第24話 「私が失望したのは、あなたよ」

「シュライデンの隊はあと三人か?」


「いや、まだ五人残ってるな」


 監視塔に立つアーシュラは、チームを組んでいるスコット・フェルプスからそう伝えられて唇を噛んだ。今回の作戦はフェルプスが考案したもの。帝国宇宙海軍大佐を父に持つフェルプスも、ミロの存在についてはいささか危惧しており、アーシュラの誘いに快く応じたのだ。


「二回とも外したか。運のいい奴らだな」


「それにしても裸眼でよく狙えるなあ」


 フェルプスから手放しで誉められてアーシュラはまんざらでも無い。得意げな様子で答えた。


「この程度の距離ならスコープはいらない。天候は安定してるし、月明かりもあるからゴーグルも不要だ。やたら装備に頼るのは二流の証拠だ」


「さすがです」


「昨年の射撃試験で各部門の一位を独占しただけの事はあるなあ」


 周囲の仲間たちも口々にアーシュラを褒めそやした。しかしそれでもアーシュラの気は晴れない。すぐに片付くと思ったミロたちの隊を、なかなか全滅させる事が出来ないからだ。


 すぐに突っ込んでくるかと思っていたが、意外と慎重なのか? いや、慎重な奴なら学園の秩序を乱すような真似はするまい。


 フェルプスもミロの対応には首を捻った。


「おかしい。そろそろ痺れを切らして突っ込んできてもいいんだが」


 その時だ。アーシュラは異変を察知した。


 来た! やはりか!!


 月明かりの下で隠れていた林から、人影が雪を蹴立てて現れた。数人の人影はまとまったままで監視施設へと突っ込んできた。


 結局、痺れを切らせて飛び込んでくるような馬鹿者だ。みんなあいつを過大評価している。


 アーシュラはそう考えながらライフルを構えた。


 その時、ミロたちが何かを投げた。手榴弾か? しかしここまで届くわけが無い。そもそも雪の上、それも新雪なのだ。足を取られて走る事も踏ん張る事も出来ないはずだ。そしてアーシュラの視界が真っ白になった。


 降り積もったばかりの雪が猛烈な光に照らし出されたのだ。一時、アーシュラは何が起きたか分からなかった。新雪による光の反射を甘く見ていたと悟った瞬間、ミロたちが何をやったのか理解した。


「照明弾に閃光手榴弾か!」


 閃光に続いて爆音が響く。雪に吸収されるので、音そのものは大した効果は無い。しかし鏡のようになっていた新雪に反射した閃光に視界を奪われたアーシュラには充分な効果だった。


「くそ、どこだ! どこだ!!」


 冷静なつもりでいても、首から提げたゴーグルを掛ける事さえ忘れている。もっとも掛けたとしても、閃光の為に視覚が封じられているので意味は無い。


「こっちだ。いや、向こう……」


「どっちだ、フェルプス。指示をくれ!!」


「逃げたか!? アーシュラ、どうしたらいい?」


「分かってる!! いちいち私に指示を求めるな!」


 ゴーグルを掛けてライフルの照準を合わせようにも、白い雪原を見ると目がちかちかする。何か動いているものを見つけて、引き金を引いたがどうやら外れたようだ。


 目蓋を閉じて少しでも早く視覚が戻るのを待つ。その間にも周囲にいる仲間たちが騒ぐので、アーシュラは気が焦るばかりだ。


 少しはマシになったか?


 目蓋を開けると多少は見えるようになった。アーシュラがライフルを構え直そうとした時、背後から叫び声が上がった。


「左右側面より敵接近! 監視施設内に侵入されました」


「なに!?」


 慌てて振り返ると監視施設のドアが開き、数人が中へ飛び込んでいく所だった。雪原には彼等の足跡が残っていた。


「なぜ気がつかなかった!」


「そ、それは……。前面にいるミロの班だけを注意しろと言っていたもので……」


 アーシュラに詰問されて仲間はしどろもどろに答えた。狙いはミロの班だけ。他の相手もそれは承知の上で、様子を見るだろうとアーシュラは予測しており、そして途中まではその通りに進行していたはずだ。


「なのになぜ……」


 その時、戦闘実習が終了した旨を連絡するホログラムシグナルが空中に浮かんだ。アーシュラたちの完敗だ。


              ◆ ◆ ◆


「ええい、腹が立つ!」


 アーシュラは自治会室のテーブルを、両手でバンと叩いた。


「大体あんなやり方は卑怯だ! こちらの目を眩ませておいて、他の班を突入させるなんて! そもそも私はあいつの、ミロの班だけを狙っていたんだぞ! それを分かっていながら……!!」


