第36話 「馬鹿馬鹿しい」

「実際に『ポテト』派と『ローカスト』派、それぞれの残党に不穏な動きがある以上、ただの噂と聞き流すわけにもいかない。君には今回の艦隊戦訓練に参加して貰い、いざという場合、連中を押さえつけて欲しい」


 デスクの上に表示されている三次元ディスプレイを確認しながら、アーシュラは立ったままでそう言った。


「曲がりなりにも艦隊戦訓練の最中ですからね。もめ事が起きたら力尽くで押さえ込む事になるかも知れません。それでいいんですね?」


 アーシュラの対面に座る男子生徒は念を押して尋ねた。


「むしろそれを期待して君に頼んでいるんだ」


 アーシュラの返答に男子生徒は満足げに首肯した。


「そういう事でしたら任せておいて下さい。どちらにせよ今回の艦隊戦訓練には参加するつもりでしたからね。いつまでもミロに大きな顔はさせませんよ。それに僕はこちらが本職だ。普通にやっても負けるはずがありません」


 そういうとスコット・フェルプスは笑った。先日の雪上戦闘実習で、アーシュラ共々ミロから痛い目に遭わされた男子生徒だ。


「頼んだぞ、フェルプス。学生、生徒同士が学園内で小競り合いをするならばともかく、艦隊戦訓練ともなると、実物の練習艦を使用する。それでやりあったらただでは済まない。力尽くで押さえつけても構わない。むしろいざという場合はそうして欲しいのだ」


「承知しました」


 立ったままのフェルプスはアーシュラではなく、ディスプレイが表示されてるデスクを前に座っているキースへ答えた。


「念のために確認しておきますけど、これはあくまで全校自治会からの要請と考えて宜しいのですね。キース・ハリントン自治会副会長殿?」


 副会長という肩書きにやたら重みを込めてフェルプスは言った。


「……もちろんだ」


 腕組みをしたままでキースは肯いた。


「カスガ会長もこの件についてはご存じという事でいいんですね」


 念を押すフェルプスにキースは渋面のままで答えた。


「そう考えてくれても問題は無い」


 単純に肯定しているわけではない。フェルプスはキースのその答えに苦笑を浮かべた。


「まあ、それならそれでいいですよ。副会長殿。帝国宇宙海軍大佐フェルプス男爵トーマスの長男スコットとして、恥ずかしくない所をお見せいたしましょう」


 そう言うとフェルプスは大げさに敬礼して部屋を出て行った。部屋は自治会役員室でも会議室でもない。自治会棟の片隅にある空き部屋。そこに自治会副会長キース・ハリントンの名でフェルプスを呼びつけたのだ。


 呼びつけたのはキース本人ではない。キースの承諾を得てはいるが、フェルプスを呼びつけたのはアーシュラなのだ。フェルプスと話をしたのもキースとアーシュラの二人だけだ。実のところ他の自治会役員は関与していない。


「フェルプスめ、余計な気を回さないといいんだけどな」


 嘆息と共にそうぼやくキースにアーシュラは言った。


「意味ありげに副会長殿と言っただろう? フェルプスはお前が次期会長になる事を望んでいるんだ。馬鹿な真似はしないだろう。役員室ではなく、ここに呼びつけられた意味も分かっているはずだ」


「それは……、まぁそうか」


 キースは曖昧に言葉を飲み込む。フェルプスを呼びつけた事も、そして『ポテト』派、『ローカスト』派の残党同士が衝突する可能性があるという話も、自治会長であるカスガ・ミナモトの知るところではない。これをフェルプスに伝えたのは二人の、厳密にいうとアーシュラの方が主導権を握っての事だ。


 キースはデスクの上のディスプレイを操作する。そこには艦隊戦訓練のデータが表示された。


 艦隊戦訓練に参加できるのは、士官養成コースに在籍してるか、その他の課程で戦闘教練授業を選択している生徒、学生だけだ。攻撃側、目標側それぞれ三十隻の練習艦が使用される。


 今回、ミロのルーキーラギングが催されるのは教師側にも連絡が行っている。公爵家の嫡男が相手とあって学校側もかなり協力的だ。攻撃側艦隊はミロが全体の指揮を執るように計らってくれた。一方の目標側は成績や実績から言ってもフェルプスが指揮する事になるだろう。これまでの艦隊戦訓練でも充分な結果を残している。


 攻撃側はミロ直属の艦隊が十隻。これにはスカーレットやカスパー、アフカン。そしてエレーミアラウンダーズが搭乗する事になる。そして慣例に従い貴族出身の生徒たちと、市民出身の生徒たちに残り十隻ずつが割り振られる手はずだ。


 そのすべてが『ポテト』派、『ローカスト』派の残党ではないが、乗り込む艦の割り振りは生徒たちに任せられている。融通の利く人間で固めるのは造作も無い。


 なにより双方の元リーダー、ワインボウムとマクソンは士官養成コースではなく戦闘教練も取っていない。残党となってる連中にしてみれば、これ以上はない好機だろう。それに対してフェルプスが指揮する艦隊は、全て上級貴族の子弟で構成される。


