第20話 「私のお友達になって下さい」

「あ……」


 軽い突きだったが、それはルーシアの胸を一撃した。バランスを崩したルーシアはそのまま尻餅をついてしまった。


勝者ヴァンカー、ポーラ・シモン!!」


 審判を務めている女性教師の声が響いた。


 女子中等部上級コースは体育の時間。今日はフェンシングだ。教養としてそして護身術として、最低限の知識と経験はあったルーシアだが、授業でやるのは勝手が違い簡単に敗れてしまった。


「両者礼」


 ルーシアとポーラは礼と握手をするとピストから降りた。


「大丈夫ですか、シュライデンさん」


「入学したばかりで経験も浅いのに、無理をなさってはいけませんわ」


 クラスメートたちが歩み寄り、そう声を掛けてくる。クラスメートたちは存外に気立ての良い少女たちばかりであった。もっともそうなるのも無理からぬところだ。


 帝国学園中等部女子ノーブルコースは花嫁学校の異名も取っている。ここへ入学してきた少女たちは、卒業と同時に結婚する場合がほとんど。結局の所は政略結婚の道具も同然なのである。それ故にこれまで外界から途絶した環境で、何の苦労も知らぬまま育てられてきた少女がほとんどだ。他人を疑う事も知らなければ妬み嫉みとも無縁。自ずと他人にはすぐに気を許してしまう。


 クラスメートたちも屈託無くルーシアを受け入れたのだが、その中で一人だけ距離を置いている女子生徒がいた。


 ポーラ・シモンである。


 黒髪をポニーテールにまとめたこの少女は、入学してきた日、ルーシアが挨拶しても素っ気ない態度を取り、今日もフェンシングの授業で強かに痛めつけてきたのである。


「シモンさん。少しやり過ぎですわ」


 生徒の一人がそう注意してもポーラは無言のまま。マスクを取りルーシアに一瞥をくれると、無言で歩み寄ってきた。


「怪我は無い?」


 意外な言葉をかけてきたので、ルーシアはもちろん周囲の女子生徒たちも驚きを隠せなかった。


「いえ、別に……」


 意図が読めずに当惑するルーシアだが。ポーラは強引にその手を取った。


「お身体が弱いのでしょう? 私も少し首筋を捻ってしまいましたの。よろしければ保健室にご一緒願えませんか?」


 同意を求めてるにしてはかなり強引だ。ルーシアが迷っている間に、ポーラはその手を引いてさっさとフェンシング場を後にした。


「お気を付けて下さいまし、シュライデンさん」


「変な事をされたら大声を出してくださいまし。すぐに警備兵が駆けつけますわ」


 口々に声を掛けるクラスメートたちだが、決して誰もルーシアを助けに来ようとはしない。ルーシアはそんなクラスメートたちの方へ振り返り答えた。


「はい、大丈夫です。皆さんも授業を続けてくださいませ」


 そしてそのままルーシアとポーラは更衣室へ向かって行った。


「先生、よろしいのですか?」


 生徒の一人が尋ねると、壮年の女性教師は苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。


「身分の高い人たちには色々とあるのよ」


 シュライデン家は公爵の身分。生徒たちは教師の言葉をそう判断して終わった。


              ◆ ◆ ◆


「どういう事でしょう」


 口調は穏やかだが、ルーシアは毅然とした態度でポーラの手を振り払った。


「返答よっては私にも考えがあります」


 更衣室には二人きり。ポーラはフェンシング場へのドアの前に立っている。そこかしこに監視カメラやマイクが用意されている。警備兵も体育館の周囲に何人も待機している。クラスメートの言葉通り、ルーシアが大声を上げるだけで、誰かが駆けつけ

て来るのは間違いない。ポーラもそれは承知しているはずだ。


 年頃の少女だけの閉鎖的な環境だ。ここに入ってから数週間しか経っていないが、少女同士の恋愛関係などと言う噂もちらほらルーシアの耳に入ってる。しかしルーシアを見つめるポーラの厳しい視線は、到底これから禁断の愛を告白しようという雰囲気でも無い。


「……考えがあるという事は、容易に危害を加えられるご身分だと承知されているのですね」


 ポーラは念を押すようにそう言った。


「あなたも私も、ここにいる生徒たちはみな貴族の娘です。誘拐、脅迫、あるいは恨みから危害を加えられる可能性は常に有ります」


 ルーシアはそう答えた。


「貴族?」


 ポーラは笑う。


「あなたがただの貴族の娘なら。この場であなたを殺して、私も自害いたしますわ。私は、いいえ我が一族はお仕えする主人を失うわけですから」


 ただの貴族? お仕えする主人……?


