第33話 「笑われたいのか、笑わせたいのか?」

 帝国学園は随時、入学、卒業が出来る。その為、学校行事としての入学式や卒業式は無い。上級貴族や裕福な市民階層出身の生徒は、取り巻きフォロワーズや友人たちを集めて、盛大な卒業パーティーを催す事が有るが、これはあくまで個人的なもの。学園主催の行事ではない。


 ましてや入学ともなるとまだ勝手も分からず、友人も少ない為、入学生が主催して特別な催しを行うことはまずない。


 しかしこれが在校生側となると事情は別である。新参者を迎えるに辺り、集団や組織が通過儀礼を用意するのは、良くも悪くも歴史上脈々と受け継がれて来た伝統でもあるのだ。


              ◆ ◆ ◆


「まったく、こんな格好を見られたら嫁にも行けなくなる。いや格好だけはそうなるのか……」


 そんな事をぶつくさと言いながら、スカーレットは通路の影に隠れながら校舎内を移動している。目指す先は事務棟の一角だ。


「今日一日はこの格好ですごさないといけないのか。制服はクリーニングに出されてしまったし、まだ授業も有るから寮に戻るわけにもいかん。第一この格好のままで校内を横断しなければならないではないか」


 ぼやきながらも校内を通る生徒たちの影が消えた瞬間を見計らい、スカーレットは校舎から飛び出して事務棟へ向かった。


 よし、やった。誰にも見られていない!


 スカーレットは内心で喝采を挙げていたが、そうは問屋が卸してくれなかった。数人の生徒たちが、妙な格好で事務棟へ向かう人影を目撃していたのだ。


「なんだ、あれ?」


 その一人が首を傾げると、一緒にいた女子生徒が答えた。


「いつものアレよ。ほら、この前、何とかってお偉い公爵の息子が入学してきたじゃん。あの子は、その取り巻き。っていうか婚約者よ」


 他の生徒たちもその答えで合点がいったようだ。一様に肯いた。


「なるほど、いつものアレか」


「あれ、でもその公爵の息子。ミロだっけか? あいつはまだなんじゃないか?」


「大物だからな。それに相応しいだけの大仕掛けは考えているらしいぜ」


 生徒たちは口々にそんな事を言いながら歩いて行った。


              ◆ ◆ ◆


 ワインボウムとマクソンが組織としての活動停止を決めた為、『ポテト』派、『ローカスト』派共々、今のところ表立ったトラブルは起きていない。しかしワインボウム、マクソンの決断に不満を持つ一部の元メンバーが何か企んでいるという情報もある。


 そんな不満分子を封じ込めるには力で押しつけるだけでは駄目だ。少なくともミロはそう理解していた。効果的なのは他の生徒たちに両派の抗争が終わったのだと、目に見える形で示すこと。まずは両派による一連の抗争で破壊された学校施設の修復だ。


 ミロ自らがそれを申し出たことに自治会長のカスガは、当初はいささか面食らったようだった。しかしカスガ自身もその必要性は感じていたようで、すんなりとそれをミロに任せてくれたうえ、引き続き集会棟のワンフロアを使う事を許可してくれた。


 スカーレットが向かっているのはそのフロアにある部屋。ちょうど今の時間なら、ミロは仲間たちと一緒に修復作業の手配を行っているはずだからだ。


              ◆ ◆ ◆


「ジャクソン・マクソンが率先して施設の修復をやってくれたので、元『ローカスト』派も協力してくれたそうだ。元『ポテト』派の連中も負けていられないと、手伝うことにしたらしい。貴族がそんな事をやるなとワインボウムたちを止めた人間もいたそうだが、翻意させるには至らなかったという話だ」


 メールを確認したアフカンがミロへ向かってそう言った。


「このまま収まってくれればいいんだけどな」


 つぶやくという割には大きすぎる声でブルース・スピリッツがそう言うと、すぐさまマット・マドロックが絡んだ。


「んなわけねえだろう。一体いつからこの騒動が続いていたと思うんだ。山猿! あとお前は無駄に声がデカいんだよ!!」


「あ~~、なんだ。山猿はお前だろ、やるのか。おら!!」


 お互い腕っ節には自信が有るせいか、ブルースとマットは何かと衝突する。しかしそれが彼ら特有の信頼表現である事には、ミロをはじめとした周囲の人間は分かっていた。特に止めるでもなく皆平常通り作業を続けている。


