第12話
深く息を吸い込むと汐の匂いのする海沿いの道をふたり並んで歩く。水面は橙色の夕日に照らされてまぶしいくらいに光っていた。カモメの夫婦がくっ付いたり離れたりしながら、山の向こうに飛んでいく。
ゆりかの頭に結ばれていたピンク色のリボンが潮風に揺れている。ゆりかの顔は地平線に向けられていて、表情が良く見えなかった。小学校の頃からつかっている古い自転車をつきながら、私は黙ってゆりかの左を歩いていた。ふたりの背中をたちまち追い越していった銀色の車の後ろ姿をぼんやりと見つめる。
「いったーい」
さっきまでとは違う低い声。靴ずれにしかめられた表情は、男の子たちの為につくられたものとは違う、ゆりかの「本当」だった。自転車の後輪を止め、しゃがみこんだ彼女に目線を合わせる。ギンガムチェック柄のサンダルのリボンを解くと、踵が擦れて赤くなっていた。皮のポシェットから絆創膏を差し出すと、ゆりかは顔を上げて「ありがとう、きえちゃん」と笑った。その可憐な笑顔を見た私の胸の鼓動はたちまち早くなった。
「きえちゃん、今日はありがとうね」と言うゆりかに軽く頷く。ゆりかの家に着いた頃には、あたりは暗くなっており、古い街灯が点滅するように光っていた。
自転車にまたがり地面を蹴ろうとすると、「ねえ」と呼び止められる。
振り向くと、不安そうな顔をしたゆりかがこっちを見ていた。
「きえちゃん、私のこと、裏切らないよね?」
「うん。私はゆりかのこと、裏切ったりしない。約束する」
安心したように全身を弛緩させる彼女に手を振って、夜の闇の中に自転車を溶け込ませた。人気のない路を駆け抜けていると、足元のペダルがいつもより軽く感じる。
—ねえ、ゆりか。さっき私が喫茶店で言ったこと、冗談なんかじゃないよ。
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