第31話 「……ぬかったわ」


「それは人類社会の存続の為。なるほど確かに戦いで活性化すれば、世界は存続するかも知れない。だがしかしそれは人を幸せに出来ない社会だ。人の幸福を貪り繁栄するだけが目的のシステム。だから俺はそんなシステムを打ち砕く。その為の軍勢を集めに来た」


 ぞくりとするもの。呆れるもの。冷笑するもの。反応は様々だ。


 スカーレットは身震いを覚え、カスパーは面白そうに笑い、そしてアフカンは感心したように肯いた。エレーミアラウンダーズの面々はすでにミロ、いやアルヴィンと本物のミロの考えを知っているので、真面目な顔で聞き入るだけ。


「出来るのか、そんな事が?」


「正直、分からない。しかしやらねばならない」


 ワインボウムの問いにミロは素直に答えた。


「下らねえ! 本当に下らねえ!!」


 吐き捨てるようにそう言うものの、マクソンは興味を持ったようだ。ミロに詰め寄りながら尋ねた。


「それが出来たところで、一体全体どんな世界になる? お前はその世界に責任が持てるのか?」


「それには正直、ついこの前まで迷っていたところだ」


 なるほど、これがこの男の魅力か……。後ろで聞いていたカスパーとアフカンは同じ印象を受けていた。


 自分の弱さや迷いをさらけ出した方が良いと見れば臆面も無くそれを口にする。決して見栄を張ったり外面を気にする事はないのだ。


「しかしこの前、答えが見つかった」


 そう言うとミロは肩ごしにスカーレットへ一瞥をくれた。その視線の意味がわからず、きょとんとするスカーレットに笑みを浮かべると、ミロはまたマクソンやワインボウムたちの方へ向き直り言った。


「人には自ずから幸せになる力がある。ならばそれを最大限に生かす世界を求めるだけだ」


 どこかで聞いた言葉だな……。


 他人事のように首を傾げたスカーレットだが、すぐに気がついた。つい先日、自分がミロに言った母の言葉だ。それに気付いた瞬間、スカーレットは顔面が燃えるように熱くなるのを感じていた。


「お、お、おい、ミロ!! ミロ!!」


 慌ててミロに声を掛けるが、なんと言っていいのか分からない。こんなところで母の言葉を引用されるとは、スカーレット自身も思ってもおらず、完全に頭の中が混乱していた。


「下らないな、下らないが……。面白い奴だな、お前」


 肩をすくめながらもマクソンは、ミロの言葉に何度も肯いていた。


「確かに俺たちは社会を変えると言いつつ、なぜそれが必要なのか、その後どうするのかは考えていなかった……。お前の言う事も……」


「てめえは一々理屈っぽいんだよ!」


 ぶつくさとそうつぶやくワインボウムをマクソンが一喝した。


「君の旦那さんは詐欺師だねえ」


 苦笑しながらカスパーがスカーレットに囁いた。


「あのカード。でたらめに選んでいるように見えるけど、手錠の組み合わせを確認してから決めたカードを取ったんだ。最初はケンカ慣れしてる奴らで凄惨な所を見せて、次に女性と小柄な少年を選んで、周りに同じ結果にはしたくないと思わせると……」


「そうなのか……?」


 まだ熱い頬を押さえたまま、スカーレットはカスパーに聞き返した。


「いや、僕の推測だけどね。……それよりなに? 旦那さんに見つめられて感じちゃった?」


 ついと顔を近づけてそう言うカスパーに、スカーレットは声を張り上げた。


「貴様はどうして言動がいちいちそう下品なのだ!!」


 そんなスカーレットへ皆が怪訝な視線を向けていた。


                 ◆ ◆ ◆


 マルク・ワインボウム、ジャクソン・マクソンは、これまで何度か自治会長室を訪れた事が有る。しかしそれはあくまで自治会からの呼び出し。両派の抗争についての抗議を受ける為で有り、その時は二人別々に呼び出されていた。だから二人が一緒に自治会長室を訪れるのは始めだ。そしてもう一人、ワインボウムとマクソンを連れてきた人間がいた。