「まったく、どっちもケンカ好きのお猿さんなのは事実なんだから、仲良くすればいいじゃないか」


 カスパーだけがにやにや笑いながらそうからかうだけだ。


「うるせー、黙れ。助平!!」


 ブルースに一際大きな声で怒鳴りつけられてもカスパーは平然としたものだ。


「そうだね。僕は助平だ。それのどこがいけないかな。ケンカ好きのお猿さんよりは文化的じゃないか」


「んだと、こら。俺たちが黙っていればいい気になりやがって!!」


 いつの間にかマットがブルースに加勢してカスパーに食ってかかる。これもまたすっかり日常の風景になっていた。


 そんなやり取りを聞き流しながらミロはアフカンに尋ねた。


「ワインボウムに施設の修復をやるなと言った連中だが、その後どうした?」


「いや、何も聞いていないが……。気になるか?」


「ワインボウムやマクソンは、完全にそれぞれのグループを掌握していたわけでもないからな。不満を持つ連中が暴走する可能がある」


「分かった、ミロ。ワインボウムに不満を持つ連中を調べてみよう。ついでにマクソンにも何か気になることはないか確認しておく」


「頼む」


 アフカンの返答にミロが肯いた時だ。突然、部屋のドアがバタンと明け放れ、何やら白い布の塊が飛び込んできた。ミロやアフカン、カスパー、そしてエレーミアラウンダーズ一同は、驚いてドアの方へ頭を向けた。白い布の塊と思ったのはスカーレットだった。それを確認すると、一瞬の沈黙の後、皆はそれぞれの作業に戻った。


「修繕費用の見積もりは出たか、キャッシュマン。自治会の会計から催促されているんだ」


「ああ、もうちょっとで出来るよ。ミロ。出来次第そちらへ回しておく。おい、アート。壁の修理方法、これで大丈夫なのか。一応、確認してくれ」


「あー、こりゃぼったくられてるよ。もっと安く出来るはずだ」


 まるで入ってきたスカーレットを無視するかのように、ミロとエレーミアラウンダーズの面々は話を続けている。それに耐えきれなくなったのか、ドアの前に貼り付くように立ったままのスカーレットは自ら口を開いた。


「おい、私の今の状況を見て何か言う事は無いのか?」


 そう言われたミロたちは頭を上げ、今一度スカーレットへ一瞥をくれた。そしてまた作業に戻る。


「いい加減に何か突っ込むかどうかしてくれ! さもないとまるで私が道化みたいじゃないか!!」


「その格好で突っ込んでくれとか、君も意外と大胆だねえ」


 からかうカスパーにスカーレットは憤然として言い返した。


「どういう意味かは分からないが、どうせまたいやらしい事なんだろう!?」


「もちろん、その通りだ」


 カスパーは言葉とは裏腹のさわやかな笑みでそう答えた。そんなやり取りにミロは一つ嘆息してから、スカーレットに声を掛けた。


「笑われたいのか、笑わせたいのか?」


「他に尋ねることがあるだろう! なんでそういう格好をしてるのかとか!! その服装はどうしたのかとか!!」


 本人の言う通りだ。スカーレットは学園内を歩き回るにはいささか不向きで、そしてかなり目立つ恰好をしていた。


 どう見てもスカーレットが着ている服は学園の制服では無い。ウェディングドレスとしか思えないものだ。スカーレットは学園内を歩き回るにはおそろしく不便なそのドレスの裾を掴み挙げ、反対側の手で顔の前に垂れるベールをまくり上げた。


 むきになるスカーレットにミロは澄ました顔で言った。


「いや、特に改めて尋ねることは無い。ルーキーラギングというものだろう。他の連中もやられている」


 ミロはそう言うとエレーミアラウンダーズの面々へと視線を送った。


「起源は旧地球時代の西暦二〇世紀末頃。プロスポーツチームが新入団選手への歓迎を兼ねて行った悪戯が起源だ。仮装をさせたり、役に立たないプレゼントを贈ったりというのが主なところだな。それ以前からあった学生の自主組織フラターニティへ加入する際に科せられる入団儀礼イニシエーションが元になったとも言われている」


