第34話

 お昼になり孤児院で昼食をご馳走になった竜人は、お土産のケーキをステラさんに渡すと皆に配ってもらう。

「うわ~、甘くて美味しい!」

 ケイミーはケーキを一口食べると感激していた。


 子どもたちは皆笑顔でケーキを頬張っており、竜人はケーキを買ってきて良かったと思った。

「竜人さん、ありがとうございます。食事には困ることはなくなったのですが、あまり贅沢なものは買ってあげられないもので。」

 ステラの言葉に気にしないで下さいと伝え、ケーキを食べ終わると一週間程の食料を食料庫に補充して、竜人たちは孤児院を後にする。


「竜人お兄ちゃん、また来てね~。」

 ケイミーたちにに見送られて竜人たちは買い出しでもしようと思い、まだ行ったことのない商店の建ち並ぶエリアへと向かうことにした。


 しばらくの間、いろんな商店を見ていっていると突然エリスを呼ぶ声が聞こえてきた。

「エリスじゃないか? ミーナも一緒にどうして王都に居るんだ?」

 呼ばれたエリスは声のする方を見ると、驚いた表情を浮かべた。

「コルビー? 王都に行くっていってたけどここの商店がそうなの?」



 竜人は二人が話しているのを見ながらミーナに尋ねた。

「ミーナ。彼の事を知っているのかい?」

「うん、前に家の近くに住んでいたコルビーお兄ちゃんだよ。お母さんが居たときはよく一緒に遊んでたの。二年くらい前におとーさんが王都の店を任されることになったっていって引っ越したって聞いた。」

「そうか・・・。」


 しばらく話を聞いていた竜人はエリスに話しかけた。

「エリス、久しぶりに会ったんだ。積もる話もあるだろう。俺はちょっと他に行くところもあるし、後で合流しよう。ラビアたちはエリスたちを頼む。」

 そう言うと竜人は歩き出した。


「兄さん?」

 エリスは声をかけたが竜人は振り返らずに人混みに消えていった。

「エリス、兄さんって一体?」

 コルビーが質問してきたがエリスの耳には入ってこなかった。


 エリスたちと別れた竜人は一人王都の街並みを歩いていた。

(エリスの知り合いも王都に居て、孤児院もある。冒険者なんて続けないで王都にいた方がエリスやミーナのためなんじゃないのか? ここから先の旅は、姉に追い付きたいというただの俺のエゴに過ぎないのだから。)


 竜人が考え事をしながら歩いていると、いつの間にか酒場の建ち並ぶエリアに来ていた。

 すると竜人に声をかけてくる人物がいた。

「なんでい、誰かと思ったらにいちゃんじゃないか。確か竜人って言ったか? しけたツラしてこんなところで一人で何をしてる」

「貴方はジャックさんでしたよね。」

 声をかけてきたのは、以前孤児院で出会った金貸しをしているボスのジャックであった。


「丁度いいや、奢ってやるから少し付き合え。」

 ジャックは近くの酒場を指差すと、竜人に来るように促した。

 特に予定がなかった竜人は曖昧な返事を返しながらも、ジャックの後へと着いていく。


 酒場の中に入ったジャックは奥の席に座ると店員を呼び注文をする。

「俺にはエールをくれ。お前は何にする。」

「俺は未成年なんでジュースか何かを。」

「なんだよ。付き合い悪りーな。」

 店員は注文を取ると下がっていった。


「ジャックさんは昼間っから酒なんか飲んで良いんですか?」

 竜人はジャックに意趣返しをするように尋ねる。

「はん、俺は悪党だぜ。昼から酒ぐらい飲むのは当たり前なんだよ。」

 ジャックは特に気にした風もなく答えた。


 やがて店員が注文の品をテーブルに置いていく。ジャックはエールを手に取ると一気に飲み干していた。

「ぷはー、上手い。おーいエールお代わり!」

 すぐさまお代わりを要求していたジャックは、竜人の方を向くと一人喋り始めた。


「たく、お前さんには俺の企みを潰されて、こっちの計画はパーになっちまったぜ。」

 ジャックは竜人の方を睨み付けた。

「企みって孤児院の件ですか?」

「そうだよ!」

 そう言うと店員が持ってきたお代わりをまた半分ほど飲み干す。


「一体孤児院をどうするつもりだったんですか?」

 竜人の問いに、しばらくエールを見つめていたジャックは語り始めた。

「俺とステラの父親、そして母親の三人は幼馴染の関係だったんだ。珍しくもない一人の女に二人の男が惚れるというよくある話だ。」


「俺とあいつの親父は性格は正反対だったが妙に馬が合ってな。三人でよくつるんで遊んでいたものだ。お互いに同じ女に惚れていることは察していたが、暗黙の了解ってやつで告白することはしなかった。」


