第五章 雪花石膏皇子のささやかなる趣味と趣向

第49話 「ミロ・ベンディットは黒の皇子だ」

 汎銀河帝国の首都惑星アクラ。赤道地帯は穏やかな気候だが、大陸は両極付近にしか存在せず、その一帯は一年中吹雪の止まぬ極寒の地だ。汎銀河帝国の皇宮はそんなアクラの雪原に建っている。


 皇宮と周辺の建物は漆黒の対レーザー塗料で塗られており、一面に広がる純白な雪

原と強烈なモノトーンのコントラストを作り出していた。


 緑豊かな惑星プリマヴェーラに皇宮を構え『緑の帝国』ともあだ名されていたシュトラウス朝時代とは実に対照的。ベンディット朝が『黒き帝国』と呼ばれるのも無理

からぬ話だ。


 そしてその部屋は黒き皇宮の一角にあった。


              ◆ ◆ ◆


 部屋には甘い香りが充満している。


 ラドクリフ・バハドゥリ・ベンディットはこの香りが、いやこの部屋の主の趣味全てが苦手だ。甘くきつい香料は吐き気を催すし、壁に掛けられた絵画は、塗料が飛び散っただけとしか思えない。


 ずっと流れ続けてる音は金属音に女性の金切り声。地球時代のアイドルソングというものらしいが、狂気を感じさせるこの雑音のどこかソングで、どこが偶像アイドルなのかさっぱりだ。


 それでもラドはこの部屋の主を、その能力という点では尊敬していた。そして一番の脅威とも見なしていた。


「やあ、久しぶりだな。ラド」


 部屋の奥まった所でカウチに寝そべった青年がそう言ってラドを迎えた。


 男の名はシド・ワールマン・ベンディット。皇帝グレゴールの子であり第二皇子。そしてラドは第三皇子なのだ。


 インド人を母方の祖先に持つラドが褐色の肌と黒い髪なのに対して、シドは白い肌と銀白色の髪を持つ。もっともそれは母方の祖先が北欧系というだけでは説明できない、病的なほどの色彩の薄さだ。


 一見、虚弱そうなこの青年は八年前のわずか18歳の時、長らく帝国の直接支配を強硬にはねつけていた惑星フィネガン自治領を無血制圧したのである。


 そのフィネガン自治領は皇帝グレゴールさえ手を焼く程、強固な政治体制と軍事力を持っていた。それをほんの数日で陥落させたのである。まさに恐るべき手腕。


 しかしそのやり方は戦術や戦法というのは余りにも単純で、戦いに名誉を求める人間ならば即座に卑怯と切り捨てるやり方だ。しかしシドは今でもその時の事を問われるとこう答える。


『誰も死ななかったのだから良いではないか。何千、何万も死なせておいて、名誉も栄光もない』


 しかしそれ以降、シドは目に見える戦果、成果を挙げていない。そのやり方を嫌った帝国軍関係者から疎まれているからだ。だからこそラドはその底知れぬ資質に敬意と脅威を感じていたのだ。


「君の方からこの部屋に来るとは珍しいね」


 そう言ってシドは頭を巡らせる。


「年長者は敬わないといけませんからね」


 ラドは手近のスツールに腰を下ろした。シドは鷹揚な仕草で使用人に飲み物を持ってくように示す。


「水で結構です」


 ラドの言葉にシドは笑う。


「生憎と飲用の水は置いてないんだ。私は蛙や魚のように水だけを飲む趣味は無いんでね」


 細面に穏やかな笑みを浮かべてシド皇子は言った。嫌みとしか聞えない言葉だが、彼が全身から醸し出すそのデカダンスな空気に包まれると、不思議と当たり前のように聞えてしまう。しかし空気を読まぬ点ではラドも定評があった。


「お茶やコーヒーを入れる水はあるでしょう?」


「ははははは!」


 ラドの指摘にシドは声を挙げ、さもおかしそうに笑った。


「いいね、ラド。君のそういう所は好きだよ。おい、彼にお茶を淹れて差し上げろ。茶葉の銘柄は『無しブランク』だ」


 シドは使用人にそう命じた。使用人の方もなれたものだ。すぐさま準備を始め、ほどなくして子供の使用人が湯を注いだだけのポットとカップを持ってきた。


 シドの使用人は全て十歳未満の子供ばかり。このため児童性愛癖が噂されているシドだが、ラドはその本意も見抜いていた。使用人には出来るだけ自分の話を聞かれたくない。


 子供なら全て理解するのは難しく、また仮に大人が聞きだしてもどこまで信用していいのか分からない。それがシドの狙いなのだ。


 ラドは白湯を一口啜ると話を切り出した。


「兄上、第十皇子ギルフォードの件ですが……」


「ああ、聞いている」


 そこでようやくシドは部屋に流れた耳障りな金属音と女の金切り声を止めた。


「前皇帝の孫娘と婚姻すると言い出したのだろう? 馬鹿だね、彼も。そんな事をしてどうにかなるなら、とうの昔に誰かがやってる」


「左様ですな」


 シドの皮肉にラドも肯いた。


「シュトラウスの遺児はシュライデンが確保しています。ギルフォードはシュライデンの意向など意に介さないでしょうが、全てにおいて稚拙すぎる行動です。本来ならば後見人のロンバルディ家が、もう少し手を回していなければなりません」


「……それで?」


 ラドの言葉を聞き流してシドは読みかけの本へ視線を戻した。必要とあらば学術書や古典文学も読むシドだが、プライベートで暇つぶしに読む本は、旧地球時代の通俗小説がほとんどだ。


