第18話 「はみ出し者同士、仲良くやろうじゃないか」

 その日、スカーレットはルーシアに会いに行き、授業に少し遅れる事になっていた。


 ミロだけが先に教室へ向かい、教室の最前列、真ん中の席に腰を下ろした時だ。貴族席のドアが開き、そこから長身の男子生徒が姿を現した。


 肩までの金髪、如何にもな伊達眼鏡。制服の胸元を大きくはだけたまま、その男子生徒は大股でミロの所へ歩み寄ってきた。


「……今日は、お嫁さん一緒じゃないんだ」


 笑みを浮かべながら出し抜けにそう尋ねた。


「スカーレットは妹に会いに行って少し遅れる。それにあれは嫁じゃない。許嫁だ」


「似たようなものだろ? あ、隣りいいかな」


 にやにや笑いながら男子生徒はそう言うと、ミロの答えを待たずにその隣りに腰を下ろした。


「色々とお前の噂は聞いてるが、男色の趣味があるとは知らなかった。他を当たってくれないか。生憎と俺では期待には応えられないのでな」


 視線もくれずにそう言い放ったミロに、男子生徒は人を小馬鹿にしたような笑みのままで答えた。


「おやおや、それは奇遇だね。僕もそうだよ。君と同じで男性と処女には興味が無い。色々と面倒くさいからね」


 教科書代わりのタブレット端末を机の上に置くと、男子生徒はさらに尋ねた。


「どうやら僕の事を知っているようだね。うれしいよ、ミロ・シュライデンくん。でもまぁこちらから話しかけたんだ。礼儀は守らないとね。名乗らせて貰うよ……」


「カスパー・キンスラー。キンスラー子爵の長男。猟色家」


 ミロが先にそう言ってしまうと、カスパーは今度は声を挙げて笑った。


「ははは、やっぱり君は面白いね」


 帝国学園ヴィクトリー校屈指の色男。そして猟色家、色魔、好色漢、好き者と色ねたには事欠かない男だ。


「それで何の用だ」


 ようやくミロはカスパーに目を向けた。


「だってほら、僕ってイケメンでしょ? 君もなかなかのイケメンだ。もちろん僕の方がずっと上だけどね」


 そしてカスパーは教室の後へと視線を巡らせた。後の方では女子生徒たちが、興味津々でミロとカスパーを見つめている。カスパーが笑顔で手を振ると、女子生徒たちの間から黄色い歓声が上がった。


「ほら、君も手を振ってみろよ。喜ぶぞ、あの子たち」


 カスパーはそう言うが、ミロは横目で睨み付けただけだ。


「まあお嫁さんがいたんじゃ、そうもいかないか。でもね、ミロ。イケメンってのはね、二人いると足して二になるんじゃないんだ。二乗されるんだ。僕と君とで二乗のイケメン力だ。凄いじゃないか」


