第56話
「それでは、これより予選第一ブロックの試合を開始いたします。皆さん、くれぐれも相手を殺すような攻撃はしないように。一発で退場になりますからね。」
審判役のスタッフから注意が飛ぶ。
各々、他の選手から一定の距離を取るように移動をする。
「それでは、試合開始!」
審判の言葉に、周囲を牽制しながらそれぞれの選手が攻撃を始めた。
竜人は、自分に向かってきた男二人の攻撃を躱すと男の懐に入り込み、肘を相手の鳩尾を打ち付ける。
「ぐうぇぇ!」
男は苦しい表情を浮かべながら、地面へと倒れ伏した。
残った男の体が驚きで硬直している隙に、竜人は男の上体に
僅かな時間で二人を倒した竜人の周囲の選手は、警戒して一定の距離を取り始めていた。
そんな竜人に、今度は槍持ちの男が間合いを保ちながら攻撃を仕掛けてきた。
相手は突きを主体に攻勢に出ていたが、竜人は槍の太刀打ちの部位を掴むと槍に回転を加えて逆に相手に攻撃を仕掛けた。
「ぐわあ!」
男はたまらず槍を手放すと、意識を失い倒れてしまう。
槍を持った竜人は、感触を確かめるようにその場で軽く演武の真似事をする。
その扱いなれた仕草をみて、観客たちは息を飲むように見とれていた。
「これはすごいぞ! 今大会初出場とみられる選手が、あっという間に三人の男を戦闘不能に陥らせてしまった。しかも、格闘戦だけでなく槍の扱いも手慣れたものだ。一体この選手は何者なんだ!」
武闘技大会の実況者の驚きのコメントに、周りの視線が竜人に突き刺さってきた。
「ひゅー、流石だね竜人君は。あの若さで、全然本気をだしていないのに既に三人も倒してしまうとは。」
「だから言ったでしょパトリック兄さん。竜人様の実力は本物だと。」
試合を観戦していたパトリックとシャローザは、そんなことを話していた。
「私たちのパーティーにとって、兄さんはリーダーであるとともに武芸の先生でもありますから。私やミーナは元より、ラビアたちも純粋な技術力で言えば兄さんには敵いませんから。」
エリスは、少し誇らしげに説明を始めた。
「お兄ちゃ~ん! がんばれー!」
ミーナは竜人の活躍をみて、嬉しそうに応援をしていた。
もちろん、竜人がその声を聞き逃すはずもなくミーナの方を見て槍を掲げていた。(流石シスコンパワー!)
(しかし、ミーナたちはどうしてあんなところに居るんだ?)
竜人は、ミーナの声に答えながらそんなことを考えていた。
そんな竜人の元に、十人以上の男たちが囲い込む。
その背後には以前、精霊の深緑亭のローリンダに乱暴を働いていたゴードリーが立っていた。
(あいつは確かローリンダさんに手荒な真似をしていた奴だったな。)
竜人は、名前をすっかり忘れていたがゴードリーの下品な笑いを見てそう思い出していた。
「よしお前たち、あいつに本選出場の厳しさを教え込ませてやれ。」
ゴードリーの言葉に、竜人の包囲網を狭めていく男たち。
「死ねや!」
男が後ろから攻撃を仕掛けてきたが、竜人は振り向くことなく槍の石突の部分を男の体を打ち付ける。
(おいおい、殺しちゃダメって言われただろう。大体声を出して攻撃したら、不意打ちにもならないってのに。)
竜人は呆れ気味にそんなことを思ったが、さっさと片付けるかと考えて左から切り崩すことにした。
男たちは必死に抵抗するが、竜人は無駄なく一撃で急所を突くと次々に意識を刈り取っていく。
「何だよ、こいつは。」
「こんなに強いなんて聞いてないぞ! 話が違うじゃないか。」
どうやら男たちは、ゴードリーに唆されて誘われたようであった。
肝心のゴードリーの行方を探すと、とっくにこの場から離れたところに逃げているのが確認できた。
竜人が男たちを全員倒し終えたとき、他の場所での戦いも粗方終了していたらしく、残った人数が四人になっていた。
その中に、ちゃっかり残っていたゴードリーを睨み付けた竜人。
「それまで! 予選第一ブロック終了!」
『わああああ!』
会場が大いに盛り上がっていた。
特に、竜人が見せた戦いは素人でもすごいと一目で分かったため、みんなが竜人のことを讃えていた。
「さあ、予選第一ブロックにて早くもダークホースが登場だ! 誰が予想できたか、全くの無名選手が二十人近くの男たちを倒してしまった。これは、本選での活躍も期待できるかー!」
実況者のコメントに、会場のボルテージも上がっていく。
竜人は、声援を受けながら闘技場をあとにした。
控えの場所まで戻ってきた竜人は、ラビアたちの『おめでとうございます。』との声に迎えられた。
「流石、俺の見込んだだけの男だ。楽しくなってきたぜ!」
ミロは、竜人にそう言うと肩を叩いてきた。
「そんなことより、お前も予選で落ちないようにしろよ。」
竜人の言葉にニヤリと嗤うミロ。
竜人は、ラビアたちにエリスたちが観戦している場所を伝える。
「俺の試合は今日はもうないから、エリスたちのところに行ってみるよ。みんなも頑張ってな!」
ラビアたちが頷いて答えるのを見て、竜人は観戦席に向かった。
竜人が向かった先には、警備の兵士が多く居てエリスに伝言を伝えてもらうように頼むことにした。
先程の試合と、あまり使いたくはなかったレスタルク勲章を見せると直ぐに動いてくれた。
そして、兵士に先導されながら観戦席に来た竜人。
「兄さん、お疲れ様でした。とてもカッコ良かったです。」
「お兄ちゃんおめでとう。私の応援聞こえた?」
「ああ、ありがとう二人とも。ミーナの声でお兄ちゃん百人力だったぞ。」
竜人はそう言うと、抱きついてきた二人の頭を撫でていた。
「竜人様、お疲れ様です。予想通りの活躍でしたね。」
「竜人君、おめでとう。」
シャローザとパトリックからも賛辞を得た竜人は「ありがとうございます。」と答えると、この場にもう一人いたコーリーに気が付いた。
コーリーからも「おめでとうございます。」と言われ、何でここに居るんだろうと思いながらもお礼を返す。
「パトリック皇子殿下に誘われてから、ここに来るまでにコーリーちゃんと会ったものですからお誘いしたんです。」
そうエリスから説明された。
そして、コーリーから爆弾発言がなされた。
「竜人さん、お願いがあります。もし兄さんが負けたら、私とデートすることでどうか許していただきたいんです。お願いします!」
「はい?」
竜人は行きなりのことに驚いて、エリスの顔を見てしまった。
エリスもどうしたら良いのかわからない様子で、困惑しているだけだった。
「あの、コーリーさん。別に俺が勝ってもなにもしないですから、コーリーさんがそんなことする必要ないですよ。」
竜人はそう告げると、コーリーの頭を上げさせる。
「いえ、それでは兄さんも反省はしないですから。竜人さんは不満に思うかもしれないですけど、どうかお願いします。」
「別に不満とかではないんですけど・・・。」
結局竜人は、コーリーに押しきられるような感じで引き受けてしまった。
そんな様子を、段々不機嫌になっていったエリスが見ていた。
竜人は、なんとなくエリスに責められているような気持ちになり、居ても立ってもいられなくなってミーナのところへと逃げるように移動した。
そんな様子を笑いを堪えるようにして、パトリックとシャローザが見ていたのだった。
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