 ミロである。


 席に着いたカスガ・ミナモトは驚きと緊張に顔を強張らせながらも、何とか口元には笑みを浮かべてみせていた。


「思いの外、早かったわね」


 カスガのその言葉にミロは首肯した。


「はい、二人とも協力的でしたので」


「しかしまだ一部で両派の抗争は続いています」


 キースが皮肉げにそう言うが、マクソンが肩をすくめて答えた。


「まあ確固たる組織があったわけじゃないしな。俺もワインボウムの所も。銘々自由に行動しろとは言ってある。俺についてミロと行動を共にする奴もいるし、今まで通りにやってるのもいる」


「正当な抗議活動については表現の自由という見地からも、強制的に止めさせるつもりはない。しかし無意味な争いについては俺とマクソン、そしてミロたちの手も借りて、早めに終結させる」


 ワインボウムがそう補足した。そんな二人にアーシュラが問いかけた。


「それはつまりお前たちの組織が、ミロの傘下に入るという解釈でいいのか?」


 ミロは何も答えない。ワインボウムとマクソンがその代わりに答えた。


「俺たちとミロは仲間だ。学園にいる限り上下関係はない。しかしいずれ誰が指導者かはっきりさせなければならないが、今はその時ではない」


「今も言った通り、俺たちはそれほど組織だって行動していたわけじゃないからな。つるむ相手がミロたちになるだけって事さ」


 二人の答えにカスガはしばし沈思してから口を開いた。


「ありがとう、ミロ。然るべき手続きを経た後、あなたを正規の自治会執行部員に任命する事になると思います」


                 ◆ ◆ ◆


「……ぬかったわ」


 ミロとワインボウム、マクソンが退出した後の自治会長室で、カスガは唇を噛んで言った。


「自分を共通の敵にして二つの勢力の抗争を止めさせるくらいの事はするだろうと思っていたけど……。まさかこう出てくるとは」


「……どういう意味ですか?」


 黙って事の成り行きを見守っていたアマンダが不思議そうに尋ねた。


「会場の警備を手伝っていた執行部員によると、ミロは皇帝陛下の統治方針を非難して、それを打ち砕くとまで言ったんだ!」


 アーシュラは憤懣やるかたないとばかりにバンと机を叩いた。


「アマンダ。会長が『ポテト』と『ローカスト』、両派の抗争を完全に鎮めなかったのは、一つ間違うと我々自治会や上級貴族が共通の敵になってしまうからだ」


 そう説明するキースにアーシュラも肯いた。


「ああ。だから会長はミロをその任に当て、自治会や上級貴族が共通の敵になる事を避け、抗争を終結させようとしたわけだ。そうですよね、カスガ?」


 アーシュラの問いにカスガはすぐに答えない。椅子に座り頬杖をついたまま何か考えを巡らせているようだ。


 要するにカスガはミロに体よく汚れ役を押しつけたつもりだったのだ。敵対する勢力の抗争を沈めるには、共通の敵を作ってやる事が一番手っ取り早い。ミロ自らが共通の敵を演じる事まではカスガの想定内だった。そうなれば自治会や上級貴族が矢面にさらされる危険を回避してうえ、両派の抗争を収める事が出来る。


 しかしミロは一度は自分に向いた怒りの矛先を、さらりとかわして皇帝や帝国のシステムに向けさせてしまったのだ。


 完全に予想外だ。相手の勢いを利用して逆に倒してしまうという、合気道の技さえ連想させる見事な手並みである。


 しかしカスガは最初こそ怒りを覚えたものの、不思議と今ではなかなかそういう感情がわき起こらない。むしろ爽快感すら覚える自分にカスガは戸惑っていたのだ。


 しばし後、ようやくカスガは答えた。


「そうね。でもそうじゃないかも知れない……」


「カスガ?」


 彼女はこんな中途半端な返答をする人間ではないはずだ。それがアーシュラの中でのカスガ像だった。


 怪訝な顔のアーシュラに構わず、カスガは窓際に歩み寄り、船内のドームに投影された青空を見上げた。


「でも面白くなりそう……」


 その表情からは先程までの険しさは消え、どこか柔和で年相応の無邪気さえうかがえようになっていた。


 しかしそんなカスガの変貌に、アーシュラとキースの危機感は募るばかりだった。

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