第29話 「よろしい。では戦え」


 会場は静まりかえる。その中でミロは天井に向けた拳銃を、制服の下に下げたホルスターへ戻すと、何事も無かったかのように続けた。


「よろしい。では戦え。俺が認める」


 それでも沈黙は続く。だがミロは意に介した風も無い。一方的にルールを説明した。


「だが殺すのはまずい。相手が戦意喪失した時点で終了とする。武器の使用も不許可だ。そして言うまでもないが、手錠という仕組みを用意した時点で、戦うのは一組ずつ。順番はこちらで指名する。分かったな」


 その説明の間エレーミアラウンダーズのメンバーが、会場の外からレスリング用の折りたたみ式マットを運び込み、会場の真ん中に広げた。


「僭越ながら審判及び戦意喪失したかどうかの判断はこちらでやらせて貰う。ルールはこの程度だ。何か質問は?」


「……おい、本気かよ」


 誰かが震える声でそう言った。


「そうだ、そうだ。大体こんなやり方カスガ・ミナモト会長が許すはずがない!」


 両派からそれに賛同する声が上がった。しかしミロは落ち着いたものだ。


「許すも何も俺はお前たちの抗争を調停しろと言われただけだ。その為に最大限、有効な手段を執る。それだけだ」


 ミロの答えに会場にはざわめきが広がっていった。そのうちに一人が合点がいったとばかり大声を上げた。


「ああ、分かったぞ! そうか、そういう事か! お前、俺たちが相手を面と向かって殴れない。戦えないと思ってるんだろう! だからこうすれば自ずと仲良くするしかないと! だとしたら飛んだ甘ちゃんだぜ!」


 その言葉に今度は安堵の意気も混じったどよめきが起こった。


「なるほど、くだらねえ。上級貴族のお坊ちゃまが考えそうな事だぜ」


 マクソンもそう吐き捨て、ワインボウムも同意した。


「俺たちの抗争がそんな個人的な感情で動いていると思うか?」


 ミロはワインボウムの問いには直接、答えない。その代わりに最初の言葉に答えた。


「面と向かって殴り合えないと分かっただけで抗争が終わるならそれに越した事はない。しかし俺もそこまで性善説を信じてるわけでもないのでな。試してみてくれ。本当に殴れるのか、殴れないのか。戦えるのか、戦えないのか。それを見てみたいのだ。それだけでは不満か?」


 再びざわめきが起きる。誰もがミロの真意を測りかねていた。手錠で繋がれ、離れられない。だから仲良くしろと言うのは分かりやすい。しかしそうなるとは信じられないから、実際に戦ってくれというのは常軌を逸した提案だ。


「やってられるか! おい、帰るぞ!」


 マクソンが仲間に声を掛ける。


「こればっかりは、あの野郎の言う通りだ。俺たちも……」


 ワインボウムも仲間に声を掛けて、出入り口へと振り返った。しかし出入り口はエレーミアラウンダーズのみならず、自らの取り巻き[フォロワーズ]を引き連れた自治会執行部員たちが固めているではないか。


「おいおい、本当にこの茶番はミナモト会長の肝いりなのかよ」


 どうやら大変な事になったようだ。

 両派の生徒、学生たちはようやく事態を飲み込みつつあった。


「ここに1から20までの番号を記したカードがある。手錠にはナンバーが着いているだろう? 同じナンバー同士がケーブルで繋がってる。俺がカードを無作為に選ぶから、まずそいつらで戦ってくれ」


