過去からの連絡

翌日も波留子が朝食の用意をして二人を起こし、三人で朝食を食べ仙を送り出した。

この日慎が数少ない日本の友人と会う約束があり夕食の準備に間に合うよう戻るから、と出かけて行った。久々に一人きりになった波留子は無理せず休憩を取りながら部屋の掃除や乾いた洗濯物の片付けを行い、午後はバルコニーでゆったりとくつろいで川を眺めていた。そんな時、スマホが鳴った。画面を見ると元夫の実家からの電話。離婚後に買ったスマホの番号を向こうの親が知るはずもないのに、といぶかしみながら電話に出ると、

「もしもし、波留子、俺。」

それは別れた夫の声に違いなかった。

「どうしてこの番号知ってるの。」

と尋ねると娘が教えてくれたと言う。何の用かと尋ねると仕事で日本へ帰っているから会えないか、と言う。もう会う必要は無いはずだと突っぱねる波留子に過去は水に流して友人として相談に乗って欲しい事があると言う。自分は今怪我をしていてあまり外出出来ないから無理だと断るとそれなら自分が訪ねて行くと言い出した。強く拒否するとまた明日電話すると言って電話は切れた。やけに下手したてに出る話し方に裏を感じていた。もう二度と会う事などないと思っていた相手なのに、➖何を今更相談事だ、冗談じゃない。お前はあの女とよろしくやっていればいいだろうが。こっちに帰ってるからって人の生活に踏み込んで来るんじゃないよ➖波留子の体は憤りに震えていたが、同時に何を考えているのか分からない相手への恐れも感じていた。

夕方五時少し前に慎が帰宅すると家の中は真っ暗で波留子が一人で出掛けたのかと心配仕掛けた時、辺りはもう真っ暗な冬の寒空の下、波留子はバルコニーで座っていた。

「ハルコ、どうしたの灯りも点けないでこんな寒空の下、何してるの。風邪ひいちゃうよ。」

そう言いながら慎が波留子の体に触ると彼女の体は冷たく冷えきっているではないか。

「ねえ、どうしたの。何かあったのハルコ。」

慎に体を揺さぶられはたと我に返った波留子は辺りがもう真っ暗になっていた事に驚いた。

「あゝごめん、マコちゃん。夕飯の用意しなきゃね。手伝って貰っていいかしら。」

「うん。いいけど、どうしたの。何かあったんでしょ、話して。」

「うん、後で仙が帰って来たら二人に話すから。」

「分かった。でも大丈夫? 体冷えきってるよ。こんな所にいつまでも居たら風邪ひいちゃうよ。今コーヒー淹れるから。体温めなきゃ駄目だよ。」

「ごめん、ごめん。」

そう言うと部屋に入りエアコンを点け、コーヒーを飲んで人心地吐くと、慎に手伝って貰いながら何とか夕食の用意を始めた。丁度そこへ仙が帰って来た。

「ただいま。」

「お帰りなさい、お疲れ様。今ちょっと手が放せないから着替えて手え洗ってね。」

「うん。」

そのまま洗面所へ向かった仙を追いかけるように慎がやって来て仙と一緒に洗面所に入るとドアを閉めた。そして真剣な眼差しで仙を見つめると声をひそめて言った。

「ハルコがおかしいんだ。」

「何がおかしいんだ。」

「今日、俺の居ない間に何かあったんだよ。昼間友達に会いに行って五時ちょい前に帰って来たら部屋の灯りも点けずに真っ暗な中ハルコ、バルコニーに居たんだよ。体触ったら冷えきってるし、俺が話し掛けても最初気が付かなくて体揺すってやっと正気に返ったんだ。あんなハルコ見た事ない。どうしよう仙、何があったんだろう。」

「ハルは、ハルは何て言ってた?」

「仙が帰って来たら話すって。でもさっきからずっと様子が変なんだ。」

「落ち着け慎、分かったから。ハルは俺が帰ったら話すって言ったんだろう。なら話してくれるよ。大丈夫、心配し過ぎだぞ。ほら、戻って手伝ってやってくれ。」

仙の言葉に少し落ち着きを取り戻した慎は頷いて洗面所を出て行った。仙は嫌な予感を振り払おうとしていた。

手を洗い着替えるとキッチンへ行き波留子を抱き寄せもう一度ただいまと言ってキスをしたが、波留子からのお返しはなかった。食事の用意が出来ると仙が波留子を呼んで尋ねた。

「今日留守中に何かあったの。慎も心配してるんだ。何があったか話してくれる。」

仙の口調は優しかったが、誤魔化しは効かない決然としたものが感じられた。波留子は話す前に一つ確認させて欲しいと言い、寝室へ入って行った。まず凛に掛けたが繋がらず、次に怜に電話を掛けた。怜が電話に出たので日中姉妹の父親である元夫からいきなり会いたいとスマホに電話があった事を話し、番号を教えたか尋ねた。が怜は父から電話を受けていないし、勿論教える筈もないとの返事だった。それならいい、と電話を切りもう一度凛に電話してみた。今度は繋がり凛が電話に出たので、怜と同じ質問をした。すると自分は教えていないがどうも静馬が上手く聞き出され教えてしまったようだ、との返事だった。波留子は分かった、心配ないからと電話を切り仙達の元へ戻った。