 戦闘実習から終わってからと言うもの、アーシュラはずっとこの調子だ。ことある度にミロの作戦を非難していた。他の役員たちもあきれ顔だが、さすがに腹に据えかねたのか、カスガは一つ嘆息してから言った。


「ええ、そうね。私も失望したわ」


 我が意を得たりとばかりに、アーシュラも答えた。


「そうでしょう。カスガ。私が負けるはずが……」


「私が失望したのは、あなたよ。アーシュラ」


 いつもはどことなく諦観したような物言いをするカスガだが、今ばかりは射るような鋭い視線でアーシュラを見つめている。そんなカスガにアーシュラも息を呑み、返す言葉も無かった。


「アーシュラ。あなたは自分で自由に戦闘条件を設定出来たのよね。それは非難しないわ」


「……非難しないんだ」


 いつものように金の計算をしながらグレタがぼそりとつぶやく。それが耳に入ったのかどうかは分からないが、カスガはアーシュラを見つめながら続けた。


「それなのにどうして自分に有利な条件に設定しなかったの? ミロ・シュライデンが砂漠の環境に慣れているから、極寒が苦手だとは限らないじゃないの。それなら貴女にとって有利な環境にしておくべきだったわね」


「そ、それは卑怯……」


 言いかけたものの、アーシュラは後の言葉を飲み込む。そもそも卑怯だの姑息だの言うのなら、最初から戦闘環境の設定は教師に任せておけば良かったのだ。


 フェルプスや他の生徒をコーチしてやる見返りとして、担当教師に戦闘環境の変更を要求したのだ。相手を卑怯と言える立場ではないし、それだけの事をやったにしても中途半端だ。


 カスガはそう言いたいのだろう。


「相手を甘く見たか、貴女に慢心があったか。あるいはその両方か……」


「し、しかしカスガ……」


 必死に弁明しようとするアーシュラから視線を逸らせて、カスガは目蓋を閉じて黙り込む。そしてそのまま天井を仰いだままで何事か考え込んでいるようだ。


 アーシュラのみならずキース、アマンダもカスガが次に何を言い出すか固唾を呑んで見守る。その中でグレタだけが相変わらず金の計算を続けていた。


 やがてパッと目蓋を開けると、カスガはいつも通りの少しけだるい調子で言った。


「自治会長として提案がありま~~す」


 来たか……。キースとアーシュラは罰の悪い顔を見合わせた。このようにおちゃらける時のカスガは、ろくな提案をしないと分かっているからだ。


「ミロ・シュライデンくんを、自治会の臨時特別執行部員として招聘したいと思います。これについてみんなの意見はどうでしょう?」


 帝国学園ヴィクトリー校の自治会組織は、自治会長をトップに自治会役員と、その政策を実行する執行部員からなる。自治会長は一人と決められているが、それ以外は上限はあるものの定数はない。人選は全て自治会長に委ねられており、本来は役員に提案して意見を求める必要も無い。


 臨時特別執行部員と聞いて、キースとアーシュラは少し安堵した。常任の執行部員と異なり、臨時特別執行部員はその名の通り、必要に応じて臨時に任命されて、特定の用件を担当するからだ。しかし実績次第ではそのまま常任の執行部員に昇格する事もある。


「僕は反対です」


 キースが即答した。カスガがミロに興味を持ってる事は承知している。徐々に生徒たちの間でも話題になっているのも分かっている。評価は分かれているが、次期自治会長と目されるキースにとって目障りな存在になりかねない。それを危惧しているのだ。


「私も反対です」


 慎重に言葉を選び、結局は最小限の表現でアーシュラは答えた。


 カスガは無言でアマンダに視線をやる。アマンダは逡巡するように視線を泳がせてから口を開いた。


「ええと、会長に賛成です。どうせ臨時なんでしょ?」


 自分の責任を放棄したようなアマンダの物言いにアーシュラはため息をついた。


「グレタは?」


 一心不乱に金の計算をしていたように思えたグレタだが、カスガがそう尋ねると意外な事に即座に答えた。


「賛成」


 意見は二対二。しかし会長には絶対的な権限がある。こうなればもう決まったようなものだ。


 カスガはにっこりと笑って言った。


「それではミロ・シュライデンくんを全校自治会臨時特別執行部員として招聘いたします。アマンダ、早速連絡を取ってちょうだい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!