第15話 「お前から感謝されたのはこれが初めてだぞ」

「そんな事は決まっているではないか。ゼルギウスさまにお前のお目付役と、ルーシアの警護を依頼されたからだ」


「ルーシアの警護は、分かるとしてもだ」


 そう前置してからミロは重ねて尋ねた。


「断る事も出来たはずだ。シュライデン一族には他に同じ年頃の人間が居ないわけでもなかろう。あるいはルーシアの警護に専念して、俺には別の人間をつけるという選択肢もあったはずだ」


「わ、私では不満だと言うのか!」


 リムジンの中だという事を忘れて、スカーレットは思わずシートから腰を浮かしかけた。


「少なくとも今のところは不満があるわけでは無い。しかし疑問はある。これは危険な任務だ。偽皇子である俺の側に居ると言う事は、あおりを受けてお前も火の粉をかぶる羽目になるかも知れない。それでもいいのか?」


「承知の上だ」


 シートに腰を下ろし直してスカーレットは答えた。


「そうか……。ならばここからが、俺が本当に知りたい事だ」


 厳しい視線を向けるミロに、スカーレットは思わず居住まいをただした。


「スカーレット。お前は俺の目的を知っているだろう? 知った上でこの学園まで着いてきたのか? それもゼルギウスに命令されたからか」


 やはりそうか……。


 いつかこの問いがミロ、いやアルヴィン・マイルズから投げかけられるとスカーレットも覚悟していた。スカーレットはゆっくりと唇を開いた。


「お前の目的は理解している。アルヴィン・マイルズ。そして私はその上で着いてきた。ゼルギウスさまから命じられたからでは無い。自分の意思だ。お前の目的を知ってしまった以上、私は誰が止めてもお前に着いてくるつもりだった」


 俺は汎銀河帝国皇帝になり、人の幸せを貪り繁栄するだけの帝国というシステムを壊す。


 アルヴィン・マイルズはゼルギウス・シュライデンに向かってそう宣言した。その席にスカーレット・ハートリーも同席していたのだ。


「皇帝になってしまえば、安易に世界のシステムを壊す事など出来なくなる。ゼルギウスはそう考えているようだが、少なくとも俺が皇帝になる所までは両者の利害は一致している。ではお前はどうだスカーレット?」


「それを聞いてどうする。アルヴィン。私が敵か味方か、見定めたいのか?」


「単に興味がある。お前の目に俺の目的がどう映ってるのかが」


 そうか……。その答えにスカーレットは少し安堵した。やはりミロ、いやアルヴィンも不安なのだ。


「……私は父の顔を知らない」


 スカーレットが出し抜けに父の話を始めてもミロは当惑しなかった。むしろ興味深げに聞いていた。


「無論、写真や動画では見た。しかし直接の記憶は曖昧だ。シュライデン一族はグレゴールのクーデターに日和った方針を採っていたが、父ハートリー男爵は前皇帝支持を明言した。それ故に即位後のグレゴールに家族ごと幽閉されたのだ。私が物心つくか着かないかの頃、母と私だけが解放されたが、父と会う事は許されなかった」


 そしてスカーレットはミロの黒い瞳を見つめて言った。


「私は母と父を会わせてやりたい。お前が帝国というシステムを破壊すると言った時、私にはそれが必要だと分かった。だから着いてきた。この帝国を破壊しろ、アルヴィン・マイルズ。それが私の望みだ」


「……一つ、疑問がある。スカーレット」


 スカーレットの真摯な口調に胸打たれながらも、ミロは、その点だけ納得いかなかった。


「父と母を会わせたいのならば、ゼルギウスや皇帝に直接誓願すればいいのではないか? なにもそんな遠回りで危険な手段を取る事はないだろう?」


 ミロのその言葉に、スカーレットは少し言い淀んだ。


「そうか、まだ言ってなかったな。ルーシアに心配を掛けたくないんだ。あの子には内緒にして貰えないか……」


 そしてスカーレットは無理な笑みを繕ってみせた。


「母は一昨年死んだんだ」


 ミロは言葉を失った。


「もう私の望みは叶わない。ならば私のような子供を一人でも減らしたい。それが今の私の望みだ。その為ならシュライデンから裏切り者と呼ばれても構わない。私の命、好きに使ってくれ。ミロ・ベンディット。私はその為にここにいるのだからな」


 瑪瑙の色をしたスカーレットの瞳を見れば、その言葉が嘘で無い事は分かる。ミロは一つ肯いて答えた。


「分かった。感謝する。スカーレット・ハートリー」


 ミロのその返答に、スカーレットはなぜかきょとんとした顔をすると、緊張感がほぐれたのだろうか。次の瞬間、突然、笑い始めた。


「あははは、お前から感謝されたのはこれが初めてだぞ」


「そうか。そうだったかな」


 そう言うとミロも笑った。ミロは、いやアルヴィンは胸のつかえが一つ下りたような気がした。

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