コマーシャル完成試写会

二月下旬、コマーシャルの完成披露試写会を翌日に控えた日の夕刻、仙と波留子は宣伝部の社員や製作会社の担当者達とー緒に監督一行の出迎えに羽田空港へ来ていた。本来なら秘書の波留子がこの場に来る事はないのだが、監督からの要望とあっては断る筈もなく、製作会社としても此れを機にかの監督を怒らせる事なく交渉を成立させた秘書の顔を見てみたいとの思惑おもわくがあったようであっさりOKが出たのである。

到着ロビーに出て来た監督とそのスタッフ達は製作会社の社員達に気付き真っ直ぐに仙達の一団に近づいて来た。と、監督がいきなり大きな声で、

「Oh, Haruko! You must be Haruko. Right?」

そう言うと波留子にハグをして頰にキスをした。これには仙も、当の波留子自身も驚いて言葉も出ずにいたが、直ぐに気を取直した仙が、

「Yes, she is my secretary. And my wife. Please don't hold &kiss her anymore.」

「Oh, you're her husband?! I'm sorry but I was looking forward to see her.」

「Mr. Walles, I'm very glad to see you in Tokyo as promise. I was looking forward to see you, too. I'm Haruko Kuryu, his secretary and his wife.」

「Haruko, you're a woman as my imaged. I'm coming here to see you.」

「No, it's joking. You must be come to Tokyo for your made commercial films. Right?」

「Oh! Yeah, yeah. That's right.」

➖ヤバい!この監督エロ親父か?仕事忘れて何言ってんだろ➖さり気なく仙が間に入り波留子を監督から離すと、製作会社の人間に目配めくばせをして移動を始めさせた。仙が波留子の袖を引き少し後ろへ退がると小声で、

「ハル、これ以上ライバルを増やさないでくれよ。俺を困らせないでくれ、頼む。」

「私は仙に頼まれて彼に電話しただけでしょ。ライバルを増やした覚えはない。第一、仙が私の夫なんだからライバルなんて変じゃない。自信を持って、しっかりしてよダーリン。」

そう言って波留子が仙の手を握った。仙は波留子を見て安堵したようで笑顔を見せた。

監督一行を乗せたワゴン車を先頭に製作会社と九龍ホールディングスの社員を乗せたワゴン、そして最後に仙の車の三台で宿泊先のホテルに向かった。

ホテルに到着すると、製作会社の方から滞在中のスケジュールが通知され明日の日中東京観光を仙と波留子、そして製作会社の社員二名で案内することとなった。夕刻から試写会出席、翌日朝の便で出発、となかなかハードなスケジュールにも関わらず監督等はあっさりOKと言っただけだった。ホテルでの帰り際、監督が又ぞろ波留子にハグしようとするのを仙がかわしてようやっと帰路に着くことが出来た。

「ハル、どうして君はこうもモテるんだ。彼は絶対ハルに気がある!明日連れて行きたくないなあ。」

「何言ってるの。私がモテてる訳じゃないよ。外人なんて皆んなあんなの普通の挨拶でしょ。彼が特別って訳じゃあるまいし、仙の考え過ぎだよ。 いちいち気にすることないって。第一仙、私の夫は貴方でしょう。それにね、彼って私と同じ歳位なんだから私のタイプじゃないわよ。そうでしょ‼︎」

「あっ、そうか、そうでした。うん、じゃあ明日は精々俺達の仲の良さを見せつけてやろう。」

➖そりゃ違うだろ!でもま、いいか。それで仙の気分が楽になるんなら➖

「さて、じゃあ夕食の準備しなくちゃ。仙も手伝ってくれる。」

「いいよ。」


翌日は朝会社には出勤せず直接ホテルへ向かう旨社長と企画宣伝部の次長にはあらかじ

連絡を入れていたので、いつもより少し早目に朝食を済ませると仙と波留子は越して来て以来初めてのんびり川沿いの散歩を楽しんだ。冬の朝、川を渡る風は冷たく耳が痛くなるほどだったが、お陰で寄り添って歩く事で外気の冷たさとのギャップを心地良く感じられるのだった。