 ジャックは残っていたエールを飲み干す。

「ところが俺達が二十歳の頃、彼女は病に倒れちまった。医者の見立てではそう長くは生きられないと宣告された。あいつの親父は俺のところに来て、彼女に告白することを告げてきた。俺はなにも言えなかった。彼女の死を受け入れることができずに逃げちまったんだ。そして俺は組織の仕事をがむしゃらにこなすようになった。そうすることでなにも考えずにいられたからな。」


 ジャックは別の酒を店員に注文する。

「そんなある日、彼女の死の報せが入って来た。俺が久しぶりにみた彼女は、もう笑うことも話し掛けることもしてくれなかった。俺はその時、初めて自分のしたことを後悔した。何であの時彼女から逃げ出してしまったのか、何で自分の想いを伝えなかったのか。だが今さら後悔したところで取り返しのつくことじゃなかった。」


「その時、彼女が眠っている傍らにはまだ小さい子どもがいたんだ。彼女の面影を強く受け継いで、嫌でも昔を思い出させるほどにな。そして葬儀が終わってからしばらくたった頃、あいつの親父は孤児院を始め身寄りのない子どもたちを受け入れていった。まるで使命みたいに、どんなに無理をしてでも行き場のない子どもたちは受け入れていた。そんな事をすれば当然借金はどんどん増えていった。」


「俺は何度も孤児院の閉鎖か、せめてこれ以上の孤児の受け入れを止めるよう説得したが、奴は受け入れなかった。このままじゃ彼女の忘れ形見まで失うはめになると思って、奴の借金の肩代わりをしたのさ。勿論、組織の金じゃなく自分の金でな。だから、本当なら金なんて返ってこなくても良かったんだ。これは俺の贖罪に過ぎなかったからな。」


 竜人はジャックの話をただ黙って聞いていた。


「だが、そんな無理が祟って今度は奴まで死んじまいやがった。ステラ一人を残してな。それでもステラは親父さんの後を継いで、一人で何とか孤児院をやっていこうとしていた。俺は見ていられなかった。自分を犠牲にしてまで他人のことを助けて、それでも幸せなのか? もっと自分の幸せのために生きたっていいじゃないか。そう思ったら強引にでも借金の形に孤児院を奪えば諦めもつくだろうと考えたのさ。」


 竜人にはこの男を責める気にはなれなかった。彼の気持ちは理解できたし、それが間違いだとは指摘する事が出来なかった。

 彼は護りたかっただけなのだろう。他の何を犠牲にしても、ステラの母親が遺したたったひとつの忘れ形見を。


「だというのにいきなり現れたにーちゃんが、借金を返したと思ったら孤児たちの仕事まで用意して、ランド商会なんて後ろ楯まで出来ちまいやがった。これじゃ俺が馬鹿みたいじゃねーか。」

 溜まっていたものを吐き出すようにジャックは語り終えた。


「ジャックさんはステラさんを護りたかったんですね。例えそれを本人が望んでいなかったとしても・・・・・・。」

 竜人は、まるで今の自分のエリスたちに対する気持ちと同じだとこの男に感じていた。


 ジャックは新しく来た酒を一口飲むとしばらく黙り込んだ。

「まあ俺の望んだ結末とは大分違っちまったが、これでステラも孤児院ももう心配は要らないだろう。その事についてはにーちゃんには感謝しているんだぜ、これでも。」


 全てを語りすっきりしたような表情をジャックは浮かべていた。


「まあ俺の昔話はこれで仕舞いだ。悪かったな付き合わせちまって。」

 竜人にはジャックにかける言葉が浮かばなかった。


「ところでにーちゃんはあんなところで何を暗い顔をしてたんだ? 俺の愚痴を聞かせたお詫びに、なにか悩みでもあるのなら話ぐらいは聞くぞ。」


 竜人はどうしようか悩んだが、細かいことは暈しながらエリスたちのことを話した。

 話を聞き終えたジャックが答える。

「なるほどな。にーちゃんの実力でも守りきれないとは、相当の奴等を相手にしているわけか。」


 竜人は少し驚いた表情でジャックの方を向く。

「俺はこれでも組織の頭張ってるんだぜ。相手の実力くらい、ある程度把握できなきゃ務まらないんだよ。」


 ジャックは少し考えてから竜人に話しかけた。

「俺には偉そうに言う資格はないが、それでも言えるとしたらにーちゃんの下した判断が何であれ、それが何かから逃げるためのものなら必ず後悔する。今の俺のようにな。」


 ジャックが竜人の方を見つめる。

「失敗してもやり直しの利くことはいくらでもあるだろう。でもな、絶対に取り返しの利かないことだってこの世にはある。何が正しいのかなんて未来のわからない俺たちには、その時になってみなけりゃわからない。だからせめて判断を下す時は、自分の気持ちと相手の気持ちに誠実に向き合うことだ。」


 竜人はジャックの言葉を聞き、黙り込んだままエリスたちのことを考えていた。

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