 立て板に水でそう語るミロに、スカーレットはいささか引き気味だ。


「いや、私が言いたいのはそういう事じゃ無くて……」


 そこにすかさずカスパーが助け船をだす。


「ウェディングドレスだろう? お嫁さんとして何か言って欲しいんじゃないのかい」


「だから違うと……!」


 スカーレットが朱に頬を染めて反論した。その時だ。再びドアが開け放たれた。


「ミロ。修繕費用の見積もりだけど、グレタがこれも含めて修正した上で、再提出してくれって……」


 そう言って入ってきたのは、自治会長のカスガ・ミナモトであった。カスガはウェディングドレス姿のスカーレットを見て、一瞬、きょとんとした顔で固まってしまった。


「……え。い、いやこれは……」


 しどももどろのスカーレットにカスガはすぐに事情を察したようだ。


「あら、学生結婚? いいわね。それで式はいつ? 公爵家の式ともなると自治会側からも祝辞くらいは出さないと」


「式は挙げません!」


 頬を朱に染めるのを通り越して、熟しすぎたトマトのような顔になったスカーレットがむきになって反論した。もちろんカスガは分かっていてからかってるのである。


「分かってるわよ。ルーキーラギングでしょ? 私もやられたなあ」


「会長もですか?」


「当たり前でしょ。ほとんどの生徒はやられるわよ」


「お、そうなんですか! 俺はこんなの貰ったんだけど、使い道が分からないんすよ。これもそのルーキー何とかだったんかな」


 カスガのその答えにブルースは自慢の大声を張り上げた。カスガなど反射的に耳を塞ぎかけたほどだ。


「だからてめえは無駄に声がデカいのを何とかしろ!!」


 文句を言うマットに構わず、ブルースが奥のロッカーから出してきたのは、片手で持てる漏斗状ファンネルの機械だ。一同が首を傾げる中で、ミロだけはそれに見覚えがあった。


「拡声器だな。それは。単純な電気回路で音声を大きくする装置だ。今でも結構使われているぞ。単純なシステムほど壊れにくいからな」


「よく知ってるな」


 スカーレットが意外そうな顔をする横で、カスガは無関心を装いながらも耳を傾けているのが分かる。


「なに、大貴族には道楽者が多いんだ。そうでしょう、カスガ会長?」


「そうね、うちの蔵にも妙なものが沢山あるわ」


 突然、水を向けられてもカスガは笑みを浮かべて受け流した。


 ミロ、いやアルヴィンが旧地球時代の拡声器を知っていたのは、祖父クラーク・マイルズがこの手の古い機械の収集を趣味にしていた為。シュライデン家に同じ趣味を持つものはおらず、ゼルギウスやマリウスに見せても何だか分からないだろう。


 その気になればここからミロと名乗ってる人間の正体を探る事が出来るかも知れないが、今は開き直った方が得策と考えたアルヴィンの機転だった。そしてカスガもそれに乗って、何気ない会話を装って見せた。


 現状、事を荒立てる理由はない。それがミロとカスガが共にする暗黙の認識だった。しかし本物のミロが骨董的な機械類について明るくなかった事を知るエレーミアラウンダーズは別だ。慌てて話題を逸らせに掛かる。


「俺なんてこれだぜ、これ。『こどもぎんこう』の札束と、『こどもぎんこうとうどり』のスーツだ」


 キャッシュマンがロッカーから取り出してきたのは、手の切れそうな分厚い札束。札束など滅多に見る機会の無い時代となっていたが、それでも一目で偽物とわかるちゃちな印刷だ。キャッシュマンが広げ、羽織って見せたスーツには、胸元にでかでかと『こどもぎんこうとうどり』の肩書きが書かれ、そして現用の星間ポンドをはじめとする歴史上存在した様々な通貨記号が刺繍されていた。


「こんな玩具、まだあったの?」


 唖然とするカスガにキャッシュマンは妙に得意げな顔で答えた。


「いや、昔の玩具をわざわざコピーしたらしいですぜ。まったくもって念が入った事だ」


「まあ似合ってるけどな」


 ミロがそう言うと部屋には皆の笑いが響く。和気藹々とした雰囲気だが、カスガを一瞥したミロは、彼女が笑みの裏側で何か頻りと考えを巡らせている事に気付いた。


 ミロは主人であり、エレーミアラウンダーズはその家臣。そう受け止めていたカスガには、この雰囲気が良く理解できないようだ。


 まぁ貴族というものはそうなのだろう。せいぜい悩むがいいさ。ミロの名を借りたアルヴィンは、笑顔の下でカスガに皮肉な視線を送っていた。


「そういえばお前はどうなんだ、ミロ」


 ミロの妙な雰囲気に気付いたわけでもあるまいが、スカーレットが思い出したように声を掛けてきた。


「いや、俺はまだだ。嫌われてるんじゃないか」


 本気でそう思っているわけではない。ミロは冗談めかしてそう言ったが、アフカンは真に受けてしまったようだ。


「気にすることはないぞ、ミロ。こういうのは各人の身分に合わせて準備されるらしい。お前は公爵家の嫡男だから、それ相応の準備が必要なんだろう」


 この場にはもう一人、公爵家に産まれた者が居る。しかもそちらは正真正銘の本物だ。カスパーはその彼女へ水を向けた。


「カスガ会長の時は豪勢だったと聞きますけど、どうだったんですか」


 尋ねられたカスガは一つ嘆息してからうんざりとした様子で答えた。


「舞踏会よ、舞踏会。それも仮面舞踏会。私だけが仮面なしの素顔。学校行事だと聞いていたんで、ビックリしちゃったわよ。その為に半年近くも準備していただから。まったく無駄遣いにも程があるわ」