「例えば、二人で喧嘩してもこうやっていつまでも仲良く散歩出来る夫婦でいられたらいいね。」

「喧嘩?俺達喧嘩なんてしたっけ。これからだって喧嘩なんてしないよ。いつまでだってこうやって散歩出来るよ。」

「そんなの変だよ。生きて来た環境が全く違うんだよ。相手の考え方や感じ方が自分と食い違う事があっても当たり前でしょ。だから別に激しい喧嘩って言うんじゃなくても喧嘩はすると思うよ。仙と私がお互いの事をもっとよく知りたいと思えば尚更ね。今の所は未だもっと外的な問題が多くてしてないけどね。でも顔見たくなくなるほどの喧嘩は避けたい。私意地っ張りだから気をつけなくちゃ。」

「ねえ、ハルは喧嘩したいの。いつもどんな些細ささいな事でもお互いしっかり話し合ってれば喧嘩になんかならずに済むんじゃないの。分かってるつもりで相手の言う事ちゃんと聞かないから誤解が生じるんじゃない。だったら俺達はそうならないように何でも話そうよ。」

「うん、そうだね。喧嘩する事前提にする必要はないもんね。ごめんね。」

「気にしてないよ。そろそろ戻ってホテルへお迎えに上がるか。」

「そうだね。ねえ、たまにこういう散歩も気持ち良いもんじゃない。休日の朝とかまた散歩しようよ。」

「それ、いいね。」

マンションに戻り身仕度を済ませると二人で車に乗り込みホテルへ向かった。

約束の時間より三十分程早く到着した仙と波留子。ホテルの駐車場に車を入れロビーに行くと、既に監督とそのスタッフ達全員が揃っていた。ところが製作会社の人間は未だ来ていない。

波留子の姿をいち早く見つけた監督が、

「Good morning, Haruko & Mr Kuryu.

We're thinking have to wait for all of you over 20 minutes. But, you just came to us. Let's leave now.」

「Good morning, Mr. Walles & everybody. Mr. Walles, we have to wait for other 2persons of The Creation Company because of they manage all of our today's schedule.

Why don't you have tea break or relax here? I'd like to have a cup of tea. How about you? Let's have a seat.」

そう言って監督をロビーのソファーに座らせスタッフ達にも座るように言うと、波留子はラウンジにミルクティーを人数分頼んだ。

ソファーに皆を座らせた波留子は撮影という仕事について監督だけでなく、スタッフ達にも質問を浴びせその受け答えをしていた間に三十分以上が過ぎていた。

「おはようございます。皆さん申し訳ありません、大変遅くなりました。事故渋滞にはまってしまいまして。We're very sorry. We had loss time to get traffic jam by car accident. Sorry.」

「Oh, it was already passed over, wasn't it ? We could have time to enjoy talking with everybody. Now, can we go out for sight seeing in Tokyo ? 」

「Yes, Mr. Walles. Let's go.」

「九龍部長、おはようございます。いやあ助かりました、お二人が先にお着きになっていて。どうなるかと思いましたよ。」

「僕達は約束の三十分前に到着してロビーに来た時にはもう皆さんはお待ちになっていらっしゃいましたよ。妻が気をかせて皆さんとお喋りしてまぎらわせてくれたから良い様なものの連絡ぐらい入れてしかるべきではなかったんじゃありませんか。其方そちらが今回彼等のマネージメントを請け負っているんでしょう。最低でも約束の時間三十分前には貴方達は此処に来ているのが常識じゃありませんか。この件は貴社の上層部にクレームさせて頂きますよ。」

