第56話 誓い
マーナリアは立ち去るグルータスの背を見送りながら浅く息を吐き、不安が残る中で指導者として立つことに、緊張の色を濃くしていた。
だがここまで来た以上、やり通すしか無い。そう腹を決めるとマーナリアは部屋へ戻った。
ゆっくりと扉を開き中に入るとサァっと風が通り過ぎる。
部屋の中に入り扉を締めたマーナリアは真っ直ぐにセトンヌの眠るベッドに向かった。
静かに様子を伺うと、規則正しい呼吸を繰り返して眠るセトンヌの姿がある。マーナリアは彼の側にゆっくり近づくとそっと座り込んだ。
そして手にしていたアレアから譲り受けた小石を見つめ、それをそっと摘み上げてセトンヌの口元まで持って行く。
「……セトンヌ。これから私は命を懸けて、この国とあなたやお母様を守ります。もう、守られてばかりの私ではいられないの」
そう静かに声をかけると、命のかけらを摘む指に力を込める。
小さくパキンと音を立てると、細かい粒子のように砕け散りそれらは吸い込まれるようにセトンヌの中に流れ込んでいった。
それまでも穏やかな寝息を立てていたセトンヌだったが、見詰めているうちに徐々に血色がよくなっていくのが分かる。そして深呼吸をするかのように大きく息を吸い込むと、再び緩やかな呼吸を繰り返していた。
「ありがとうアレア。心から感謝します」
マーナリアはホッと胸を撫で下ろしながら、アレアに感謝の言葉を述べた。
「約束通り、今度は私があなたの願いを叶えるわ……」
そう言うと、マーナリアはその場に立ち上がり、踵を返して部屋を後にする。
グルータスが一堂に集結させたであろう兵士達に新たな指導者として立つ為に。そしてこれからくるであろう大きな戦いの為の準備をする為に……。
******
広間にやってくると、多くの兵士と魔術師が所狭しとひしめき合っている姿が見える。
指導者として立つ為のバルコニーから、そんな彼らの姿を見つめてマーナリアはふっと目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
「マーナリア様……」
「大丈夫です。もう後戻りは出来ません」
心配そうに声をかけてくる召使に、マーナリアは閉じていた目を開いて睨むような眼差しで窓の外へと視線を向けた。しかし、その力強い瞳とは相反して、彼女の体は小刻みに震えている。
臆病になっている場合ではない。先へ進むために必要な事だ。全ての人々のためにも。
「静粛に! これより、マーナリア殿下からお前達に重要なお話がある。心して聞くが良い!」
グルータスのよく通る声が広間に響き渡った。するとそれまで騒いでいた兵士達が皆、水を打ったようにシン……と静まり返る。
マーナリアはゆっくりを足を踏み出し、自らの手で窓を開くとバルコニーへ歩み出た。
「皆さん、よく聞いて下さい。病に臥したエレニア王妃に代わり、今よりこの国の指導権は私に譲渡されることになりました。巫女としての力を次の子へ継承出来ないまま、女王としてこの場に立つことになりますが、今はもう一刻の猶予もないのです」
物々しい雰囲気で広間に集められたレグリアナ王国の兵士と魔術師達を前に、マーナリアは毅然とした態度で立っていた。
凛とした声が静かな広間の中に響き渡り、マーナリアは目の前の兵士たち一人ひとりを見るように視線を投げかけながら話を続けた。
「赤き魔物は今、この地へ向かっていると言う情報を掴みました」
その話を聴いた瞬間、その場にいた一堂がざわめきに満ちた。
「レグリアナはこれより、完全警戒防御態勢に入ります。よって、あと一月の間に国の内外の行き来は出来なくなることを、レグリアナに住む全国民へ通達をお願いします。そして魔術師達は皆、この一月の間でこの国全体に結界を張ってください。無茶な命令であることは十分承知の上です。あなた達が持つ力の限りを尽くし、強固な結界をこの国全体に張って欲しいのです。繰り返すようですが、私達には時間がありません」
マーナリアの指示に、誰もが異を唱える者はなく即座に命令通りに動き始めた。
目の前で皆与えられた命により動く様を見つめながら、マーナリアは緊張と不安に体が強ばっている。
握り締められた手が白むほどにきつく掴んでいたマーナリアの側に、グルータスが立つ。
「……マーナリア様」
「大丈夫。これはお母様に代わって私がどうしてもやらなければならないことです。国を守ることの重大さは心得ていますから」
「……」
その後、レグリアナはマーナリアの命令に従い一ヶ月に渡り魔術師達が全勢力を挙げて国全体に大規模な結界が張られた。
目には見えない透明な膜。その結界だどれだけの強度を誇り、どれだけ相手を阻んでくれるのか分からない。
国全体が結界に覆われる中で、マーナリアは自分自身に誓いを立てる。
アレアの意志を伝えるまでは何があろうと生きていなければならない。そして彼女の意志を伝えるために、自分の命の危険をさらす事になろうとも、遂行しなければならないと。
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