第三章 学園自治会長カスガ・ミナモトの憂鬱
第17話 「子供の頃から、目立ちがり屋でね」
帝国学園ヴィクトリー校の生徒、学生は一万人以上。それに教職員、在駐の警備兵、宇宙船の操艦、メンテナンス要員を含めると総乗員数は二万人前後。
要塞艦として運用されていた頃には、その十倍以上の人員が搭乗していたのだから、戦闘用ではない事を考えてもかなり少ない。その分、船内には惑星上と同じゆったりとした都市空間を作る事が出来た。移動の手間が面倒にならない程度に、広い宇宙船内に学園施設は点在している。
◆ ◆ ◆
帝国学園の入学時期は生徒の自由。クラスもなく、授業の必要性に応じて、時々グループを作る事が求められる以外、学習の進め方はかなり個人の裁量に委ねられている。
極端な話、寮から一歩も出ないまま、授業を受けずにいる事も可能だ。しかし一定期間の間に必要な単位を取得しないと永久放校処分になる。
学園に入ってから数日の間、ミロは特に何をする事も無く授業を受けていた。
請われれば自己紹介くらいはするが、それ以外は積極的に他の生徒とは関わり合わない。ミロのそんな態度にスカーレットや、密かに監視していたキースやアーシュラも、拍子抜けしつつ安堵した頃合い。周囲の生徒たちもミロをいささか取っつきにくい新入生に分類した時。ついにミロは行動を起こした。
◆ ◆ ◆
貴族、市民共に授業内容は変わりないとは言え、汎銀河帝国は厳格な身分制度を取っているのも事実だ。授業内容は同じでも、その環境は変わってくる。
一般的な教室でも、中央付近には半透明のパーティションで区切られた席が用意されており、貴族出身の生徒たちはその中で授業を受ける。
パーティションは外部からの光や音は通しても、中からは通さない構造になっている。つまり授業の光景や教師の声は中へ伝わるが、パーティションの中で貴族出身の生徒たちが騒いだり、あるいは不埒な行為に及んでも、外にいる生徒たちには分からないのだ。
さらにそのパーティションで区切られた中央の一角から、教壇に至るまでの席には誰も座っていけないという暗黙の了承もあった。つまり劇場の特等席から前は常にがら空きになっているようなものだ。では市民階層出身の生徒たちはどこで授業を受けているかというと、パーティションで区切られた貴族席両わきから後に身を縮こまらせて座っているのである。
もっともこれも慣例であって、規則では無い。パーティションの中には授業を受ける生徒、学生なら誰でも入って良いし、またその前の席にも誰でも座っても良い。本来どの席に座ろうとも自由なのである。
ただそれをやる人間がいないという事だ。
ミロもスカーレットと共に入学してからしばらくは、その慣例に倣っていた。だがその日、スカーレットが別の授業を受けていた為、一人で教室に現れたミロは、パーティションに囲われた貴族席には目もくれず、教室の一番前、中央の席に腰を下ろしたのだ。
そんなミロの行動に教室内がざわついた。教科書の役割をするタブレット端末を出したミロは、何事もないかのように予習を初めている。そんなミロの傍らに貴族席から出てきた男子生徒の一人が声を掛けてきた。
「あの……、シュライデンくんだよね?」
大柄だが気の弱そうな男子生徒は、ミロに向かっておそるおそる声を掛けてきた。数日間とはいえ、貴族席で授業を受けていたので、ミロも中でどんなやりとりが有り、この生徒が自分の所へ来たのか。おおよその見当はついていた。一番気の弱そうなこの生徒が、文句を言いに行く役目を押しつけられたのだろう。
「君はまだ入学してから日が浅いんで知らないんだろうけど、この席には誰も座っちゃいけないんだ。それに僕ら貴族出身の生徒は教室の中央の貴族席で授業を受けないと……」
「あそこでは落ち着いて授業を受けられなくてな。それに子供の頃から、目立ちがり屋でね。学校や劇場でも、一番前の中央がお気に入りなんだ」
そう答えてからミロは付け加えた。
「校則は確認したが、席に関する規則は無かったはずだ。違うか?」
生徒はおどおどしたように背後の貴族席へと視線を送っている。
「いや、でも。学校には習慣があるんだから、それは守って貰わないと……」
「習慣なら別に構わないだろう。誰が被害を受けるわけでも無し」
「だって、ほら。前の席に座られると、後は見えにくくなるし……」
「ほぉ」
懸命に説得する生徒に、ミロは肩ごしに他の席へと一瞥をくれた。
「まだ席は空いているぞ。あんな狭苦しい場所を出て、そこに座った方がいいだろう」
「あ、うん。それはまぁ、そうなんだけど……」
そこで教師が来て、結局ミロの説得は出来なかった。教壇から見て真正面の席に堂々と座っているミロを見て、教師もいささか面食らったようだが、特に注意しようとはせず、粛々と授業を始めた。
次の授業でもミロはやはり同じ行動をとった。やはり他の生徒から注意を受けたが、その結果もまた同じ。その時はスカーレットが少し遅れて教室へやってきたのだが、最前列中央に座るミロを見て、少しばかり驚いたようだ。
もっともミロが突拍子も無い行動に出るのはいつも事。そして二人の関係が建前上とはいえ婚約者になっている以上、そう無碍にも出来ない。スカーレットは貴族席に行くのは諦めて、ミロの斜め後の席に座る事にした。
そんな状態がさらに数日続いた頃だ。動きがあった。
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