第42話 「作戦は続行だ」
「僚艦から訓練弾第二陣発射されました。同じく緑色艦隊からも訓練弾が……!」
レーダー手がそう声を挙げる。指揮官のカミンスキーを始め、ブリッヂの空気が浮き足だったのを見透かさず、エドワーズは火器管制シートに着いた生徒へ目配せする。
生徒は小さく肯くとまたミサイルの発射スイッチを入れた。次の瞬間、ミサイルランチャーに装填されていた訓練用模擬弾頭ミサイルが緑色艦隊へ向かって発射された。
「おい、止めろ!」
他の生徒がエドワーズや火器管制シートの生徒を止めようとしてもみ合いになる。
声が響いたのはその時だ。
◆ ◆ ◆
「僚艦にも伝えろ! 黄色艦隊は敵ではない。攻撃はするな! 今は訓練中だ。こんな事をやったらどうなるか分かってるのか!」
緑色艦隊の旗艦でも指揮官のタナカが声を荒らげていた。しかしその効果は無く、再び僚艦から訓練弾が発射される。
「止めさせろと言ってるんだ! ミロからの指示はまだか!?」
ブリッヂが浮き足立ってるその隙に、メイヤーは通信士のトムソンに叫んだ。
「ミロなどどうでもいい! 『ローカスト』の仲間に、貴族へ向かって反撃しろと伝えるんだ。トムソン!」
「メイヤー、俺は……」
友人とはいえ、さすがについていけなくなったのか、トムソンが反論しようとした、ちょうどその時だ。
やはり同じ声が響いた。
◆ ◆ ◆
「何やっている。お前たち!」
ミロの声は黒色艦隊の旗艦ブリッジに響くと同時に、黄色、緑色両艦隊旗艦にブリッジにも届いていた。
「ちゃんと狙え! 自動誘導に任せきりでいいというわけでもない。出来るだけ命中しやすいポジションに移動してから慎重に狙って撃て! 黄色艦隊、前に出すぎた! 緑色艦隊は撃ってからの行動が遅い。すぐに掩体を利用して身を隠せ!」
ミロの言葉にマエストリとホークアイはにやりと笑う。しかし事情が飲み込めないマットはぽかんとするだけだ。
「それに黄色艦隊は分散しすぎだ。速度を落として陣形を整えろ。ただし攻撃の手は緩めるな。緑色艦隊はもたもたするな。攻撃をするなら相手に隙を与えてはいかん」
『ミロ! 何を言ってるんだ!』
通信機の向こうからスカーレットが怒鳴りつけてきた。
『お前は奴らの仲違いを収める立場だろう!!』
しかしミロは耳を貸さない。続けて指示を送るだけだ。
「両艦隊、次弾の発射と装填を急げ! 撃てばいいというわけでもない。きちんと当てろ!」
『ミロ!!』
立体ディスプレイの向こうから飛びだしてきそうな勢いで身を乗り出すスカーレットを一瞥すると、ミロは両艦隊への通信にひと言付け加えた。
「引き続き作戦は続行だ。繰り返す、作戦は続行だ」
◆ ◆ ◆
「は、作戦?」
ミロが付け加えたひと言が理解できず、黄色艦隊旗艦ブリッジも当惑に包まれていた。
「どういう事だ? 攻撃を続けろ? おい、お前等。ミロから何か指図されているんじゃないか!?」
エドワーズが詰め寄るが指揮官のカミンスキーも事態が飲み込めないようだ。
「いや、作戦なんて聞いていない。おい、何か知ってるか?」
ブリッヂのクルーはみな訝しげな顔で首を振るだけ。
「ミロが続けろって言うんだから続けていいんじゃないか」
通信士シートからキャンベルがそう言った。
「いや、しかし……。こんな事は予定に無いはず……」
「やっちまおうぜ、キャンベル! 他の艦にも攻撃を続けるように指示しろ!」
指揮官の生徒を制してエドワーズがそう叫んだ。
◆ ◆ ◆
「作戦? 作戦ってなんだ? 聞いてるか」
緑色艦隊旗艦ブリッヂも同様だった。
「お前たち、さてはミロとつるんでいたな! 一体、何を企んでいやがる!!」
メイヤーが指揮官のタナカを糾弾するが、無論、当の本人には覚えがない。
「黙れ、メイヤー! お前こそ貴族と手を組んで俺たちを罠に填めようとしてるんじゃないのか!」
「なんだと!」
一触即発の剣呑な空気の中で、トムソンがいささか投げやりに言った。
「ミロがそう言ったんだ。別に攻撃しても構わんのじゃないか?」
「いや、それは……」
メイヤーとタナカも口ごもり顔を見合わせる。メイヤーは黄色艦隊へ攻撃しろと言ったし、指揮官のタナカはミロの指示を待つつもりだった。そのミロが攻撃しろと言ったののだ。二人にとって対立点はない。
