第35話 「面白くないぜ!」
「畜生!! くそ面白くないぜ……!」
ジョージ・エドワーズは受け取った予定表を、テーブルにバンと叩き付けて悪態を吐いた。
「エドワーズ卿。僕たちは貴族だよ。貴族がそんな口の利き方をするものじゃない」
友人のキャンベルが冗談めかしてたしなめるが効果は無いようだ。
「ああ、貴族だ。連中の言っているように、重要な部分は地面の下に埋まってるジャガイモ[ポテト]だけどね」
「あぁジャガイモよりも、せめてなりたやピーマンに」
地面の下に埋まっているわけではないが中身は空っぽ。『ポテト』派と呼ばれる下級貴族が、羽振りの良い上級貴族を影で揶揄する時の表現でからかうキャンベルを、エドワーズはぎろりと睨んだ。馴れているのかキャンベルは肩をすくめただけだった。
「まったくワインボウムも何を考えているんだ。貧乏でも貴族は貴族だ。一般市民に混じって壁塗りなんて出来るか」
「でもさ、古代ローマの貴族は平民と混じって工事もやったいたらしいよ」
「今はローマ時代じゃないんだ!」
口を挟んだ別の友人をウィルソンは一喝して黙らせた。
エドワーズにキャンベル。そしてこのカフェテリアにいる十人ばかりの生徒、学生たちはみな貧しい貴族階級の出身。典型的なポテト派だ。この前までワインボウムと行動を共にしていたのだが、『ポテト』派としての組織だった行動を中止すると宣言してからは、距離を置いているのである。さりとて他にやる事は無い。授業を受けながらも、空いた時間にはこうして集まり、愚痴をこぼしているのである。
「キャンベル、それでどうだったんだ。このミロという男」
ワインボウムと一緒に先日の『お茶会』に参加したキャンベルにエドワーズはそう尋ねた。
「一体、何度聞くつもりだい? 面白い男だと思うよ。そりゃワインボウムだって興味を持つさ」
キャンベルの言う通り、エドワーズは何度もミロの事を尋ねている。その割には今まで一度としてミロ本人に直接会おうとはしないのだ。
「どうせ良くいる詐欺師じゃないのか。直接、話すと丸め込まれてしまう。ワインボウムは世間知らずだからな」
何度も聞いてもこの結論に結びつけてしまうのである。
「じゃあ彼のルーキーラギングについては、僕らは関与しないと言う事でいいかな」
キャンベルはテーブルの上に散らばった予定表をまとめ始めた。エドワーズはしばし黙考してから言った。
「いや、待てよ。ルーキーラギングをやるのは操船実習訓練の時なんだろ? そこで使うペイント弾や発光弾でメッセージを送るというんなら、間違えた振りをして訓練用模擬弾を撃ち込んでやるのはどうだい。なに、実弾じゃない。当たっても死にはしないだろうさ。少しばかり痛い目には遭うだろうけどね」
そんなエドワーズにキャンベルは呆れたような眼差しを送る。
「そりゃ訓練用模擬弾じゃ死なないだろうけど君が死ぬよ。社会的に。相手は公爵の息子なんだ。そんな事をしたらどうしたら分かってるだろう?」
汎銀河帝国は階級制社会。五家門しかない公爵家の嫡男に向かってそんな事をしたら冗談では済まされない。
「分かった、分かった。冗談だよ。忘れてくれ」
憮然とした顔でエドワーズは椅子に座り直した。
「あの~~、エドワーズ男爵のご長男ジョージさまでいらっしゃいますか?」
エドワーズたちがたまり場としているとはいえ、このカフェテラスは貴族出身の生徒、学生のならば自由に出入り出来る区画にある。彼らの話を耳に挟んだ生徒が声を掛けてきても不自然とは言えない。
「如何にもエドワーズ男爵テレンスが長男ジョージである」
椅子に座ったままとはいえ威厳を繕ってエドワーズは答えた。話しかけてきたのはひょろりとした体格の男子生徒だ。
どこかで見た覚えがあるな。首を傾げたエドワーズだがすぐに記憶に行き当たった。
全校自治会役員アーシュラ・フロマンの取り巻き[フォロワーズ]の一人だ。
「それは好都合です。いえね、ちょっとした筋から聞いた話なのですが。お気に止めて戴ければ有り難いと思いまして……」
妙に遜った態度だ。それを訝しんだのだろう。キャンベルは注意しろと視線で警告するが、エドワーズは適当に肯いただけ。話しかけてきた男子生徒は、それを了承の仕草と受け止めて話を始めた。
「今度の艦隊戦訓練。皆さん、『ローカスト』派の連中に狙われてるという噂ですよ」
◆ ◆ ◆
エドワーズが何か言う前にキャンベルが口を挟む。
「『ローカスト』派はもう活動してないはずだろう?」
「建前ではそうなってますが、あなた方『ポテト』派もこうやって現状を憂いて集まってるじゃないですか。向こうにも不満を募らせてる連中がいるんです。そいつらが例のシュライデン公爵の嫡男ミロのルーキーラギングにかこつけて、あなた方に復讐しようとしてるそうですよ」
キャンベルはうさんくさげな顔で聞いているが、エドワーズはむしろ興味を引かれたようだ。
「詳しく聞かせてくれないか」
身を乗り出してそう言った。
「チッ!! まったく面白くないぜ!」