 一方的にそう言うとミロはカードを切り無造作に引いた。


「16番」


「おお、俺か!」


「いいじゃねえか。やってやるぜ」


 16番の手錠で繋がれた生徒は、それぞれ体格の良い男子生徒。一目でその体格による威嚇を目的に両派が連れてきたと分かる。


「へえ、これは面白そうなマッチングだ。オッズの組み方次第では一儲けできるぞ」


「おいおい、そういうのは止めにしたんじゃないのか?」


 下舐めずりをするシンシ・ゼンをリッキー・パワーズがたしなめた。


「いやいや、もちろんそんな事はしませんけどね。俺もやんちゃだったなと昔を思い出して」


 シンシ・ゼンは慌てて頭を振り否定した。もちろんリッキー・パワーズも本気だとは思っていない。苦笑を浮かべるだけだ。


 シンシ・ゼンは惑星エレーミアで闇格闘大会の胴元をやっていたのだ。アルヴィンやミロ、他の仲間と知り合い改心したシンシ・ゼンは、祖父の禅寺に入り修行を積みさらなる研鑽のため、学園宇宙船への入学を希望したのである。


 エレーミアラウンダーズが和やかに昔話をしている間に、二人の生徒は中央にあるマットの上に立ち互いを睨み付けていた。レフェリーはブルース・スピリット。ホークアイがサブ審判に着く。


「やれ」


 ミロがそう言った。ゴングなどない。生徒二人はそれなりにケンカ慣れしているようだが、勝手が違うのかミロからそう言われても、互いに牽制し合うだけで、最初は戦いにはならなかった。カップを持つ手は普通利き手。だから手錠で繋がれているのも当然利き手同士。それが自由に使えず、距離も取れないのだから、ケンカをするにも一苦労だ。


『ポテト』派の生徒がまず相手の向こう臑を蹴り飛ばした。バランスを崩した途端、肩から体当たりする。相手はよろめいたが、それと同時に自分も倒れそうになった。手錠で繋がれているのだから当然とはいえ、少し様子がおかしい。


「あぁ、忘れていた。手錠のケーブルは、強い力が加わると少しずつだが短くなるんだ。最終的にはほとんど密着状態になる」


 マエストリのアイディアで付け加えられた仕様だ。白々しくその説明をするミロに、会場内から不満の声が上がった。だが戦っている当人たちは違う意見のようだ。


「なぁにちょろちょろ逃げられなくて済む」


「それはこっちの台詞だ」


 互いにそう挑発していた。


 利き腕が使いにくい、手錠のケーブルが徐々に短くなるとなれば接近戦しかない。ポテト派の生徒が頭突きを食らわせようとしたが、ローカスト派の生徒はそれを躱して背後に回り込む。そのまま相手を抱えて背後に投げ飛ばす。いわゆるバックドロップの体勢を取った。しかし利き腕が自由にならないので、完全に押さえ込む事が出来ず、中途半端な形で倒れ込んでしまった。あとは互いに転がったまま、膝や肘を入れるだけだ。


 もっともこの状態では、これが一番効果的だろう。やがて双方とも目尻や唇を切り、鼻血も出始め、顔面は鮮血にまみれていく。


「おいおい、大丈夫なのかよ」


 双方の生徒、学生から心配する声が上がったが、ミロは平然としたものだ。


「この程度では人は死なない。それに学園内の抗争で流血沙汰を繰り返してる連中が何を言う」


「だけどあれは……」


 生徒がミロに反論しようとしたが、すぐに言葉に詰まってしまった。


「ま、この辺か」


 レフェリーのブルース・スピリットが二人の間に割って入った。下になってる『ポテト』派の生徒は完全に戦意を喪失している。『ローカスト』派の生徒はそんな相手に馬乗りになり、みぞおちに何度も膝蹴りを食らわせていたのだ。


「はいはい、下がった下がった。あんたの勝ちだ」


「お前もしっかりしろ」


 ブルース・スピリットとホークアイは戦っていた二人を引き離す。優勢に戦いを進めていた『ローカスト』派の生徒は、興奮冷めやらぬ様でミロの方を睨み付けると言った。


「俺の勝ちだ。これで『ローカスト』派の一勝だな」


「一勝?」


 ミロは露骨なせせら笑いを浮かべた。

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