 カスガのその言葉にマットが笑う。


「けけけ、仮面を付けて戦う武道会なら俺さまの得意技なんだけどな」


「おう、それは楽しみだな。仮面なんぞ付けなくても、てめえなんぞ俺が正面からぶっつぶしてやる!」


 マットをやたらライバル視しているブルースがそういきがって見せた。


「んだとぉ、この砂ネズミが!!」


「やるならいつでもやってやるぜ、この猿!!」


 ファイティングポーズで牽制し合う二人を尻目に、カスパーは妙に得意げな顔で言った。


「そういえば僕は『好色漢』『ド助平』『近寄るな危険。但し女子のみ』とかプリン

トされたシャツを貰ったなあ。それも男子生徒有志からなんだ。僕が男子から嫌われてるなんて、単なる風評被害だというのが分かるだろう」


 カスパーのその自慢話を聞いたブルースとマットは思わず声を揃えて突っ込んだ。


「お前、それはマジで嫌がらせだ!」


「そうだそうだ、単に嫌われるだけだろ!!」


 しかしカスパーは平気の平左と聞き流す。


「ははは、ケンカ好きのお猿さんたちは仲が良くていいねえ」


「んだと、こら!」


「てめえは一度締めてやらなきゃなんねえと思っていたんだ」


 さっきまでのけんか腰はどこへやら。いつの間にかブルースとマットは、カスパー相手に共同戦線を張っていた。


「あ~~、まったく。いい加減にしないか、お前たち。会長が呆れてるだろう!」


 見かねたスカーレットがウェディングドレスのままで皆を止めに入った。ミロが一瞥してみると、やはりカスガはその光景に笑みを浮かべている。しかし先程とは違い、その笑みからは何かを伺っているような気配は感じられない。ただ単に、そして年相応の娘のように、皆のやり取りを屈託無く楽しんでいるようだ。