『ポテト』派、『ローカスト』派の残党を衝突させたいアーシュラに取ってもそれは同様。そこで双方に意図的に噂を流したのだ。


「『ポテト』派、『ローカスト』派の残党に情報は流してある。双方ともミロのルーキーラギングの際、どさくさに紛れて相手が自分を攻撃してくると思い込んでいるはずだ。お互い完全に相手を信用できているわけではないからな」


 どちらとも単に噂を鵜呑みにしたわけでもないだろう。しかし憤懣を相手にぶつけるもっともらしい理由があれば良い。アーシュラの読み通り、そこに食いついてきてくれたのだ。


「そして実際に戦闘が始まったら、ミロがどうでるか……。どちらに転んでも化けの皮が剥がれることには変わりない。両派の残党はどちらもミロを快く思っていない。うかつに制止すれば双方から袋だたき。だからと言ってどちらかにつけば、もう一方を敵に回す。いずれにせよ奴は詰みチェックメイトだ」


 得意げな顔でそう言うアーシュラを、キースは座ったまま怪訝な顔で見上げ、そして首を傾げながらディスプレイに表示されているデータへと視線を戻した。


「ワインボウムと、ええと誰だったかな。『ローカスト』派の元リーダー、マクソンだったか。艦隊戦訓練には参加しないとはいえ、そいつらが止めることもあるだろう。奴らにしてみれば、これ以上、問題をややこしくしたくないはずだ」


 データを眺めながらそう言うキースに、アーシュラは立ったままで詰め寄った。


「キース、お前はどちらの味方なのだ? 次期自治会長になりたくはないのか? それなら今のうちにミロを蹴落とし、私やフェルプスを仲間に引き込んでおいた方がいいぞ」


「あ、ああ」


 有無を言わさぬ口調だ。圧倒されたキースは曖昧に肯いてしまった。


「無能な下級貴族の象徴足る『ポテト』派と、傲慢な市民の代表である『ローカスト』派が起こす諍いを、帝国の騎士足るフェルプスの艦隊が制圧する。これこそ今の帝国の縮図だ。貴族と市民の仲を取り持とうする人間など必要ない!」


 すでに成功を確信したかのようなアーシュラに、キースは戸惑いの色を隠せなかった。


「アーシュラ。以前から気になっていたのだが、君はどうしてミロを、いやシュライデン家を目の敵にする? 君はカスガ会長派だと思っていた。ならば会長が推すミロに乗る手もあったんじゃないか?」


 そう尋ねるキースをアーシュラは侮蔑の視線で見下ろす。キースが慌てて謝罪を口にしようとした時だ。アーシュラの方が先に口を開いた。


「現皇帝グレゴール陛下が即位が決定的となった『デメテル宮事変』の際、シュライデンが日和ったのは知ってるだろう」


「ああ。もちろんだ」


 キースは肯いた。当時、公爵位にいたグレゴール・ベンディットが、シュトラウス王朝最後の皇帝ヘルムートに譲位を迫った事実上のクーデター。ぞれが俗に言う『デメテル宮事変』だ。キースやアーシュラが生まれる前、三十年以上前の出来事だが、その経緯は子供でも知ってる程の常識だ。


 その『デメテル宮事変』でシュライデン公爵家は静観を決め込み、どちらにも組みしなかった。シュライデン家もまた密かに皇位を狙っておりシュトラウス、ベンディット両家の共倒れを期待していたと巷間囁かれている。


 しかしシュライデン家の思惑は外れ、思いの外あっさりとヘルムートは譲位を了承。グレゴールがベンディット王朝初代皇帝に即位したのである。


「我がフロマン家は『デメテル宮事変』の前までは、シュライデン家に近かったのだ。しかしグレゴール陛下の決起にはいち早くはせ参じた。日和ったシュライデン家からすれば裏切り者だろう」


「昔の事じゃないか。それにミロは……」


「いずれ侯爵となるお前には分からん! 相手が公爵ならば、子爵家など簡単につぶせるのだ」


 キースの言葉を遮り、アーシュラはデスクをバンと叩いて言った。


「祖父や父は皇帝陛下が日和ったシュライデンに厳罰を下すと思っていた。しかしおとがめ無しだ! 皇帝陛下の主導する『内政的主戦主義』とやらで、敢えて火種を残す為にな! ならばこそ『内政的主戦主義』に則って、私がシュライデンを潰す。それこそが帝国の安定に寄与する臣民の務めだ!」


「そ、そうか……。頑張ってくれ」


 当たり障りのない事しか言えないキースに、アーシュラはほとほと呆れたようだ。一つため息を漏らすとドアの方へ向かう。


「自分のルーキーラギングもある以上、ミロは今回の艦隊戦訓練を拒めない。何かあると分かっても参加せざる得ないが、あのミロの事だ。どうでるかは慎重に見極めてくれ。キース・ハリントン副会長」


 フェルプスと同様、フルネームに役職を付けてそう言うと、アーシュラはキースの返答も待たずに部屋から出て行ってしまった。


 なるほどな、フロマン家はシュライデン公爵家からの仕返しを恐れてる訳か。キースはようやく合点がいった。


 もし仮にミロが次期自治会会長になれば……。そして一部で噂されているように、ミロが皇位継承者だとすれば……。


「馬鹿馬鹿しい」


 キースは自分の妄想をそう笑い飛ばすと、ディスプレイを消した。

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