「本当に申し訳ありませんでした。確かに連絡を入れるべきでした、重ねてお詫びします。」

「とにかく、これ以上彼等に迷惑を掛けたくありません。出発しましょう。」

幾分遅れての出発となったが、この日は製作会社側がマイクロバスを用意していたので、仙達も車をホテルに置いてマイクロバスに同乗して行くこととなった。監督からのリクエストで下町を見たいとの事もあり、スカイツリーや浅草を見て回り、昼食後に秋葉原に立ち寄ってからホテルに戻った。仙と波留子はここで一旦失礼してまた後ほど試写会会場でお会いしましょう、と挨拶して監督達や製作会社の人間達と別れて自宅に戻った。

「ハル、今朝は助かったよ、有難う。今日はあの監督が一度もヘソを曲げずにご機嫌でいてくれた。全部ハルのお陰だよ。」

「ピーターってそんなにしょっちゅうヘソ曲げちゃうの。彼、昔のマネージャーに似てて、だから扱い方が同じなのよね。ふふっ。」

「へえ、そうだったの。何だか子どもあやしてるみたいに見えたのはそのせいか。」

「でしょう。だから心配要らないって言ったでしょう。」

「うーん、波留子は最高。」

そう言うと波留子を抱きしめキスをするのだった。

「じゃあ、化粧直してくるね。着替えたら出るでしょ。」

「うん。でも未だ時間たっぷりあるよ。おいで、波留子。」


着替えを済ませると二人は社の方へ顔を出した。波留子は外出中も次長や社員とメールやLINEでやりとりしていた事項を踏まえ翌日の仙のスケジュール調整を迅速に行い、大して時間を食う事もなく社長の悠介や営業部長の快斗と共に社の車で会場へ向かった。

「今日の東京観光はどうだった。」

と悠介が尋ねた。

「最悪だよ。朝、俺とハルが約束の時間の三十分前にホテルに着いたんだ。ロビーに行ってみたらアメリカのスタッフは監督も全員がもう集まってた。でも未だ時間前だったし、気がく彼等をハルが気をかせて皆んなにお茶を用意して話を振ってなごませてくれたんだ。時間過ぎても連絡もなしで遅刻だよ、信じられないだろう。ホストなら時間前に来ていて当たり前なのに連絡もなしで遅刻するとはどういう事か、って尋ねたけど申し訳ない、で終わりだよ。まったく、あんな会社とこれ以上仕事してたらきっともっと大変な事になるよ。スケジュール全部向こうが握っててこっちは何も分からないのに。ハルさん居なかったら監督きっと怒り狂って観光どころじゃなくなってたよ。社の方から正式に抗議入れてくれよ。」

「へえ、そんな酷いんだ、あの会社。それなら別の会社探してみるのも有りだな。にしてもハルさんには感謝だな、ご苦労様。」

「いいえ、とんでもない。私は唯お喋りしてただけですから。却って余計な事まで聞いちゃったみたいで苦笑いされちゃいましたよ。」

大した渋滞に合うこともなく会場に到着した。会場に入ると監督やスタッフの姿は未だ見当たらず、波留子や仙達は先に会場入りしていた自社の社員達と合流、立ち話を始めた。暫くすると会場の入口の方で拍手が起こり監督が到着した事が伺えた。

「出迎えに行った方がいいんじゃないかしら。」

「ううん、行かなくていいよ。それはホスト会社の仕事だから。さあ席へ着こうか。九龍ホールデイングス一行はひと塊りになって指定されていた場所へ移動して席に着いた。既に予定の時間を迎えていた。会場に入って来た監督の表情はけわしかったが、目ざとく波留子の姿を見つけると波留子達の席へとやって来た。波留子の方でも監督の表情に気付き、仙に声を掛けると二人一緒に監督の方へ向かった。

「Mr & Mrs Kuryu, I'm sorry for late coming. Our guide was late 10minutes for taking us to here and also we had loss time by traffic jam. I cannot believe like this accident again a day. I've never been taken care like this time.」

「Oh, really? It was so bad. We shall claim again for you The Creation Company. I'll tell their boss your trouble again, but now please calm down. All of us are looking forward to watch your made films. Of course my wife is looking forward, too. Why don't you enjoy it with us?」

