第四章 痩せた芋と肥えた蝗のゲーム
第32話 「なんだ、これは!?」
帝国学園宇宙船ヴィクトリー校内部には、学園として必要な機能はおおよそ揃っている。
教室、実験室、学生寮、運動用のグラウンドに戦闘実習用のシミュレーション施設。当然のことながらプールもある。
学園宇宙船そのものが管理された環境下にある為、季節や天候に関わりなく、プールはいつでも使用可能だ。そして今日は女子高等部の水泳授業が終わったところであった。
スカーレットは水泳の授業中から、何か不審な雰囲気を感じ取っていた。
一緒に授業を受けている他の女子生徒たちから、なぜか注目されているようなのだ。それとなく探りをいれてみても、思わしい反応は返ってこない。さりげなく話を逸らされてしまうのである。どうやらスカーレットに何か隠しているようだ。
水泳の授業が終わり、プールから上がったスカーレットがシャワーを浴びていると、やにわに女子生徒の一人が、隣りのパーティションから覗き込んできた。
「あら、ハートリーさん。意外と着やせするタイプですのね」
苗字で呼ぶ事でも分かるように、その女子生徒はスカーレットとはそれほど親しいわけでもない。せいぜい顔と名前が一致する程度の認識だ。その程度の相手から出し抜けに言葉を掛けられて、スカーレットは真意を測りかねた。
「べ、別に着やせするというわけでも……」
適当に誤魔化そうとすると、今度は反対側からも声を掛けられる。
「そんな事ないよぉ。スカーレットは脱ぐと凄いもん。ミロくんだって、これじゃあメロメロになるわけだ」
反対側から声を掛けてきた女子生徒はムードメーカー的な存在で、入学したばかりのスカーレットにも何かと世話を焼いてくれた。
「メ、メロメロになってるわけでは無い! 確かにミロとは婚約者という事になってるいるが、それは建前の事だ。良くある話だろう?」
「ふ~~ん、どれどれ」
さらに後から声が聞こえてきた。振り返る間もなくスカーレットは背後からむんずとばかりに胸を掴まれた。
「ちょ、なんだ! おい!!」
「ふ~~ん、85くらい? 私よりも小さいけど、結構いい形してんじゃん。それにこれの手触りはあんまり使い込んでないねえ。確かに未使用かも」
スカーレットのバストをそう分析したのは、男遊びが激しいという噂の女子生徒だ。背後から胸を掴まれたので、スカーレットの背中にはその女子生徒の豊満なバストが押しつけられていた。それをぐりぐりと押しつけながら女子生徒は言った。
「私も入学した頃はこれくらいだったなあ。スカーレットもミロにもんで貰えば、一年後には同じくらいに育つかもよ」
「いい加減にしろ!」
スカーレットは腕をはねのけると、掛けてあったタオルを振り回して女子生徒たち
を追い払う。
「あははは! ちょっとした冗談だって。マジになるなよ」
「そうそう、ギャグよギャグ。スカーレットは真面目だから、ちょっと息抜きさせてやらないとね」
笑ってそんな事を言い合いながら、女子生徒たちはシャワー室を出て更衣室へ向かってしまった。
「まったく、なんなのだ。一体」
今までにも他愛の無い冗談を言い合う事くらいはあったが、今日はやけに絡んできた。水泳の授業中の視線といい、やはり何か変だ。
自分が関与している秘密が知られたか? アルヴィン・マイルズがミロ・ベンディットと偽ってる事、そしてその素性を隠して帝国学園へ入学させた事が知られてしまったのか? しかしそれにしては女子生徒たちの言動は無邪気だ。敵意や殺意は感じられなかった。
あの女子生徒たちのそのつもりがあれば、自分をこの場で殺すことなどたやすかったであろう。
いや、それは考えすぎか……。
スカーレットはシャワーを浴び直して、そしてタオルを身体に巻いて更衣室へ向かった。
更衣室の中には誰もいなかった。他の生徒たちは着替えを終えてしまったようだ。スカーレットは制服が入っているロッカーに向かった。
ロッカーには鍵は無い。周囲はきちんと警備されており、部外者が容易に近づくことは出来ないからだ。生体認証付き生徒手帳がクレジットカードも兼ねているので現金を持ち歩く習慣も無く、高価なアクセサリーも禁止されている。それを無視して飾り立てる連中はいるが、大抵が裕福な身分なので、少々ものが盗まれても騒いだりはしない。だから鍵をかける必要は無いのだ。
スカーレットが制服を入れたロッカーは少し開いていた。プールに向かう時には、ちゃんと閉めたはずだ。どうも慌てて閉めたようで、何かが引っかかってしまったらしい。
おかしいな……。そう感じたスカーレットは慎重にロッカーを開け、そして我が目を疑った。そこには黒を基調にした帝国学園高等部女子制服は入ってなかった。代わりに大きめの安っぽいバックが一つ押し込まれている。
「なんだ、これは!?」
思わずバックを取り出してロッカーの奥を確認した。幸いというべきか、下着は奥へ押し込んであった。しかしこんなバックには見覚えがない。上から軽く叩いてみると、中には何か布のようなもの、おそらく服が入っているようだ。しかし制服にして
は随分とかさばっている。
バックを開けて中を確認すると、そこには白いレースが丁寧に折りたたまれていれてあった。その下にもやはり白い服が入っているようだ。
生地からして普段着のものでは無い。それはどう見ても、どう見ても……。
「な、なんだ。これは……!」
思わず同じ言葉を繰り返してしまうが、怒りと困惑の度合いはいや増していた。
その時だ。スカーレットの様子を伺っていたのだろう。外へ繋がる更衣室のドアがいきなり開け放たれると、出て行ったはずの女子生徒たちが戻ってきた。
「あら、ハートリーさん。お困りのようですね。宜しければ着付けを手伝ってさしあげますわ」
どうやらこの件の首謀者と思われる同級生が、にんまりと笑いながらスカーレットに向かってそう言った。
「お前たちなぁ……」
スカーレットはうんざりとした顔でそういうだけだった。
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