第48話 「こんな訓練なんて舐められて当然だ」


「ミロ・シュライデンくん。もう一度、確認する。君は黄色艦隊と緑色艦隊のあの戦闘が、作戦だと言いたいのか?」


「はい、その通りです。先生」


 ミロは直立不動の姿勢のままで返答した。


「黄色艦隊と緑色艦隊の間に内輪もめが生じたと見せかければ、目標である敵白色艦隊は自ら出てくると確信しておりました」


 艦隊戦訓練後、ミロとフェルプス、そしてトラブルを起こした黄色艦隊と緑色艦隊の指揮官カミンスキーとタナカは教官室に呼び出されていた。


 そこで経緯を問い質されたミロは、黄色艦隊と緑色艦隊の戦闘はあくまで自分の作戦だと言い張ったのである。


「どうだ、カミンスキーくん。タナカくん」


「さぁて……。どんなもんでしょうね」


 答えあぐねたタナカはミロ、そしてカミンスキーへと視線を泳がせる。ミロはその

視線を平然と受け流すが、カミンスキーは俺の方を見るな言わんばかりににらみ返した。


「指揮官のミロがそう言うのなら、そうかも知れませんね」


 曖昧な返答のタナカに、教官は不快な表情を浮かべ、カミンスキーへ重ねて尋ねた。


「君はどうなんだ。カミンスキーくん。黙ってちゃ分からんぞ」


「はい、先生。ご存じのように今回の艦隊戦訓練ではミロくんへのルーキーラギングが計画されておりました」


「それは俺も承知している」


 教官が首肯するのを待ってカミンスキーは続けた。


「残念ながら、それに乗じて混乱を惹起しようとする生徒が、双方にいたのは事実だと捉えております」


「なるほどな。……ミロ、カミンスキーくんはこう言ってるぞ。それでも作戦と言うのか?」


「はい。すべて作戦です」


 間髪を入れずにミロは教官に答えた。これまで無言を貫いていたフェルプスが、居ても立っても居られなくなり口を開く。


「ミロくん。君が僕をかばってくれるのは有り難い。でも迂闊に艦隊を動かしてしまった僕の判断に敗因があるのは確かだ。全て僕の責任だ」


 軽率な判断か、敵の周到な作戦に嵌まったか。いずれにせよ芳しい評価にはならないだろうが、どちらかというまだ後者の方がましだ。その点からミロが自分をかばっているだろうとフェルプスは考えていたのだ。いや、むしろどこかでそれを期待していた。


 しかしそんなフェルプスにミロは意味ありげな笑みを送る。


「これはおかしな事をいいますね。フェルプス先輩。失礼ですが、先輩が負けたのは事実です。そして俺のやった事が作戦であれ、行き当たりばったりであれ、勝敗が変わらないのも事実です。それなのにどうして先輩をかばっていることになるのですか?」


 確かにその通りだ。ミロは僕をかばっていない。フェルプスは唇を噛んだ。


 黄色艦隊と緑色艦隊が仲違いをする。その混乱を白色艦隊が収めることで、ミロの面子を潰す。裏でそういう計画が進行していた事を察しているのだ。そして教官がそれに気付いていない事もだ。


 そしてミロは最初からその全てを作戦として組み込んでいたのだ。彼はただ客観的に事実を述べてるだけなのである。


「そうだぞ、フェルプス君。どちらにせよ今回の君の判断は迂闊だったな。どうして艦隊を隠れていた場所から出した? 結果論だが確かに罠という可能性も考えられたはずだ」


 ミロよりも与し易いと思ったか、教官はいきなりフェルプスに水を向けた。


「そうですね。確かに軽率でしたが……」


 ミロだけではない。すでにカミンスキーとタナカもおおよその見当は付いていた。非難するような二人の視線にフェルプスは開き直った。


「学友同士が争っているのならば、それを止めるが貴族の本分。それも名誉あるフェルプス家の嫡男の役目と信じました。その役目は艦隊戦訓練の評価よりも上であります」


 教官の方へ向き直ってそう言った。カミンスキーとタナカはそんなフェルプスをあきれ果てたような顔で見るだけ。そして市民階級出身の教官としては、貴族の本分を出されてはぐうの音も出ない。


「そうか。分かった」


 もっともらしい顔で首肯してみせる教官だが、釈然としてないのは確かだ。一方のミロは、つかみ所の無い笑みを浮かべて、そんな様子を見守っているだけ。


「まあ、いい。練習艦をドックに戻して整備した後、各自レポートを提出すること。解散だ」


「有り難うございました!」


 四人は頭を下げて教官室を出て行こうとした。教官は椅子に座り直したものの、どこか落ち着かぬ様子ですぐに立ち上がると、部屋から出て行こうとするミロの背に声を掛けた。


「おい、ミロ。本当に作戦だったのか、偶然だったのか知らないが、あまり訓練を舐めるなよ!」


 完全に八つ当たりだ。しかしミロはドアの前で振り返ると、平然として答えた。


「舐めてますよ、最初から。こんな訓練なんて舐められて当然だ」


「なに!?」


 思わぬミロの答えに教官はいきり立った。


「何を言っていやがる! 貴様、公爵の嫡男だからといって……!」


 歩み寄る教官を見据えたままでミロは言った。


「時間や移動の制限もあり人も死なない。そんな訓練など舐められて当然ではないですか。それなら色々と無茶な戦術も取れる。それで失敗しても評価が下がるくらいで、別に命まで失うわけじゃない。舐められて当然だ」


「貴様、言うに事欠いて!」


 拳を振り上げる教官にミロは身構えた。その時、どこからか男の声が聞こえてきた。


『止めたまえ、ダンカン教官。今回は君の、君たちの負けだ』


「ハッカビー中佐?」


 艦隊戦訓練を見学後、別の場所で通信回線を介して事情聴取を見ていたハッカビー中佐が、スピーカー越しに制止したのだ。


『とにかく今回はミロ・シュライデンくんが勝ったのだ。それは事実だ。ダンカン教官もひと言多かったな』


「申し訳ありません!」


 教官は姿の見えないハッカビー中佐に慌てて頭を下げた。


「ハッカビー中佐。お久しぶりです、僕です」


 ミロと教官を押しのけて、フェルプスがどこかにあるカメラへ向かって言った。


「今回はつまらないミスをしてしまいましたが、いつもはこうではありません。成績を見てくだされば分かります。次の機会が有りましたら、是非……」


『分かった、分かった。マックスくん。お父さまによろしく伝えておいてくれ。私は

そろそろこの星系を離れなければならない。またいずれな』


「あ、はい。有り難うございました」


 フェルプスは敬礼したが、名前を間違えられ、その手は震えていた。


              ◆ ◆ ◆


「マックスじゃなかったかな。スティーブ、いやスコットか。まあ彼はどうでもいい」


 自分の艦へ向かうシャトルシップのキャビンでハッカビー中佐はそうつぶやいた。


 事情聴取に立ち会えなかったのは、艦の出発時間が迫っていた事もあるが、生徒に無用のプレッシャーを与え、本音が出てこないとまずいと思ったためだ。もっともミロにはその心遣いは不要だっただろう。


 別に無理をして事情聴取に参加する義務はない。時間の余裕もないのだからなおさらだ。それでもハッカビー中佐が通信回線を使ってまで、事情聴取の様子を見ていたのは、言うまでもなくミロへの関心からだ。


「あの口ぶり。やはり気になる。例の英雄ミロならば、あの程度の大口は叩くだろう。調べておいて損は無さそうだな。二人の『ミロ』を……。これは面白くなりそうだ」

 

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