 いま読んでいる本も、胸と尻が強調された半裸の女性と、およそ実用性が無さそうな剣と鎧を帯びた若者が表紙に描かれていた。


「それで言いますと?」


 聞き返すラドにシドは本を読みながら答えた。


「どうせ姉上からも同じような事を言われているのだろう?」


 姉上とは第一皇女ジルの事だ。


「その通りです。それでと言われ、さらに食い下がった所、放

って置いても誰かが始末してくれると」


「うん、同感だ。シュライデンと言わずとも、前皇帝派の連中がギルを処分してくれる。特に神聖派の連中は頭がおかしいからね。ベンディットの血を引く男が、シュトラウスの女を手に入れようとしたら、あらゆる手段を使って始末するよ」


 母が違うとはいえ、父は同じ現皇帝グレゴールであり、異母弟なのは間違いない。そのギルが殺害される事を、下らない通俗小説を読みながら、シドはあっさりと認めてしまった。


「ガイ兄上ですが、現在パットナム星系の制圧を終えて帰還途上にあります。通信を送っておきましたが、一向に返信はありません」


「おいおい、ラド。兄上の手を煩わせてはいけないよ。ガイ兄さまは戦争で忙しいんだ」


 皮肉なのか、それとも単に事実を述べただけなのか。長兄ガイへのシドの評価は計りがたい。いずれにせよガイもギルの行いに関心が無いのは事実だろう。


 一つ嘆息してからラドは続けた。


「私もギルのやり方は誉められたものでは無いと思います。しかし前皇帝派により皇位継承者が殺害されるのは、ベンディット皇家の面子にかかわるのでは無いですか? 王都に召喚して、謹慎などの罰を与えるべきでは……」


「その程度でつぶれる面子など、犬に食わせてしまえ」


 シドはそう言い捨てた。


「その点は姉上と意見が違いますな」


「ほう」


 横目で自分を見るシドにラドは答えた。


「姉上は、その程度でつぶれる面子ならドブに捨ててしまえと仰いました」


「いかんね、それは。環境破壊だ」


 そんな軽口を叩きながら、ようやくシドはカウチから身を起こした。しかし手にはあの通俗小説を持ったまま。半裸の女性がモンスターに襲われているイラストが目に入った。


「ギルのような人間をして皇位継承者とする方が、ベンディットの名を汚すと私は思うのだがね。そんな軽輩を我ら皇族が助けるべきかね? むしろ単に皇位継承者だからと言って特別扱いする方が、よほど面子にかかわるよ」


 要するにギルの軽率な行動を、ベンディット皇家への不満のはけ口として利用しようとしてるのだ。


 皇位継承者の一人が血祭りに上げられれば、ベンディット王朝に不満を持つ人間はそれで溜飲が下がる。そうやってガス抜きを計るわけだ。


「それでは当面、ギルの件については放置と言う事でよろしいですね。父上にもそう報告しておきます」


「頼むよ、まぁ父上もこんな事には興味など無いだろうけどね」


 シドはそう答え、ラドはカップに残った白湯を飲み干してスツールから立ち上がろうとした。やにわにシドがラドに声を掛ける。


「おいおい、これで終わりじゃ無いだろう?」


「終わりじゃ無いと言われますと……」


 ラドがスツールに座り直すのを待ってシドは言った。


「『彼』のお印を決めなくてはならないんじゃないか?」


 皇族は公的な儀式や身の回りの品に、名前では無く一人一人専用にデザインされたマーク、シンボルを使う。旧地球時代の風習をシュトラウス王朝が復活させて、現皇帝グレゴールもこれを継承している。


 それぞれのお印は皇族が成人する時に、他の皇族が提案する形で決めらており、ベンディット皇家は貴金属や鉱物から選ばれる習わしだ。


「お印? ギルのお印でしたら、すでに……」


「いや、彼じゃ無いよ。まぁまだ成人はしてないが、どうせ今回の件に絡んでくる。そうなれば帝都に顔を出して貰うことになる。その時にお印が必要になるんじゃないか」


 すでにラドも誰の事を言ってるのか分かった。


「随分とお気に入りのようですね」


 ラドのその言葉を聞き流し、シドはカウチの傍らに置いた物入れから、小さな宝石箱を取り出した。そしてその中から一つの石を取り出し、ラドが前にしているサイドテーブルの上に置いた。


「私はこういう事が好きでね。それは君も知ってるだろう。ま

あ君や姉上、兄上が興味ない為でもあるけど」


 シドの言う通り、ここしばらくの間、新たなお印は全てシドが決めている。皇帝や第一皇女ジル、第一皇子ガイが何も言わず、そしてシドが決定してしまえば、他の皇族はまず口を出せない。


 お印の種類など、皇族の力関係に何も影響が無いからだ。シドがお印を決めた事を、口では感謝する皇族がいても、いざというときに彼が肩を持ってくれるとは限らないのだ。


 それでもシドは嬉々として、まるで無邪気な子供のように新たな皇族のためのお印を提案した。


「父上が黄金。姉上がダイヤモンド、兄上が鋼鉄。私が雪花石膏アラバスター。君が青銅。この前決めたハナは確か水晶だったか。だから彼にはこれがいいんじゃないかと思ってね」


 そう言うシドがサイドテーブルの上に置いたのは、つややかに輝く漆黒の石。一目でそれと分かる。黒曜石だ。


「なるほど、黒曜石の皇子ですか」


「そうだね。黒の皇子だ」


 シドはそう言って笑った。


 やはりシドは、ギルが転入した帝国学園宇宙船ヴィクトリー校に、誰がいて、何が起きているかをきちんと把握している。


 本当に重要な問題が何かを知った上で、敢えて彼に黒曜石のお印を与え、黒の皇子と呼んだのだ。ラドの笑みはそれを確信したからこそだった。


「お似合いだろう」


 シドもそう言った。


「彼のお印は黒曜石。ミロ・ベンディットは黒の皇子だ」

   

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