「ごめんなさい、先に確認しておきたかったから。」

そう言うと深呼吸を一つして波留子が話し出した。

「今日の午後、バルコニーでお茶を飲みながら川を眺めていた時に電話が掛かってきたの。表示された番号は別れた旦那の実家の電話番号で、何で彼の実家から私のスマホに電話が掛かって来たのか分からなかった。だってこれ離婚後に買った物で教えていなかったし。でも取り敢えず電話に出たら別れた夫自身からだったの。どうしてこの番号を知っているのか聞いたら娘から聞いたって言ってたからさっき確かめたの。だって娘達が教えるとは思えなかったから。そしたら静馬さんが口を滑らせたって。まあそれじゃあ仕方ないけど、でもあいつ、そんな嘘までついて。今こっちに仕事で戻ってて友人として相談に乗って欲しいから会ってくれないか、って。私怪我してて自由に出歩けないから無理だって言ったんだけど、そしたら自分が訪ねて行くからいいだろうって。離婚協議で今後一切会わないって約束したのに。やけに下手に出てたから尚更何か企んでる、って直感した。明日また電話するって電話切られちゃったんだ。」

「波留子、別れた御主人とは何で別れたの。」

「向こうで生活してて私は言葉も不慣れであんまり友達もいなくてさ、ちょっと神経的に参っちゃって療養の為に日本へ帰って来てた時期があるの。こっちへ帰って来たのは医者の勧めもあって彼もその方がいいだろうって納得した上でのことよ。で、私が日本に戻ってる間に旦那は現地に恋人が出来て、私はそんな事全く知らずにいたの。回復してきたんで向こうへ戻って半年位経った頃にその彼女が大きなお腹抱えて会いに来たんだ、別れてくれって。で旦那と私の数少ない友人の一人に立ち会って貰って、嘘の通訳されたら困るからね、話し合ったんだ。旦那は彼女を前にしてるのに私とやり直したいって。でも彼女のお腹の子はその時もう七ヶ月過ぎてて産むっきゃない状態だったし、彼女は結婚を約束してくれたから子どもを作ったって言うしでさ。友達がその後調べてくれて私がこっちへ戻る少し前から既に付き合い始めてて私が戻ってからは彼女の家で同棲してたって。それが分かって旦那にその事実を突きつけたら半狂乱になって暴れて私も友達も警察呼んで助かったって感じだったの。それでこれ以上側にいたら命が危ないと思ったんでこっちに戻って友達が調べてくれたエビデンス持って弁護士に相談してやっと離婚出来たんだ。私自分が精神的に参っててホントに助けが必要だった時に実は浮気されてたって知ってショックでさ、手首切ったんだ。けど心配してくれてた友達に発見されて死なずに済んだって訳。

そんな奴が今更、どんなたくらみ持って近づこうとしてるのか考えたら怖くなって、腹も立っていつの間にか時間が経っちゃってたんだ。マコちゃんには心配掛けちゃってごめんね。」

「ハルコが自殺未遂なんて信じられない。ハルコにそんな想いをさせるなんて…なんて奴だ。」

そう言って慎が波留子の側に来てしゃがむとその手を握り締めた。波留子はそんな慎を愛おしむように髪を撫でた。

「波留子が前に死のうとしたけど死ねなかった、ってその事だったんだ。」

頷く波留子。

「別れた御主人は波留子が死のうとした事知ってるの?」

「知らないと思う。私の友人は私と一緒に怖い思いしてるし、自分から彼に会う訳ないし、私も下手へたに知られて逆にそれをたてに別れない理由にされたら困るから言ってない。娘達にも話してあるから言う訳ないし知らない筈だよ。」

「そうか。なら明日電話があったら会ってみようよ。これから先、彼に俺達の生活に踏み込まれるのは真っ平だし、波留子をこんな風に思い悩まされたくもないからね。正々堂々正面から話し合った方が良いんだよ。とは言えそんな風に逆上するような人じゃ何があってもおかしくないからちゃんと防衛策は講じておくよ。明日は怖いだろうけど俺も一緒に行くから彼と会おう。慎、慎は明日は来ちゃダメだよ。波留子が心配なら尚更、心配掛けないように家で待ってて欲しい。分かるな。」

「あゝ、分かった。その代わり終わったら直ぐに連絡してよ。」

「マコちゃんごめんね、貴方にまで心配掛けちゃって。」

「ハルコのせいじゃないでしょ。」

波留子は慎を抱き締めた。

「さあ、覚悟を決めたところで、お腹空いたよ波留子。食事にしよう。」

三人は遅い夕食を食べ始めた。

翌日、休日だというのに朝六時少し前、波留子が目を覚ますと隣に寝ている仙が、おはよう、と声を掛けてきた。

「眠れなかったの、仙。」

「ううん、波留子よりほんのちょっと早く目が覚めただけだよ。波留子、愛してるよ。」

「うん、私も愛してる。」

キスを交わす、何度も何度も。仙が波留子を求め愛し合い二人が殆ど同時に果てた時、波留子ははらを決めた。どんな事があろうと自分はこの愛を守ろうと、愛する仙や慎との生活を守ろうと。

「仙、例え彼奴がどんな事言おうと私を信じてくれる。」

「当たり前だろ。ハルを信じられなくて何の伴侶だよ。変な心配するなよ。」

「うふ、有難う。私絶対守ってみせる、今のこの幸せを。」

「おお、強気のハルさん、良いねえ。あれっ、ハルが強気になったら俺のも復活しちゃったぞ。どうしてくれるんだ、ハル。」

「どうして欲しい…あっ、」

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