「俺はミロに従う事にする」
一方的にそう言うとトムソンはメイヤーやタナカの返答を待たずに僚艦への通信を行った。
「黄色艦隊へミサイル攻撃を行う。これは艦隊指揮官のミロ・シュライデンよりの命令である」
◆ ◆ ◆
「な、な、なんだと……!」
当然、ミロからの通信は学校側でもモニターしていた。それを聞いていた教官は余りのことに顔を赤くしたり蒼白になったりと忙しい。
「ミロ・シュライデン!! あいつ、何を考えているんだ! ええい、黒色艦隊のミロ・シュライデンに警告を……」
しかし教官の言葉は、突然の笑い声で遮られた。
「わはははははははは!!」
笑っているのはニコラス・ハッカビー中佐だ。ずっと苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたハッカビー中佐だが、やにわに大声でしかも手を叩きながら大笑いしているではないか。
「わはははははは、面白い! 実に面白いぞ! 実に笑える。こんなに笑ったのはいつ以来だったかな」
笑いながらそう言うハッカビー中佐を、教官は呆気にとられて見つめるだけだ。そしてハッカビー中佐は、笑いを堪えながら教官に命じた。
「続けろと言ってるだろう。こんな面白い見世物を途中で止められては生殺しだ」
「は、はい」
面白いというのは皮肉や嫌みなのか。それとも文字通りの意味なのか。その意味を計りかねる教官は曖昧に肯くしかなかった。
◆ ◆ ◆
「黄色、緑色両艦隊へ。ミサイルの無駄撃ちはするな。ジェネレーターと発振器が続く限り撃てるレーザーとは違う。慎重に狙って撃て。自動誘導も万能ではないからな。狙われている方も回避を怠るな。動いていればそうそう当たるものでも無い!」
ミロは両艦隊にそう指示をすると、再びホークアイへ声を掛ける。
「ホークアイ。ブリッジやエンジン、互いの艦の危険な位置に着弾しそうなミサイルのみを狙って撃ち落としてくれ」
「さすがにそれは難しいな」
ホークアイがそうとだけ答える。彼が即座に従わないのは、それがかなりの難易度である事を示している。無論、ミロもそれは承知だ。すぐさま操舵手席にいるスピード・トレイルにも言った。
「スピード・トレイル、ホークアイと連携してこの艦を適切な場所へ移動できるか?」
「さすがにそれは難しいっすねえ」
スピード・トレイルはホークアイの言葉を真似てそう答え、にやりと笑って付け加えた。
「でもまぁホークアイの旦那がちゃんと指示してくれれば何とかなるかも知れませんよ」
ミロに代わってホークアイ本人が先に答えた。
「分かった。俺から指示を出す。それに従って艦を移動させてくれ」
「よし、二人とも頼んだぞ」
その会話はスカーレットとカスパーにも伝わっていた。ここに至り二人ともミロの意図に気付いたようだ。要するにケンカを仲裁するのではなく、コントロールしているのだ。そしてそれにはさらなる意図が隠されてる。
『私の方はどうする? そちらを援護するか?』
「いや、奴らが出てくるまでは現状を維持してくれ。そろそろ顔を出してくるはずだ」
スカーレットの申し出にそう答えたミロに、カスパーは笑ってみせる。
『やれやれ、君の旦那さんもなかなかの性悪だね』
『性悪というか、詐欺師だな。……それとこいつは私の旦那ではない!』
二人がそんな事を言い合っている間に、ミロの乗る練習艦は突然、大きく旋回を始めた。慣性制御装置が装備されている為、その動きは体感出来ない。
艦の状態を表示している各種モニターディスプレイで、アクロバットさながらの動きをしているのが認識できるだけだ。しかもその間にホークアイが的確に危険な場所へ着弾しそうなミサイルを迎撃しているのだ。
「何とかなりそうだ。ミロが指示を出してくれたおかげで、ミサイルの数も少ないし、各艦が的確な回避運動をしている。ブリッジやエンジンを直撃するミサイルはそうは多くない」
ホークアイが珍しく饒舌なのは、自分の仕事に満足してあるため。そうしている間にも次のミサイルが飛ぶコースを確認してる。
「さて、そろそろくるか」
ミロはディスプレイの表示を確認してそうつぶやいた。
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