 その時だ。教室の前にあるドアからスカーレットが入ってきた。


「なんだ、お仲間が出来たのか。どれ物好きの顔を見て……」


 そう言いながら歩み寄ってくるスカーレットに、カスパーは振り返りまた手を振った。


「おやおや、お嫁さんが来たよ。ミロ」


 そんなカスパーを見てスカーレットは足を止めて思わず後退る。


「……おい! なんだ、そいつは!! なぜそこにいる!!」


「こいつはカスパー・キンスラーだ。なぜ横に座ってるのか、俺もまだよく分からん」


 ミロがそう説明しても、スカーレットはカスパーを露骨に警戒して近寄ろうとはしない。まるで自分より大きな犬を初めて見た子犬のようだ。


「ほらほら、なにしてるの。別に食いつきゃしないよ」


 笑って手招きするカスパーだが、スカーレットは相変わらず近寄ろうとはしない。


「食いつきゃしないと言われても……。お前の三メートル以内に近づくと、女子は問答無用で犯されるから注意しろと警告されたんだが」


「ははは、そんな事はないよ。生憎と君は攻略対象外だ。僕は処女と男性には興味がないからね」


「……な!? どうして、それを……」


 言いかけたスカーレットは真っ赤になって後の言葉を飲み込んだ。


「貴族の娘なら貞淑は美徳だ。こいつの言う事をいちいち気にするな」


 ミロがそう言うとその横でカスパーは笑った。もっともだからと言ってスカーレットはカスパーの横に据わる気もなくミロのすぐ後の席に着いた。


 他の生徒たちも興味深げにその三人と見ていたが、始業時間が近づくにつれて、それぞれ席に着き始めた。


「僕らの側に来るヤツはない……」


 声を潜め、隣のミロと背後のスカーレットだけに聞えるよう、カスパーは話し始めた。


「僕らははみ出し者だ。もっとも僕と君たちははみ出し者の意味が違う……」


 ミロが一瞥をくれるのを待ってからカスパーは続けた。


「子爵と言っても、僕の爺さんが身寄りのない貴族から借金を肩代わりして戴いたものだ。金で買った爵位なんて、誰も敬意を払わない。だからと言って今さら市民連中の仲間にもなれない」


「コウモリ……」


 後の席からスカーレットが、ぼそりとそうつぶやくのが聞えた。


「ははは、その通りだ。でもせめてトマトと言って欲しいな。野菜か果物なのかはっきりしないという意味でね」


 カスパーは笑った。


「ミロ。君は自分の意思で今の世界の枠組みからはみ出そうとしている。君がなぜそうしようとしてるのか。本当のところは僕には分からない。色んな噂は聞いてるけどね。君の正体には興味がない。あるのは立場だけだ」


 そしてカスパーは笑みの消えた顔で言った。


「同じはみ出し者同士、仲良くやろうじゃないか」


 言葉の割にはその面は厳しかった。


「一つ確認したい」


 ミロはカスパーの顔へは目をやらず、教室の前を見ながら言った。


「なるほど、お前は同じ立場の人間を得られる。しかし俺たちにはどういうメリットがあるのだ?」


 お前たちと複数形なのを聞いて、後の席でスカーレットが驚き、不快そうな表情をしてみせる。しかしミロもカスパーも、スカーレットの反応にはさして興味を示さない。カスパーは少し考えて口を開きかけた。


「そうだな、例えば……」


 そう言いかけた時、教師がドアから入ってきた。それを見てカスパーは口をつぐんだ。教師はミロとスカーレットの他に、カスパーが前の方の席に座っているのを見て、少し驚いたようだ。しかしすぐに何事も無かったように授業を始めた。


 その後カスパーは余りやる気を見せないものの、黙って授業を受けていた。退屈な授業時間が終わり、教師が教室から出て行くと同時に、カスパーは背後へ一瞥をくれて言った。


「よし、さっきの話の続きだ。教室の左奥の端にいる男子生徒。A&Xスペーストレードの幹部社員ホイットニーの息子ジョージだ」


 何を言い出すのかとミロとスカーレットは聞き耳を立てた。A&Xスペーストレードと言えば、大手星間貿易企業である。その幹部社員となれば言うまでもなく富裕市民階層だ。


「A&Xは事実上ホイットニーが仕切ってるんだが、実はかなり重い病気でね。もしもの事があれば、かなり業績が落ちるだろう。それから右隅の女子生徒。ハービー男爵の娘なんだが、長男である兄が領地を抵当に入れて一悶着が起きてるらしい」


 突然の暴露にミロとスカーレットは顔を見合わせた。


「ゼリス伯爵家は兄弟の折り合いが悪くて内紛状態。マインツエンターティンメントは近々カラベルムービーを買収するって噂だ」


 そしてミロの方へ振り返ると、カスパーは得意げな顔で言った。


「女の子の情報網って凄いんだよ。な、それなりのメリットはあるだろう?」


「分かった、分かった」


 ミロはいささかぞんざいな返答をすると、そのまま椅子から立ち上がった。


「好きにしろ。カスパー・キンスラー」


「ああ、もちろん」


 ミロのその答えを肯定的と受け止めたカスパーは、席に着いたままでにこやかに手を振って見せた。

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