第二十一話 『狙いは……』

 俺たちが味方右翼の……いや、それがあった場所にたどり着いた時、そこは乱戦の真っ只中にあった。

 敵味方入り乱れて、武器を交えている。

 最も平均身長が高い辺り――つまりウノシーの密度が最も高い場所に、ピュリメックがいるはずだ。

 剣を打ち合う音に混じって、ドンだのダダダだのビーンだのという音が響き、その度にウノシーの巨体が空中に舞い上がって消える。

 よかった……まだ無事だ。

 自然に、安堵の溜息が出る。


 ピュリウェザーは、右翼の残存兵を回収・回復して戦力の増強を図りつつ、ピュリメックの支援を行うことを告げた。

 突撃を前に、彼女が振り向く。


「行きなさい、守君」

「……はい」


 噛み締めるように返事をし、ハチドリの魂が宿った左手を掲げる。

 大きく息を吸い――


 次の瞬間、ウノシーが密集する円の中心で球状の爆炎が弾けた。中心近くのウノシーが数十の単位で吹き飛び、爆発音がひどく遅れて耳を叩く。

 新しい必殺技だと信じたい心を、胸騒ぎが凌駕した。


 ピュリメック、何をした⁉


 花のように開いた敵の包囲は、衝撃によって破壊されたウノシーやダリーを吐き出し終えると、後から際限なく覆い被さっていく敵兵によって再び閉じ合わされてしまった。


 秒単位の猶予もないのは明らかだ。

 俺は間髪入れずにハチドリの魂を発動し、加速状態に入った。

 怒声や鬨の声が一瞬でかき消える。

 目の前には爆音に驚くピュリウェザーが、振り向いた直後の格好でほぼ静止している。

 そして空中に舞うウノシーは黒ウィルに溶け戻る直前の状態でのけ反っていた。


 全力で敵陣に駆けこむ。ダリーがウノシーの外から群がろうとしているのを引き裂き、無理矢理道をこじ開けて、ピュリメックがいるはずの中心部へと向かう。両手で顔を庇っているウノシーたちの背中に容赦なく鞭を浴びせると、爆心地へと身体をもぐりこませる。


 いない。

 そこには直径数メートルのクレーターがあるだけだった。その円周上には、爆心を向いた部分がぼろぼろになり、これから消滅するはずのウノシーや、ほとんど消えかけのダリーが並んでいた。だが、ピュリメックの姿は影も形もみえなかった。


「ピュリメック!」


 聞こえないことはわかっていても、思わず呼んでしまう。当然、返事はない。

 周囲をまんべんなく斬り払ってそれらしい姿を探すが、見つからない。

 爆発から加速の直前までの時間は約十秒。その間にひかるは戦場から消え去ったというのか。


 間もなく体感で十分が経過する。

 出直すしかない。

 味方の陣に戻り、ピュリウェザーの隣――さっき加速を始めた場所まで来て、加速を解く。体中の筋肉と関節にひどい疲労が一気に押し寄せ、意図せずよろめいた。


「あの爆発は、一体……」


 ピュリウェザーが、敵の破片が落下し続けている爆心を凝視してつぶやいた。


「ピュリメックの技だと思います。でも、爆発の中心にはあいつはいませんでした」

「いないって……」


 ピュリウェザーは額に指を当てて考えこんだ。その表情がみるみる曇っていく。


「私たちの相手の脆さ……消えたピュリメック……まさか……しかし……いや、十分考えられる……」

「何がですか⁉」


 独り言を言いながら考えを巡らせるピュリウェザーに焦れて、ついいらついた口調で詰め寄ってしまう。


「一体何が考えられるんですか⁉」

「いや、可能性の話なんだけど」


 ピュリウェザーは俺に目を向けず、眉根を寄せていた。


「今日の敵の布陣、最初から一人の祓魔姫ふつまひめを集中攻撃する腹づもりだったんじゃないか……そして、目的は勝利ではなく……祓魔姫ふつまひめの捕獲」

「そんな……!」

「だとしたら、まずいってこと!」


 ピュリウェザーは伝令を呼んだ。


「サイとかイノシシとかゾウとかを中央に並べて。突撃する」


 ただちに突進力のある妖精を中心とした突撃陣形が取られた。頭の周りを鎧で固めた雄々しい妖精たちは、さながら古代の破城槌のようだ。


「敵中央に向かって、突撃!」


 雄叫びを上げながら、全軍が走り出す。大型の妖精を中心として、地響きを立てながら一直線に敵中央を目がけて駆ける。

 先頭が敵陣にぶつかる。

 どおん。どおん。

 至る所で、敵陣に体当たりする衝撃音が響いた。しかし、思うように敵の最前列を貫くことができない。


「突撃の速度が落ちてるわ! 頑張らせて!」


 ピュリウェザーが近くにいた鳶妖精を叱咤する。


「しかし、敵は前衛に重装のダリーと防衛型ウノシーを並べていて、こちらの進軍を阻んでいます」


 鳶妖精が状況を報告した。


「ちっ、嫌な予感が当たりそうな雲行きね。やだやだ」


 吐き捨てたピュリウェザーは、祓魔姫ふつまひめの力で大きく跳躍すると、先頭で突撃を敢行しているゾウの背中に飛び乗った。両手を組み合わせ、こちらの進撃を阻んでいる巨大なウノシーに狙いを定めた。