「Oh, Haruko, you're waiting for us, aren't you?」

「Yes, of course. Let's enjoy your films with us, Peter.」

「Yes, OK. Then, see you after watching films.」

そう言うと監督は指定された席へと戻って行った。

「快斗、さっきの話。ホントに別の製作会社に変えた方が良さそうだな。」

と仙が言えば、

「あゝ、俺の方で知り合いのツテがあるから連絡してみるよ。少し時間くれ。」

「あゝ頼んだ。俺は試写が終わったら向こうの上司捕まえるわ。一日にニ度って酷過ぎるだろ。全く、何考えてんだ。」

「まあまあ、取り敢えず試写が始まるから落ち着いて、冷静になってから話した方がいいからね。」

そう波留子になだめられ大人しく席に着いた仙だったが、怒りは収まってはいないようだった。それでも試写の間はしっかり作品を見て、その出来栄えには満足しているようで笑顔を覗かせていた。

試写の終了と同時に彼方此方から監督へ賞賛の拍手が上がり、監督も彼のスタッフも満足気にその拍手に応えていた。試写会後のパーテイー会場に移ると仙と悠介が快斗と波留子に、

「ちょっと此処で待ってて。」

と言い置いて試写会に来ていた製作会社の社長の元へ素早い動きで会いに行った。

「なんだか大変なのね。社員教育が出来てないのよね。スケジュール組んでホスト役をこなすとなったら時間に余裕を持って行動しなくちゃいけないし、まして密に連絡を入れるって云うのは社会人として基本中の基本なのに。でも、今朝迎えに来た人達、なんだか監督に会えて自分達が楽しもうって感じでホスト役をになってるって責任感をまるで感じなかった。」

「そうだったの。まあ、そんな会社じゃ早晩傾くよ。あの社長がどれだけしっかり今回の問題を受けとめて対処するか、だね。まあ、うちとしては他社に切り換えるべく動くけどね。」

「作品の出来が良かっただけに惜しい気もするなあ。」

「まあ、クリエイターはいい会社が良い人材を引き抜くから大丈夫でしょ。それよりハルさん、なんだかまた綺麗になったんじゃない。元々年齢よりかなり若く見えてたけど、最近より若く見えるって言うか、…化粧とか変えた。」

「嫌だ、そんなお世辞、らしくないよ。化粧も何も変えてない。全部前と同じだよ。」

「ふうん、ってことはよっぽど幸せなんだ。俺も真剣に結婚相手探すかな。」

「快斗は歳上にこだわり過ぎなんだよ。しっかりしている事と歳の上下は別。貴方より歳下でしっかりしていて快斗の首に縄付けてしっかり躾けてくれればその方が相手に可愛げも感じられて倍楽しいかも。案外自分で気付かないだけで快斗の身近にいたりするかもよ。気付かないまま素敵な相手を逃してしまわないようによおく周りを見直してみたら。」

「そうかなぁ。歳下の女って直ぐに泣き言言ったり甘えたがるから面倒臭いじゃない。その点、歳上の女なら気丈でしっかりしてて不必要な甘え方しないでしょ。」

「それはお前の偏見だよ。」

「あら仙部長、もうお話はお済みですか?」

「ハル、今夜は監督の希望で俺の妻として此処にいるんだから部長は止めてくれよ。」

「あっ、そうでした。ごめんなさい。」

「快斗、相手の事が好きになったら歳が上でも下でも関係ないよ。好きになった相手なら、相手に甘えて貰えたら嬉しいし、守ってやりたいとも思える。偏見を捨てて、有りの侭を見極める事が大切なんだ。俺にとって波留子は歳上だけど可愛いし、甘えて欲しいとも思う。波留子は俺にとって世界でたった一人俺が心から愛する女性だからな。」

