第38話 「君は何を怯えているのだ?」
衛星軌道上で微惑星を爆砕して発生させた密度の高いデブリ帯に立てこもった敵艦隊の索敵と足止め。
それが今回の演習の目的だ。
敵となる目標艦隊はレーダーと通信を妨害するシステムを装備しており、さらにデブリ帯に漂う無数の岩塊に隠れている為、近くまで接近しないと発見出来ない。
索敵を行う攻撃側艦隊はデブリ帯に進入して、目標艦隊の詳細な位置を確認した上で、一定時間足止めの為に攻撃する事が求められる。
岩塊の影に隠れている敵には、直進するしか能の無い対艦レーザーは使用できない。また濃密なデブリと接触する危険が有る為、艦載機も投入できない。
その為、お互い対艦ミサイルとそのミサイルを撃ち落とす対空迎撃レーザーの運用が主になる。ただしあくまで訓練の為、実弾は使用されない。
訓練用模擬弾には炸薬が装備されておらず、迎撃レーザーも低出力で破壊力は無い。訓練用模擬弾頭を装備したミサイルには安全装置が付いており、センサーが迎撃レーザーを感知するか、練習艦近くへ接近すると自動的に分解するように作られている。
作戦要綱上、目標の詳細な位置を特定後、デブリ帯の外にいるレーザー重砲艦による斉射が行われ敵艦隊を殲滅する手順になっているが、訓練では実際にそこまで行わない。目標である敵艦隊の位置を特定後、一定時間足止めした時点で終了となる。
攻撃側艦隊を指揮するミロは、自分の直属となった十隻をさらに三個分艦隊に編成した。スカーレットとカスパーにそれぞれ三隻ずつを指揮させ、四隻を自らの指揮下に置いた。
ミロの直属艦隊で艦隊戦訓練に参加するのはスカーレットやカスパー、アフカンの他、エレーミアラウンダーズ。
そしてミロの噂を聞きつけて、その下で艦隊戦訓練に参加したいと申し出た一般生徒たちだ。いささか定員をオーバーしたので、抽選という事になったのだが、ミロは参加した生徒を貴族、市民と生まれに拘わらず配置した。
ミロが何をやっているのか分かって申し出た生徒たちだ。その判断にも特に不満は出なかった。そして何よりも公爵家の嫡男がやっている事だ。教師たちも面と向かって文句は言わなかった。
艦隊戦訓練に参加する残り二十艦隊は、慣例通り貴族と市民と出身階層に分けて編成されている。アフカンの心配通り、それぞれの艦隊の指揮官は『ポテト』派、『ローカスト』派それぞれの元メンバーで占められていた。
◆ ◆ ◆
『しかし僕でいいのかい。そりゃまぁ一応、座学では艦隊戦は取っていたけどね』
立体ディスプレイの向こうでカスパーはそう言って肩をすくめてみせた。
『僕よりもリッキーの方が適任じゃないか。経験もあるんだろう?』
からかうようにカスパーは付け足す。その裏にある真意をミロは見抜いていた。ただの辺境出身者であるリッキー・パワーズが、曲がりなりにも帝国学園で士官コースに在籍しているカスパーよりも、艦隊戦に秀でているとは思えない。
要するにカスパーは偽辺境伯マクラクランを倒した英雄ミロこそ、今目の前にいるミロ・シュライデンであり、リッキーをはじめとするエレーミアラウンダーズは手足となって、それを助けたはずだと言いたいのだ。
『いや、俺も艦隊戦の経験はない。いつもミロの方が……』
ミロよりもカスパーの真意に気付くのが遅かったようだ。リッキー・パワーズはそこまで言いかけてから慌てて口をつぐんだ。この通信は教師たちも聞いているはず。うかつな事は言えない。
ミロは立体ディスプレイの向こうにいる二人に笑いかけながら言った。
「いや、だからこそカスパーとリッキーを組ませたんだ。協力してうまくこなして欲しい」
『了解! サー!!』
少しおちゃらけた口調で敬礼するカスパーの映像が消えると、代わりにスカーレットからの通信が入る。
『アフカンから話は聞いた。本当に大丈夫なのか?』
少し心配そうな顔で尋ねるスカーレットに、ミロは澄ました顔で答えた。
「初めての艦隊戦訓練だからと言っても緊張するほどの事は無い。言われた通りにやっていればいい」
スカーレットが『ポテト』派、『ローカスト』派双方の元メンバーが何か企んでいる件を尋ねたのは承知している。ミロはそれを分かった上で、あくまで演習の件として答えたのだ。