 まさか……。


 ルーシアの瞳がぱっと見開かれる。


「シモンさん、あなたまさか……」


「ポーラとお呼び下さいませ、姫さま」


 そう言うや否やポーラはルーシアの足下に跪いた。


「我が一族はルーシアさまのご家族に仕えて参りました。特に父、祖父はルーシアさまのお爺さまには大変お世話になり感謝しております」


 そうだ、間違いない。この子は知ってる、私が何者なのかを知っている……!

 直接、名前を出す事は避けているが、姫と呼ぶからには間違いないはずだ。


「シモンさん、私をどうするおつもりですか? 今も言ったように、返答次第では私も覚悟を決めなければなりません」


 前皇帝にしてシュトラウス王朝最後の皇帝ヘルムート。そして父であるヘルベルトも、皇位争いから世界が戦乱に陥る事は避けたかった。それこそグレゴール・ベンディットの思うつぼだ。


 もしもこのポーラ・シモンという少女が、自分を皇帝の座へ送り込もうとする集団の一員なら……。


 ミロ兄さま……。最期にもう一度お目にかかりたかった。


 終わりがこんなあっけなく来るなんて。ルーシアは覚悟を決め、自害する方法まで考え始めていた。しかしポーラの返答はそれを無駄にさせてくれるものだった。


「私たちシモン一族は平和を願い退いたお爺さまの決断を尊重いたします。ルーシアさまが平穏を望むなら、無理強いなどいたしません」


 前皇帝ヘルムートの名は出さない。誰かがこの会話を耳にしても、よほど詳しい事情を知らぬ限り、ポーラの言う『お爺さま』はシュライデン家のゼルギウスを指していると思うだろう。


「ただ祖先と同じよう、私もルーシアさまにお仕えしとうございます。それだけです」


「シモンさん」


 ルーシアもかがみ込み、跪いているポーラの顔を同じ高さから覗き込んだ。


「顔を上げて下さい。お気持ちは分かりました。あなたとあなたのご家族の願い、しかと受け止めました。ご厚意感謝いたします」


「それでは……!」


 ポーラは頭を上げパッと顔を輝かせた。


「その前に一つ、お願いがあります」


 ルーシアは少し悪戯っぽく笑うと言った。


「まず私のお友達になって下さい。そうしたらポーラと呼んであげます」


「し、しかしそれは……。姫さまに余りにも失礼……」


「私の考えを尊重して下さるのではなくて?」


 ルーシアに念を押され、ポーラは頬を赤らめてながら答えた。


「わ、分かりました。私ごときでよろしければ……」


「それでは友達ですね、ポーラ。友達なんだからルーシアと呼んでくださいまし」


 ルーシアはポーラの手を取り立ち上がらせた。


「ええと、それは……」


 口ごもるポーラにルーシアはにっこり笑いながら繰り返した。


「私たち友達ですよね、ポーラ」


「は、はい。ルーシア!」


 ルーシアに気押しされるようにそう答えてしまったポーラだが、握り合う手にはお互い力が込められていた。


「……告白ですの? 告白ですの!?」


「お友達から始めましょうという事みたいですわね」


「シモンさん、なかなか大胆ですわね」


 フェンシング場につながるドアから人の気配とぼそぼそ話すクラスメートの声が聞こえてきた。その内容にルーシアは少し強張った苦笑を浮かべた。


「な、なんか誤解されちゃったみたいですね」


「ご、誤解なんてそんな……! いえ、誤解と言えば確かに誤解なんですけれども……。ですから、そういう意味ではなくて……」


 しどろもどろになり弁明するポーラに、ルーシアはもちろんクラスメートの間からも笑いがこぼれ始めた。そしてその間でも、二人の手はしっかりと握りしめられていたのである。

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