回りにいた兵士達が加勢を申し出るが、彼は荒い呼吸を吐きながらそれを手で制する。


「……む、無用。お前達には無理だ」

「しかし……!」

「死に急ぐ必要はない。黙ってそこで見ていろ」


 そう言い捨てられた兵士達は、それ以上何も言えず口をつぐんでしまう。


 ギリギリと交えていた剣を離して間合いを取ったリガルナは剣を払い、余裕を見せようとするグルータスを見て黙ってほくそえんだ。

 グルータスは血を吐き捨て、霞の取れない視界を振り払うかのように首を振って大鎌を再び握り締める。が、それよりも早くリガルナは再び距離を詰め、グルータスの懐近くまで踏み込んできた。


「なっ……!」


 愕然とする間も無く、リガルナは彼の横面を蹴り上げる。

 不意を突かれ、よろめいたグルータスも負けじと足を踏ん張り大鎌を振り翳す。だが、リガルナは素早い動きで大鎌の攻撃を避け、グルータスの両肩に手を突いて彼の後方へと飛び越える。更に、肩に付いていた手を離すことはなく掴んだまま、自分が地面に着地するのと同時にグルータスの体を投げ飛ばした。


「ぐあぁっ!」


 低く呻き、砂塵を巻き上げながら地面の上を滑るようにして腹ばいに叩き落されたグルータスは、あまりの衝撃に思わず大鎌から手を離してしまった。

 重装備をしてきた大柄なグルータスの体を軽々と投げ飛ばすとは、リガルナのその細い体のどこにそれだけの力があるのか分からない。

 顔面をも強かに打ちつけ、血にまみれたグルータスはギリギリと歯を食いしばりながらリガルナを見上げた。


「……」


 リガルナは月を背に、酷く冷徹な眼差しでグルータスを見下ろしながら、彼の頭を思い切り踏みつけた。


「偉そうなのは顔だけにしておけ」

「く……っ」


 このままでは命が危うい。そう思ったグルータスは、すぐ側に落ちていた兵士の剣に気づきそれを素早く掴むと、リガルナの足元を目掛けて思い切り切りかかる。

 それに感づいたリガルナは素早く飛びのいてその攻撃をかわすと、グルータスは剣を杖の代わりにしてのそりとその場に起き上がった。


「じゅ、術だけじゃなく、直接対決にも自信有りか……」


 苦々しく笑うグルータスに、リガルナの表情は変わらない。

 周りに控えていた兵士達は、手出しが出来ずに険しく落ち着かない表情で二人の様子を見守っていた。


 リガルナは手にしていた剣を地面に突き刺すと、ニィッとほくそえみゆっくりと手を持ち上げる。


「俺は、お前達には殺られない」


 いつの間にか呼び起こされていたリガルナの手の内の風の刃。手のひらがグルータスの方へむけられるのと同時に、突然無風状態だった空気が爆発したような突風が襲い掛かった。

 立っていられないほど強烈な突風。油断していた兵士達は皆、必死に近くの瓦礫に捕まりはするものの、風に体が持ち上げられ踏ん張りが利かずに吹き飛ばされてしまう。

 グルータスもまた急ぎ地面に剣を付きたてて堪えるも、強い突風に煽られながら体中のあちこちが切り刻まれて鮮血を撒き散らしていく。


「く……そ……っ」


 地面の砂さえも巻き上げられ、グルータスの視界が奪われる。思わず目を閉じて耐えていると、風が止み、ふいにこめかみに痛烈な痛みが走った。


「うっ!」


 あまりの激痛に体をよろめかせながら剣から手を放して薄目を開くと、目の前には手のひらが見えた。


「……うぅ」


 一掃された周りに、グルータスの味方となる者はいない。

 グルータスはいよいよ腹をくくる時が来たのかもしれない。そう思い、無念に瞳を閉じる。


 いずれこの責任は取らねばならないと思っていた。最後までマーナリアを守れない事を口惜しくも思うが、幾分、自分も年を取りすぎた……。


 無抵抗になったグルータスを見下ろし、リガルナは興醒めしたような顔を浮かべる。

 観念したと言うべきだろう。ある意味潔い。


「……俺に慈悲などと言う言葉は存在しない」


 口元を歪めて笑うと、弾けるような音を立てグルータスの頭部が吹き飛んだ。

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