ベニー・メイヤーは受け取った予定表を、テーブルにバンと叩き付けて悪態を吐いた。
「おいおい、メイヤー法律事務所の跡取りがそんな乱暴な口を利くもんじゃないぜ」
友人のトムソンがそうたしなめた。
「うるせえな。俺は親父の事務所は継がないと言ってるだろう! 帝国軍に入って出世してやる。軍人になればあのジャガイモ野郎たちを顎で使う事が出来るからな!」
メイヤーはそう言い放つと憤然と椅子に座り直し、今度はマクソンに不満をぶつけた。
「大体ジャクソン・マクソンは何を考えているんだ。ミロだか何だか知らないが、所詮は貴族じゃねえか。『ポテト』派の連中とは違うかも知れないが、一般市民なんか人間と思ってねえぞ!!」
「いやぁ、そうでもないぞ。ミロはなかなか面白い奴だ。それにミロの取り巻き[フォロワーズ]は婚約者を除けば、みんな一般市民ばかり。しかもド辺境の出身だって言うぜ」
トムソンがそう説明するのも何度目になるだろうか。そしてその結果はいつも同じ名のだ。
「だからって信用できるもんか!」
メイヤーは吐き捨てるように言った。トムソンは例の『お茶会』に参加して、直接ミロとその仲間を見ている。しかしジャクソン・マクソンに対抗意識を持っていたメイヤーは、彼と同席することを嫌い顔を出さなかったのである。
「でも前にも言ったじゃん。こいつの取り巻きの、ええとリッキー・パワーズだっけか? ガタイのデカい奴。見かけは恐いけど、意外といい奴だぜ」
一緒にいた友人の一人がそう言い出すと、他の仲間たちも次から次へとミロの取り巻き、エレーミアラウンダーズの話を始めた。
「いやいや見かけが恐いといえば、あのオッサン。ホークアイだっけ? ありゃ絶対に高校生じゃねえだろう。でも銃の扱い方なんて丁寧に教えてくれたんだよな」
「あとほら、キャッシュマン。派手な格好の野郎。ちょっとした小遣い稼ぎのテクを教えてくれたし……」
「黙れ、うるさいんだよ!!」
メイヤーはレストラン全体に響き渡るような声で仲間たちを怒鳴りつけた。ここは市民階層出身者専用の居住区画。このレストランは学園側の設備ではなく、資産家を親に持つ生徒が勝手に作ったものだ。このような施設を所有している『ローカスト』派の学生、生徒は少なくない。
建前としてはあくまでその生徒が自分の寮で、取り巻き[フォロワーズ]を使って料理を作り、個人的に友人たちへ振る舞っているだけ。支払われる金銭も、寮の一角を借りた事への個人的な返礼にすぎない。言うまでも無くそれだけの金額では、最初から黒字が出るわけがない。その為、学園側も長年黙認しており、また運営してる学生、生徒も裕福な家柄の出身なので、少々の赤字では応えないのだ。
「ミロの取り巻きが何だか知らないが、お上りの貧乏人は相手にするな。俺たちはただの市民階級じゃないんだ。実質的にはしょぼくれた貴族以上に社会への影響を持っている。それを忘れるな!!」
メイヤーは仲間に当たり散らした。
「それじゃこれは中止だな」
メイヤーの隣りにいた仲間がテーブルから計画表を取り上げた。
「ミロのルーキーラギングなんかに付き合っていられるか! ルーキーラギングに見せかけて無弾頭の訓練用模擬弾でも撃ち込んでやったら面白いだろうけどな」
「おいおい、公爵の嫡男に向けてさすがにそれはまずいよ。君のお父さんの法律事務所でも、無罪に出来るはずがないだろう」
トムソンの言葉にメイヤーは舌打ちした。
「チッ、まったく貴族って奴らは……。しょうがねえ、型どおりに付き合ってやるか。公爵さまなら顔を繋いでおいても損はないだろう。軍に入っても昇進するには貴族の推薦が必要だからな」
忌々しげにそう言うメイヤーに、仲間の一人が恐る恐る話しかけた。
「あの僕、ちょっと変な噂を聞いたんだけど……」
「なんだよ、言ってみろよ」
仲間内では気の小さい事で知られるその少年は、慎重に言葉を選びながら言った。
「『ポテト』の連中がミロくんのルーキーラギングにかこつけて、僕たちに仕返ししようと企んでいるらしいって」
「俺たちに? それは『ローカスト』派と一戦交えようって事か?」
「いや、そういうわけでもなくて。向こうもリーダーが解散宣言したじゃないか。それが気に入らない連中が、今回のルーキーラギングに紛れて、艦隊戦訓練中に僕らの練習船にちょっかいを出すつもりだとか……」
「ふ~~ん、そりゃ面白い。公爵の坊ちゃんをからかうよりは、そっちの方が楽しそうだ」
「おい、その話、誰から聞いたんだ?」
尋ねるトムソンにその少年は答えた。
「自治会の執行委員がそう噂してるのを聞いたんだ。僕だけじゃないよ、ジーンやハーパーも一緒に……」
「なにか引っかかるな……」
首を傾げるトムソンだが、メイヤーは上機嫌で言った。
「いいじゃねえか。売られたケンカは買わないとな。ジャクソン・マクソンの腰抜けめ。どちらがリーダーに相応しいか思い知らせてやる!」
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