「ウェザー・フラッシュフラッド!」


 腕先からほぼ直線に、強烈な水流が放たれる。それは金属光沢を放つウノシーの腹部を陥没させ、打ち倒した。

 大型の妖精たちはそれを容赦なく踏みつける。

 しかし後列に控えたウノシーも似たようなフォルムを持ち、突撃はまたも止められた。


「きりがないわね……」


 俺もピュリウェザーと同じことを考えていた。こうしている間に、ひかるはどんどん連れ去られているのではないか、という焦りだけが膨らんでいく。


 と、陣の右方向から太鼓の響きが聞こえてきた。目をやれば、丘の向こうから続々と、つい先日見たばかりの旗印が湧き出している。


「デジールの軍隊!」

「よっしゃ!」


 俺の叫びに反応して、ピュリウェザーは片手でガッツポーズを作った。

 デジール軍はそのまま、俺たちの相手――つまり敵左翼に突撃を始める。


「そのまま突撃。タイミングをデジールに合わせるのよ!」


 二方面からの包囲攻撃に、鉄壁の守備を見せていたヴォイダートの陣も徐々に乱れ始めた。


「そのまま通り抜けて、敵陣を分断する。細かくちぎってから、行方不明のピュリメックを探すわ」


 ピュリウェザーと並んで、ひたすら何体ものウノシーを斬り裂き、その十倍以上のダリーを打ち倒した。しかし、防衛に特化したような敵表層がなかなか突破できない。

 そうこうしているうちに、敵は二方面からの圧力に屈したように後退を始めた。こちらの突撃力を緩和しようとしているかのような動きにも見える。


「ダメージは与えているはずなのに、なんて硬い守りなの……」


 ピュリウェザーが歯噛みする。

 見れば、敵の中軍も合わせて退却を始めていた。受けた損害も侵攻して縮めたイマジナリアとの距離も、まるで気にとめていないかのように、するすると退却していく。その動きは、戦利品を獲て満足したかのような……


 戦利品?


 ちょうどその時、遥か遠くだが確かに見えた。巨大なウノシーがぶら下げていた、武器ではないものが。

 土まみれの赤いぼろ布のようなもの……だが見間違えるはずはない。あれは……


「ピュリメックだ! ウノシーに連れて行かれる!」

「何てこと……」


 ピュリウェザーは退却する敵を睨みつけてうめいた。


「俺……助けに行きます! ピュリメック抜きの勝利なんて有り得ないから!」

「まだ先走っちゃだめ。あの距離で、しかも敵は密集している」


 ピュリメックの姿しか視界に入っていない俺を、ピュリウェザーが止める。


「例の能力、見せてもらったけど……あれ、長時間は使えないでしょ? ここからじゃ時間がかかりすぎるわ」


 さすがベテランの祓魔姫ふつまひめだ。一度技を見ただけで、そこまで分析していたのか。


「でも!」


 できる、できないの問題じゃない。やるか、やらないかだ。

 でもピュリウェザーは、そんな俺の心の内を見透かしたように問うた。


「ピュリメックだけ助かっても、君が倒れたら……あの子は喜ぶかしら?」

「…………」


 わからない。少なくとも逆の立場だったら、俺は嬉しくない。

 返す言葉がなかった。

 人生の先輩であるピュリウェザーは、俺より深い考えを持っているんだ。


「女王様に追撃を具申するから、みんなで助けに行きましょう」


 ピュリウェザーがスマホ型巫装ぶそうアイテムを取り出す。画面にタッチすると、女王様の3D映像が浮かび上がった。


「女王様、ピュリメックがヴォイダート軍の捕虜になりました」


 小さな女王様の映像は、表情を曇らせた。


「やはり、右側が壊滅した時に捕らえられたのですね」

「はい。そこで、我々はこのままヴォイダートの本拠――『深淵の井戸』の近くまで前進し、そこから戦闘を行いつつあの子を救出したいと思います」


 女王様は短く思案すると、口を開いた。


「許可します。全軍の将帥に通達しましょう。右翼の残存兵は城の守りとします。代わりにデジール軍に右翼の陣を作ってもらいましょう。救出部隊の人選は、ピュリウェザーに一任します」


 ピュリウェザーは深々と頭を下げた。


「それと、私からお願いがあります……ターヤによると、『深淵の井戸』の近くに『境界の門』の複製が作られたと推測されるそうです。あわよくば、複製の破壊をお願いしたいのです」

「承知しました」

「成功を祈ります。ここが天下分け目。私も後ほど出陣します」


 通信を終えると、ピュリウェザーは俺の方に振り返った。


「迎えに行こう、みんなで」


 伝令が四方に飛び、イマジナリア・デジール連合軍は東方のヴォイダート帝国に向かって移動を開始した。

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