第34話 「『ぴょん』ですわ。ルーシアさま」
「まぁ、素敵。お似合いですわ、ルーシアさま!」
「本当に可愛らしくていらっしゃいます!!」
中等部女子ノーブルコース在籍の生徒たちは、その姿に黄色い歓声を上げた。
「そ、そうですか……」
真っ赤な顔のルーシアは、くるりとその場で一回転して自分の着ている衣装を確認してみる。
「駄目ですわ、ルーシアさま。先程も言ったように語尾には『ぴょん』と付けなくては」
クラスメートからのその要望にルーシアは目を丸くする。
「『ぴょ……』、『ぴょん』?」
「ええ、ウサギですから」
「ウサギって『ぴょん』と鳴くんですか?」
ルーシアから尋ねられたクラスメートたちの方が顔を見せ合う。
「あら、違いましたの?」
「ウサギは鳴かないのではありませんか?」
ルーシアも含めて、この場にいる生徒たちは、誰一人実際にウサギを見た事が無い。
「とにかく、こういう格好をした時には『ぴょん』と語尾に付ける。それは昔からの風習ですわ」
クラスメートの一人が自信満々にそう言った。そう言われてはルーシアも従わざるを得ない。
「そ、そうですかぴょん。可愛いですかぴょん」
その答えにまたクラスメートたちは歓声を上げた。
「なんと麗しいルーシアさま! 出来れば、手首を内側にしてお手を握りしめ、頭のうえにこう……。そうそう、ウサギの耳のような感じです!」
「あの、でもすでにこの衣装にはウサギの耳が付いているのでは……」
ルーシアのもっともな疑問にクラスメートはさらに念を押す。
「『ぴょん』ですわ。ルーシアさま」
「あ、はい。それでは耳が二組になってしまいますぴょん」
その受け答えにまたクラスメートは盛り上がる。
「可愛いから構いませんわ。ルーシアさま!」
その時だ。やにわに更衣室のドアが開け放たれた。
「一体なにをやってるのですか!」
怒声と共に飛び込んできたのはポーラ・シモンであった。つい今しがたスカーレットから、ルーシアのルーキーラギングについて、問題は無いかと相談されたばかり。スカーレットは何か事情があるとかで、今日は直接中等部ノーブルコースへ来られず、そして通話の映像にも姿を見せなかった。大方、自分自身がルーキーラギングを仕掛けられて、ようやくその事を思い出したのだろう。
慌ててルーシアを探したポーラだが、体育の授業後どこへ行ったのか、行き先を見失ってしまっていた。ノーブルコースのルーキーラギングといえば一番多い仕掛けが仮装。実際、ポーラの時にも、大昔のものだという太ももがあらわになる体操着を着させられた。ノーブルコースには女子生徒と女性教職員しかいないとはいえ、それでも充分にポーラには恥ずかしい記憶である。
ルーシアも同じような目に遭っているとしたら……。世が世ならば皇女殿下なのだ。そんな事を許すわけにはいかない。
勢い込んでドアを開けたポーラだが、目の前の光景に思わず魂を抜かれそうになっ
てしまった。
そこには真っ白でふわふわしたうさぎの着ぐるみを身につけたルーシアが立っていたのである。もちろんその周囲にはクラスメートたちの姿もあったのだが、ポーラの視界に入ろうはずもない。
「ル、ル、ルーシアさま……! その格好は……!!」
そこでポーラは慌てて次の言葉を飲み込んでしまった。思わず『なんと可愛い!』と口走りそうになってしまったからだ。
「どうですか、ポーラ。可愛いでしょぴょん」
ウサギのようにちょこんと飛び跳ね、照れくさそうにルーシアはそう言った。
「いや、それは当然……。と、言いますか、貴女たちルーシアさまに一体何を……!」
何をしてるのかは当然、分かっている。クラスメートたちは八つ当たりされたようなものだ。
「あら、いつもの歓迎ですわ。ポーラさま」
クラスメートたちには悪気はない。いつも通過儀礼を行っただけだ。むしろ歓迎されている。ちゃんと受け入れて貰ったのだ。その点ではポーラは安心しても良いはずだ。
しかし思わぬルーシアの姿に正常な思考もままならなくなっていたのだ。
「あの、変ですか? ポーラ……。え、あ。ぴょん?」
歩み寄り上目遣いにそう尋ねるルーシアに、ポーラはますます動転してしまう。
「い、いえそんな事は……。突然のことで驚いただけでして……」
しどろもどろにそう答えるしか出来ない。
「これは……。ルーシアさま、思った以上にやりますわね」
そんな様子を見てクラスメートたちは声を潜めて囁き合う。
「当初の予定通りバニーガールでしたら、ポーラさまは寝込んでいたかも知れませんわね」
「さすがシュライデン公爵家のご息女ですわ。私たちも負けていられませんわね」
疑うことも妬む事も知らぬ温室育ちの令嬢らしい、どこかずれた会話をクラスメートたちは続けていた。
そしてその夜。ポーラから『ルーキーラギングは行われたが、それほど心配するほどのものではない』という簡潔な報告がスカーレットへ届いた。
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