第21話 「まぁ、そんなのはどうでもいいけどな」

 ミロが学籍を置く帝国学園高等部士官候補生コースは、その名の通り最終的には帝国軍の士官を養成する為の学科だ。戦術、戦略、帝国軍の軍規などを学習する他、実物の兵器を使った戦闘訓練、そして各種格闘技の実習も行われている。


 その日、ミロたち新入生は武道場へと集められていた。


 新入生と言っても入学式のようなものがないので、この数ヶ月ほどの間に入学した生徒たちばかり十数人が集められた。


 集合場所が武道場とはいえ、ミロたちには特に道着などに着がえろとは指示されておらず、また時間になっても教師や一緒に実習を受ける事になっている上級生の姿は無かった。


「おかしいな。時間を間違えたか?」


「んな、はずねぇよ。十四時から間違いないぜ。俺が言うんだから間違い無いって、ケヒヒヒ」


 周囲を見回す生徒に、小柄な赤毛の生徒が妙な笑い声と共にそう答えた。


 生徒たちは武道場の中央に集まっていたが、ミロは何かの気配を感じて壁際に寄った。先程の妙な笑い声を上げた小柄な生徒がそれに気付いて首を傾げた時だ。


「ん?」


 やにわに武道場の照明が消えた。


「うわ、なんだ!? なんだ!!」


「おい、誰だ。明かりを消したのは!!」


 生徒たちは狼狽えるが、いきなり暗くなったので右往左往するだけだ。そこに周囲から足音が近づいてきた。それも一人や二人では無い。集められた生徒たち同程度の人数はいるだろう。


「どりゃあ!!」


「せいぃ!」


 かけ声が響くと今度は生徒たちの悲鳴と床に叩き付けられる音が響いた。


「うあぁあ!!」


「おい、こら。逃げるな!! 逃げるなと言ってるだろう!!」


「ひぃいい!!」


 怒声と悲鳴があちらこちらから聞こえてきた。しかしかけ声と怒声の主たちは、途中で様子がおかしい事に気付いたらしい。


「おい、明かりを付けろ!」


 誰かがそう指示すると、武道場は明るく照らし出される。中央に立っているのは道着姿の上級生が十人ほど。全員が道着姿で顔には暗視ゴーグルを付けていた。


「あぁん、なんだ。お前は……!!」


 上級生の中でも一番体格の良い男が壁際へ目をやり声を荒らげた。


「何をやってるんだ、貴様は!!」


 壁際に立っているのはミロ。その前では道着姿の上級生が顔を押さえて呻いていた。


「お前……。自分が何をしたのか分かってるのか!!」


 その上級生は顔を上げてミロを睨み付ける。暗視ゴーグルはたたき割られ、鼻血が垂れていた。


「柔道では肘打ちは反則だと知らんのか!!」


 どうやら暗視ゴーグルごとカウンターでミロからの肘打ちを食らったようだ。


「知ってますよ。しかしこれが柔道だとは知らなかった」


「なんだと、こらぁ!!」


 平然とするミロに凄んでみせる上級生だが、鼻を押さえたままでは格好が付かない。


「柔道は礼に始まり礼に終わる。照明を消し暗視ゴーグルを付けて一方的に襲いかか

るのは柔道だとは思いませんでした」


「貴様、新入生の分際で……!」


 突進する上級生をミロは軽くいなして、その勢いを利用して頭から壁に叩き付けた。


「てめえ……。自分の立場をわかってるのか!!」


 後から歩み出てきた体格の良い上級生はリーダー格のようだ。その上級生はミロを睨み付けるが、問題はそれだけでは無かった。


「ぎゃははははは、ざまあねえな。お前等、どっちとも!!」


 もう一人、闇の中で襲いかかってきた上級生を返り討ちにした新入生がいた。あの赤毛の小柄な生徒だ。


「理由はどうあれ負ける方が悪ぃんだよ! 悔しければ勝てよ、俺はいつでも強い者の味方! 勝つ方の味方だ!! 分かってるか、おい!!」


 床に倒した上級生から暗視ゴーグルを奪い取り、それで何度も相手の頭を叩いているではないか。リーダー格の上級生は苦り切った顔でその光景を見つめると、ミロの方へ向き直って言った。


「いいか、これは柔道は柔道でもただの練習では無い。『可愛がり』という独特の練習方法であり、上下関係をお前等の根性にたたき込むための通過儀礼だ」


「あぁそれは知ってる。俺の友人に格闘技に詳しいのがいてな。要するにシゴキってものだな」


 ミロがそう言うと赤毛の新入生が二人の間に割って入ってそう言った。


「おお、いいね。シゴキ、燃えるじゃん。俺がしごいてやろうか、ガタイのいい上級生のあんちゃんよ!」


「うるさい、黙れ!」


「御免だ!」


 赤毛の新入生は即答すると名乗った。


「俺はマット・マドロック。狂犬マットとは俺の事だ! 親父はM&MDコンフェクショナリーの会長だ。スイーツは売り物だけど、ケンカは買うぜ!」


 M&MDコンフェクショナリーの名はミロも聞いた事がある。大手製菓企業。その社長の息子だとすると、多額の学費を負担した上で、貴族の推薦で士官候補生コースに入学したのだろう。