 ミロの視線に気付いたのか、カスガは急に取り澄ました顔になると、一つ呼吸を整えてから、改めて口を開いた。


「まあそんなわけだから、ミロも余り気にしなくてもいいわよ」


「ええ、楽しみにしてますよ」


 ミロがそう答えると、カスガはキャッシュマンにグレタから預かった書類を渡すと、部屋から出て行こうとする。そんなカスガにスカーレットが声を掛けた。


「せっかくだからお茶でも飲んでいきませんか。会長にわざわざ書類を届けて貰うだけでも失礼なのに」


 カスガはそう言うスカーレットを一頻り観察から答えた。


「いいえ、近くの教室で授業があるから寄っただけよ。そんなにゆっくりしてもいられないし、第一その素敵なドレスを汚しちゃ勿体ないでしょう?」


 そう言われてようやくスカーレットはウェディングドレスの事を思い出した。


「いや、これは。別に……」


 しどろもどろになるスカーレットにカスガは笑う。


「今日一日はその格好でいるのが礼儀よ。あ、ちょっと困る事が有るかも知れないわね」


「すでに困り果ててます」


 不服そうなスカーレットに構わず、カスガは少し思わせぶりな顔をしてから言った。


「式を挙げる間にウェディングドレスを着ると、婚期が遅れちゃうって言うものね」


「は……。いや、別に私はそういう事には興味など……」


「あ、でももう相手は決まってるから関係なかったかしらね」


「だから私は……!」


 スカーレットは赤くなったり右往左往したりと大騒ぎだ。


「うふふふ、気にすることは無いのよ。貴女は私と違って、その点は恵まれてるわ。幸せになりなさい」


 少し声を潜めてそう言うとカスガはスカーレットの返答を待たずにドアを開ける。


「それじゃ見積もりの方はよろしくお願いね。次の停泊地はちょっと特殊だから、検査に時間がかかるかも知れないわ。その辺は注意してちょうだいね」


「あ、会長……」


 そしてカスガはまだ釈然としない顔のスカーレットを残して部屋から出て行ってしまった。


 騒がしいとは言え、それほど広くない部屋だ。二人の会話はおおよそミロの耳にも

届いていた。


 公爵家ともなると、色々と自由が利かなくなるのだろうな。ミロはせいぜいその程度にしか受け止めていなかった。


「次の停泊地はブリーデン星系か。こりゃ帝国軍の演習場がある恒星系じゃないか」


 カスガから受け取ったデータを確認していたキャッシュマンがそう声を挙げた。


「そういえば士官コースは近々艦隊戦訓練をやる予定になっていたな。だからブリーデン演習場というわけか」


 合点がいったようにアフカンが肯いた。

 学園宇宙船の航路は、安全の為に直前まで公表されない。広い空間が必要になる艦隊戦訓練は、相応の設備がある場所でしか出来ないが、生徒、学生にもその場所は直前まで公表されない。


「くそ、今になって言われても困るんだがな。輸送ルートを考え直さないと。会長が言っていたように、帝国軍管轄の演習場だと通関手続きも厳しくなるからなあ。そのまた次の寄港地に回して貰った方がいいかも知れない」


 そうぼやきながらもキャッシュマンは見積もりの修正を始めていた。


「演習場で艦隊戦訓練か。私たちも参加するからな。お前のルーキーラギングはそこになるかも知れないぞ。ミロ」


 ウェディングドレスを鬱陶しそうに引きずりながら、スカーレットはミロに向かってそう言った。


「そこまで派手にはやらないだろう」


 当たり障りのない返答をしてから、ミロはふと何かに気付いたようだ。しばし考えを巡らせた挙句、妙に慎重な態度で言葉を選びながらスカーレットに向かって尋ねた。


「ルーキーラギングだが……。女子中等部でもやってるのか?」


「あ? 私にこういう悪ふざけを仕掛けた連中は、全校全学年共通でと言っていたから、当然女子中等部でもやってるいるだろうな」


 そこまで答えてようやくスカーレットはミロが何を考えてるのか悟った。


「ははあぁん、ルーシアの事か。そんなに気になるか?」


 にんまりと笑いそう尋ねるスカーレットにミロは平然として答えた。


「そうだな」


 虚勢を張ってくれる事を期待して、それをからかってやろうと手ぐすねを引いていたスカーレットにしてみれば、腰砕けもいいところだ。脱力したかのように嘆息すると、改めて言い直す。


「どちらにせよ中学生のやることだ。公爵家の娘とは言え、それほど大がかりな真似はするまい。ましてやノーブルコースには持ち込めるものも限られているからな」


「なるほど、言われてみればそうか」


 そう答えたミロだが、やはりどこか上の空。スカーレットは少し意地の悪い笑みで尋ねてみた。


「後で様子を見てきてやろうか?」


「済まない、頼まれてくれるか」


 これまたあっさりとそう答えたミロに、スカーレットは自分でもよく分からぬままに腹立たしさを覚えた。


「ああ、分かった分かった。このシスコンめ!!」


 そう答えるとスカーレットはウェディングドレスの裾をつまみ上げながら、憤然として部屋を出て行ってしまった。


「ミロ」


 スカーレットが去ったのを見てカスパーが小声で声を掛けた。


「いくらなんでも今のは少しまずくないか? 婚約者というのは建前でも、君は男で彼女は女だ。例え妹であっても、彼女から見れば女には違い有るまい」


 ミロはそんなカスパーに笑みを返した。


「どうやら俺たちはお前とは違う論理で動いているようだな」


 そう答えたミロにカスパーは苦笑するしか無かった。その上で敢えて付け加える。


「君たちに何か事情があるのは察してるよ。そして僕はこれ以上は詮索しない。面倒だからね。それでも一つ忠告するなら、所詮、人間は男と女しかいない。そういうことだ」


「分かった。忠告は受けていこう」


 そう答えるとミロはまた作業の続きに戻ってしまった。カスパーは何も言わずに苦笑するだけ。しかしミロが簡単に自分の忠告を受け入れない事は充分に承知していた。


 しかしそれはさておき、カスパーは別の事を思い出した。


「そういえば、彼女。あの格好のままで中等部に行ったのかい? 今日一日はあれですごさなければならないのが決まりとはいえ、目立ちすぎるだろう」


「さすがにそれほどおっちょこちょいではあるまい」


 ミロは苦笑したが、ちょうどその頃、スカーレットは警備員の怪訝な顔に首を傾げながら事務棟を出ようとしていた。

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