分かっている。こちらに任せておけ。学校側も聞いている回線でこれ以上、詮索するな。
ミロの真意はスカーレットにも伝わっていた。
『分かった。こちらに出来る事があったら何でも言ってくれ』
一つ肯くとスカーレットは通信を切った。続いて学園側からの通信が入る。管制ステーションにいる実習監督教官からのものだ。
◆ ◆ ◆
『各員準備はいいな。帝国標準時13:00時を以て艦隊戦訓練を実施する。訓練内容は事前のブリーフィングの通りだ。なお今回の訓練は帝国惑星陸軍参謀本部のニコラス・ハッカビー中佐が見学なさる。無様なところは見せるな! 以上だ』
「ほぉ、ハッカビーさんか」
立体ディプレイに映る実習教官の後では、厳めしい顔つきをした口ひげの中年男性がシートに座っていた。実習教官から紹介されても、挨拶一つするわけでもなく、シートから立ち上がる事も無かった。
「知ってるんですか?」
通信が切れるとブリッヂにいる生徒の一人が、指揮官用シートに座ったフェルプスに尋ねた。
「僕の祖父の推薦で士官になった人だよ。市民階級出身にしては、なかなか出来る人だけどね。でもまぁ海軍に入れなかった。その程度の人さ」
フェルプスがそう言うと皆が笑った。
「いいんですか、そんな事を言って。フェルプスさんを見に来たんでしょ?」
生徒の一人がそう言うがフェルプスは肩をすくめてみた。
「今さら改めて見て貰う事なんてないよ。僕の実力はよく分かっているはずさ」
◆ ◆ ◆
「いやぁ、良い生徒ですよ。彼は。他の生徒たちのの評価も高いですし、お父さんに負けぬ海軍軍人になるでしょう」
通信を着ると教官はハッカビー中佐へ向き直ってそう言った。手元の端末を操作していたハッカビー中佐は、その言葉に顔を上げて怪訝な様子で聞き返した。
「誰の話だ?」
今度は監督教官が訝しげな顔をした。
「フェルプスくんの事ですよ。スコット・フェルプスくん、トーマス・フェルプス大佐の息子さんです」
「ああ、そういえばこの学園に居たんだったな。この訓練にも参加しているのか?」
「はぁ? フェルプスくんが参加するから訓練を観閲なさるのでしょう?」
尋ねる教官にハッカビー中佐は嘆息した。
「いや、今さら見るほどのものではない。祖父のナイジェル・フェルプス閣下には到底敵わんどころか父上にも及ばん。トーマス殿はいささか彼を甘やかしたな」
「……はぁ」
一言の下にそう切り捨てたハッカビー中佐に、監督教官は当惑して首を捻るばかりだ。
ブリーデン恒星系で陸軍の演習を監督していたハッカビー中佐だが、学園宇宙船ヴィクトリー校も訓練を行うと知り、自らその観閲を求めてきたのだ。
「今日中にここを立つそうで。お忙しいでしょうに、それではなぜ我が校の訓練を……」
そう言いかけた教官に、ハッカビー中佐は手元の端末を無言で指し示した。そこに映る生徒のプロフィールに、教官の当惑はいや増すばかりだ。
「シュライデン公爵家のミロくんですか? いや、彼に関しては色々な噂を聞いておりますが、いささか買いかぶりすぎでは……」
「ざっと成績を見たところ、悪くはない。むしろ良い部類にはいるじゃないか。買いかぶりという君の意見こそ的外れだぞ」
「それはまぁ成績は悪くありません。でも彼は何と言いますか……。目に見えて反抗的ではないのですが厄介者です。教師を見下してるような所がありまして……」
そういう教官をぎろりと見上げてハッカビー中佐は言った。
「君は何を怯えているのだ?」
「別に怯えてなど……」
言い訳がましく弁明する教官に、ハッカビー中佐はまた嘆息すると端末からメインディスプレイへと視線をあげた。
「まあいい。見れば分かるだろう」
「その件ですが、中佐殿。今回の訓練でそのミロくんへのルーキーラギングが開催される予定でして、余り戦闘や指揮能力の評価は……」
教官がそう言ってもハッカビー中佐は耳を貸さなかった。
「そのようなアクシデントがあった方が、むしろ好都合だ」
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