「うるさい、黙れ!」


 リーダー格の上級生が両腕を伸ばすと、マットは身軽にそれを避けてみせた。


「おい、もう止めよう。ゲンス。俺たちだって去年、やられた時には腹が立ったじゃないか」


 リーダー格の上級生はどうやらゲンスという名のようだ。そのゲンスをさらに大柄な、別の上級生が止めた。


「だからやり返すんじゃないか、アフカン! このままじゃお前だって腹の虫が治まらないだろう!」


「やり返すなら、去年の上級生相手だろう。新入生に仕返しするのは理不尽だ」


 ゲンスとアフカンが顔をつきあわせて口論を始めた。


「お、仲間割れか? けけけ、面白いじゃねえか」


 マットはやにわにゲンスの背中へ蹴りをいれた。


「貴様!!」


 ゲンスは振り返るとマットへ掴みかかろうとする。しかしマットは素早く避けると、ミロの傍らに来た。


「よぉ、ノッポ。俺はお前に着くぜ。名前は?」


「ミロ。ミロ・アルヴィン・シュライデン」


「ふん、そうか。まぁ、そんなのはどうでもけどな」


 自分から尋ねておいてマットはさして興味なさそうだ。


「なぜ俺に着く。お前は強い方、勝つ方の味方じゃないか?」


 ミロのもっともな問いに、マットはまたあの耳障りな笑いを交えて答えた。


「おう、そうさ。お前の方が強そうで勝ちそうだからな!」


「そうかね」


 ミロは苦笑する。アフカンとゲンスはまだ何かやり合っているが、上級生たちは徐々に二人を壁際に追い詰めていた。


「奴らは徒党を組まないと勝てないと分かってるんだ。だからお前の方が強い、勝ちそうだと踏んだだけだ。ミロ? サロ? どっちだっけか」


「ミロだ」


 ミロはマットに繰り返し名乗った。


 他の新入生はどうしていいのか分からず、上級生たちの背後でうろうろしているだけだ。そうこうしているうちに、アフカンとゲンスの口論は決裂したようだ。ゲンスはアフカンの手を振り払い言った。


「もういい、アフカン! 新入生の性根をたたき直してやるのは上級生の仕事だ。今までもそうだった、これからもそうだ。そして今日も……」


 そのゲンスが言い終える前に、ミロはマットへ目配せする。マットは無言でにやりと笑い、そして背後からまたゲンスへ躍りかかった。


「おらおら! 余計な話をしてる場合かよ、上級生殿!!」


「貴様、人が話をしてる時に卑怯だぞ!」


「暗視ゴーゴルをつけて襲ってきたのに卑怯もラッキョウもあるもんか!」


 飛びかかるマットを避けようとしたゲンスだが、後から密かに近寄ってきたミロには気付かなかった。ミロはまったく無防備なゲンスの腕を掴むと、そのまま見事に投げ飛ばす。


「これで一本だ。柔道だから問題ないですね。先輩」


「畜生! もう柔道でも何でもねえ! お前等、ぶっつぶしてやる!!」


 ゲンスは勢いを付けて跳ね起きるとそう叫んだ。それを合図に上級生が一斉にミロとマットへ襲いかかる。ただ一人、アフカンを除いてだ。


 ん?


 態度を決めかねていたアフカンは、自分の方へミロが一瞥をくれた事に気付いた。そのミロはすぐに背を向けたが、そこは完全に無防備だ。


 背中は俺に預けるというわけか。この新入生、今のゲンスとのやり取りだけで、どうしてそこまで俺を信じられるのだ……。


 だがしかし……! これで意気に感じなければ男では無い!!


 アフカンは仲間の襟首を掴んで言った。


「おい、止めろ。止めないと無理にでも俺が止めさせるぞ」


「はぁ、なに言ってるんだ。アフカン。お前はどっちの味方だ!!」


 二人の間にマットが割って入ってきた。


「だから言ってるだろ、俺は強いの方の味方だって!!」


「お前には聞いてねえ、新入生!!」


 マットを蹴り飛ばそうとした上級生だが、アフカンはその襟首を持ったままで強引に投げ飛ばした。


「いま分かったよ。性根を叩き直さなければならないのは、お前たちの方だ!!」


 上級生のアフカンがミロについたのを見て、新入生たちの間からどよめきが起きた。ここまで対応を決めかねていた新入生たちが、一斉にミロを加勢し始めたのだ。


「上級生だからでかい顔しやがって!」


「第一、学年とか関係ないんだから、上級生もなにもないだろう!!」


 口々に文句を言いながら、上級生に襲いかかる。

 武道場はあっという間に大乱戦の場になってしまった。


「おい、何してる!! まだ授業時間じゃないってのに騒がしいぞ!!」


 教官室から体育教師が顔を出した。一目見て、最初は恒例の『可愛がり』と早合点したのだが、何やら様子が変だ。いつも行われている『可愛がり』は上級生が一方的に新入生を叩きのめすのだが、それがどうも逆の状態になりつつあるようだ。


「おい、お前等! 止めろ! 止めろと言ってるだろう!!」


 体育教師は同僚と一緒に武道場に飛び出すと慌てて制止した。

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