第27話 「お前たちのボスに話がある」
そして数日後、ミロは学生食堂に姿を現した。
「食事をしたいんだがな」
学生食堂の入り口は富裕市民層出身の生徒たち、つまり『ローカスト』派がバリケードを作っていた。
「貴族か? シュライデン家の新入生だな。話は聞いてるぞ。お前、何ヶ月この学園にいる。学生食堂の件を知らないわけではあるまい」
そう言うとローカスト派生徒たちはミロの周囲に詰め寄ってきた。
「それともポテト連中の味方をするつもりかい、金持ち貴族殿!」
バリケードの間から覗き込むと、そこで食事をしているのは低所得市民層出身の生徒たち。貴族出身者の取り巻き[フォロワー]だろう。貴族層出身生徒の姿は見えない。
学生食堂は無料で食事が出来る。個人データを登録しておけば性別、年齢、体格、生活習慣に見合った食事を自動的に提供してくれる。それも無料だ。しかしローカスト派はそれが気に入らないのだ。
ミロは肩ごしに通路の角へ一瞥をくれた。そこには固唾を呑んで成り行きを見守っている下級貴族『ポテト』派の生徒たちがいた。
「いや、そのつもりはない。学生食堂の料理がどんなものか、一度、味わってみたくてな」
ミロのその答えに『ローカスト』派生徒は嘲笑を浮かべたが、それ以上、ミロを制止するつもりはないようだ。
「物好きな奴だ。まあお前たち上級貴族の寄付と俺たち富裕市民が払う学費でこの食堂は運営されているんだ。別に拒む理由は無い」
そして『ローカスト』派の生徒は、通路の影に隠れていた『ポテト』派の方を向いて、怒鳴りつけた。
「なぁ、そうだろう! 金を払っていないお前たちに食わせる飯はここにないぞ!」
露骨に挑発された『ポテト』派生徒たちも我慢しきれずに飛び出してきた。
「お前、言わせておけば!」
「そもそも学生食堂は、全学生、生徒が無料で出来るはずだ。お前たちに利用者を制限する理由は無い!!」
「俺たちはただ食堂の前に立ってるだけだよ!!」
そんなやり取りをする両派を無視して、ミロはバリケードの間をくぐり食堂に入る。中で食事を摂っている生徒と職員たちはあきれ顔で両派を見ていた。
「こういう事は良くあるのか?」
ミロは周囲の生徒や職員に話しかけた。生徒や職員たちは上級貴族の生徒が学生食堂に来た事に面食らったようだが、すぐに話してくれた。
「ああ、しょっちゅうだよ。飯くらいゆっくり食わせてくれよ」
「これでも少しは大人しくなったんだよ。あの連中。今の自治会長になる前は、流血沙汰だって珍しくなかったんだから」
「……なるほどな」
金に余裕のあるいわゆる上級貴族は、有料の船内ケータリングサービスや業者が経営する別の食堂を利用するか、あるいは料理人を生徒、学生として入学させ船内市場で購入した食材を調理させている場合も有る。
しかしそれほど余裕が無い下級貴族出身の生徒、学生たちは無料の学生食堂を利用する事になるのだが、寄付も学費も払っていない彼等にしてみれば肩身が狭く、そしてそれを良く思わない連中がいるというわけだ。
ミロは食事の入ったプレートを受け取る。周りの生徒、学生たちはミロがどんな顔をするのか興味津々のようだ。
船内野菜工場で生産された新鮮な野菜や果物。巨大な船内倉庫に保管されていた冷凍肉や魚類を使った料理。悪くない食事だ。むしろ惑星エレーミアで食べていたものに比べれば立派とさえ言える。乾いた冷たい砂漠ばかりの惑星エレーミアでは、どれもろくに取れなかったものだ。
「うまそうだな。これが無料とは有り難い」
皮肉では無く本心から出た言葉だ。職員はホッと胸をなで下ろし、生徒たちも笑みを浮かべた。
ミロは食堂の中央にある席に陣取り、一人でゆっくりと食事を楽しみ、いささかぬるくて酸っぱすぎるコーヒーを飲み終えると、再び出入り口の方へ向かった。
そこでは相変わらず『ポテト』派と『ローカスト』派が小競り合いを続けていた。しかも先程よりもかなり剣呑な雰囲気だ。掃除用具や椅子などを手に持ち、互いをこづき合っているではないか。
遠巻きに他の生徒、学生たちも見守っており、学生食堂に入れない状態だ。数人の生徒たちが争う両派に近づいて言った。
「おい、いい加減にしろ。そんな事をやって一体なんになる!?」
「黙れ、こちらにはこちらの考えがあるんだ!」
「お前たち市民は引っ込んでいろ!」
『ローカスト』派、『ポテト派』双方から罵声を浴びせられた生徒は、すごすご退散した。ミロは一つ嘆息すると、抗争を続ける両派の生徒、学生の間に割って入った。
「な、なんだ。貴様……?」
無言で両者の肩を掴み、力尽くで引き離すミロに、両派の生徒たちは当惑を隠せない。そんな生徒たちにミロは言った。
「お前たちのボスに話がある。俺はカスガ・ミナモト自治会長から、お前たちの調停を委託された臨時特別執行部員だ」
「はぁ……!?」
ミロの言葉に両派の生徒たちはにやにやとした笑いを浮かべた。そんな事が出来るわけがないと言いたげだ。その様子にミロも不敵な笑みを返した。
「『ポテト』派のリーダーはマルク・ワインボウム。『ローカスト』派のリーダーはジャクソン・マクソンだな? 自治会から委託された臨時特別執行部員のミロ・シュライデンから話があると伝えておけ」
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