➖どうしてこの人はこんなキザな台詞せりふ、サラッと人前で言えちゃうんだろう。聞いてるこっちが恥ずかしくなる➖

「仙、皆んな聞いてるよ。もういいから、ね、分かったから。」

「仙、ハルさん真っ赤だよ。仙がハルさんを愛してるのは分かったからその辺にしておいたら。でないとハルさん逃げ出しちゃうよ。」

快斗に言われ波留子の赤面した顔に気付いた仙は慌てて、

「ごめん、ハル。俺、つい。」

「うん、分かってる。でももう止めて、恥ずかしいから。」

うつむいたままそう言っている波留子の手を優しく握ってその顔を不安そうに覗き込む仙。

「Oh, Haruko, what are you doing ?

Anything wrong?」

「Peter, it's nothing wrong. By the way, your films were amazing and beautiful. I thought it like a movie.」

「Oh, really? Did you like it ? I'm so happy to hear your comment. Haruko, do you have a plan to come to U.S.?」

「Yes. We will go to celebrate our son's birthday next month. But why?」

「Oh! Do you come to the east coast or the west coast ?」

「To the east coast.」

「Hey, Peter, we will go to U.S. completely private schedule, and we don't have so extra day. Please don't bother us at this time.」

「OK, Sen. You must be misunderstanding my mind for relation with Haruko. She is very kindness and a person of my important friends, and also you, too. If you have any jearous our relationships. I'm very sorry to make you misunderstanding.」

「No, you don't need to apologize. 仙、ピーターはうちの会社の為だからって憤懣ふんまんやる方ないのを我慢して此処にいてくれてるのよ。第一、私とピーターは何でもないって事は貴方が一番良く分かってるじゃない。変な嫉妬心起こさないで、彼に失礼な態度をお詫びして。」

波留子に叱責され自分が大層非礼な態度を取ってしまっていたと気付いた仙は監督に心から謝罪した。監督は嫌な顔もせず快く仙の謝罪を受け入れ、実は波留子が、自分が今プロポーズしている恋人に雰囲気や話し方、そして声までもよく似ていてつい甘えてしまっていたと白状した。これは未だ秘密にしておいて欲しい、と前置きした上で、彼女は自分より一回り以上歳下なのだがとてもしっかりしていて今まで出逢った事のないタイプでどうしても彼女と結婚したいのだと言う。既に自分はニ度結婚に失敗していて今の彼女のように全身全霊を奪われたような感覚を覚えた事がないのだ、とも。仙の監督を見る目が変わったのを波留子はかたわらで感じ取っていた。監督の言葉に共感し、二人で愛する女性についてたたえあい始めたのだ。波留子は恥ずかしくなって快斗の袖を引きそっとその場を離れた。

「聞いてるこっちが恥ずかしくなるね。でも凄いね、仙もあの監督も。あそこまで一人の女性を愛せるなんてさ。」

「そうね。でも本人が側にいる時に言うのは勘弁して欲しいよ。恥ずかしくて死にそう。でも快斗、監督が言ってたじゃない、自分よりずっと歳下なのに自分をいさめてくれて、正しい道を教えてくれる彼女は頼りになる、って。ね、歳じゃないのよ。要するにその人自身の持ってる人格よ。あんまり歳の事考えないで女性を見てみたら⁉︎」

「あゝ、そうかもねえ。俺母さんが早くに亡くなって歳上の女性に対しての憧れが強いんだな、きっと。でもさ、ハルさんに初めて会った時はこの人だ、って思って思ったんだよ、本当に。だけどハルさんは親父でも俺でもなく仙を選んだ。まあ、さっきの二人を見てたら歳じゃなくて相手そのものがどういう人なのかが大事なんだって言うのは分かった気がする。これからはしっかり女性を見極めていい女、射止めてみせるぞ。姉さんにも見てもらうからそのつもりでいてよ。」

「えっ今、姉さんて⁉︎ 私の事、姉さんって呼んでくれた快斗。きゃああっ‼︎」

波留子は思わず快斗を抱きしめ両方の頰にキスを浴びせた。

「わあ止めろ。仙に殺される、止めてくれ。」

その声で振り返った仙が二人の様子を見ると直ぐにやって来て、波留子を快斗から引き離すと快斗を睨みつけ、

「何してるんだ快斗。」

「あのね、快斗が私の事初めて姉さんって呼んでくれたの。それで私、つい嬉しくなっちゃって快斗にキスしちゃったの。いつもマコちゃんにキスしてたからついその癖で。でも頰にキスしただけだから。いいでしょ、弟ですもの。」

「なんだそうだったのか。快斗、やっと波留子を姉さんって呼んでくれたのか、有難う。」

「あ、うん。」

仙の後ろで快斗にウインクしてみせる波留子の様子に快斗は苦笑いするのだった。


すったもんだはあったものの仙と監督の間の誤解も解消し、新商品の完成披露試写会はメディアの評価も高く、コマーシャルについては大成功と言えた。が、今回のニ度に渡る製作会社の失態を重く見た九龍ホールデイングスの企画宣伝部では新たな映像製作会社との取引を念頭に調査選択を始めることになった。急に決まった事だけに、三月にニ週間の休暇を予定していた仙と波留子にとってこの新たな動きは休暇を取り止める事にもなりかねない一大事であった。折しも慎からはメールでとてもユーモアがあり親切な牧師様がいる教会で式を挙げさせてもらえる、との連絡を受け波留子が大喜びしたばかりであった。

「どうしよう、もしマコちゃんに会いに行かれなくなったら。」

「大丈夫だよ。俺達が休暇を取る迄に決めなきゃいけない訳じゃないんだから。それに今回は俺達の結婚式もあるんだ、絶対中止になんかするもんか。」

「仙、でも貴方は部長なのよ。私的な事より会社の一大事なんだからそっちを優先させるんじゃないの。」

「ハルは俺と結婚式を挙げたくないの。」

「そんな訳ないでしょ。私が言いたいのは、私達の我儘で会社を危うくするような事は出来ない、って言ってるだけよ。」

「だからこそ、新しい取引先は時間を掛けて慎重に選びたいんだ。その為には逆に中抜けするのもいいかもしれないよ。あんまり神経質にならなくても部下を信じてもいいんじゃない。」

「なるほど、そうか、そうだよね。私自分の事で会社の足引っ張っちゃうんじゃないかって不安になっちゃって。私なんかがどうこう言える立場じゃないのに。ごめんなさい。」

「それは違うよ、ハルもこの九龍家の一員なんだ。会社の事を考えるのは当然だよ。だけど心配し過ぎて自分を殺しちゃうようじゃ意味ないよ。うちの社のモットーは働く時は働く。でも休む時はしっかり休んでプライベートを大切に、だからね。波留子とのプライベートほど大切な時間はないんだから。だから、絶対休暇は取るよ。分かった⁉︎、ハル。」

仙の笑顔には微塵みじんの不安も感じられなかった。波留子は力強く頷いて見せるのだった。

快斗のツテで紹介された映像製作会社は大手の会社から独立したクリエイター数人で始めたばかりの小さな会社だったが、そのクリエイター達は個々にかなり有名な映画監督や配給会社ともコネを持ち、新進の会社としてはかなりいい仕事を請け負っていた。製作会社の方としても九龍ホールデイングスのような大手企業との定期的なコマーシャル製作の契約を取れれば会社としての名声も上がる事から九龍ホールデイングスとの契約締結に意欲を見せていた。仙は企画宣伝部の精鋭を集め、自分が不在の間は快斗に相談し、今回の案件については偏見なく他社とも精査して行き最終的な絞込みを自分が戻るまでにしておいて欲しい、と依頼した。社員達としても、今回の休暇が実質仙と波留子にとっての新婚旅行と受け止め、二人の為にも良い結果を出せるよう一致団結して取り組む事を約束した。

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