第14話 「まさに帝国の縮図だ」

 汎銀河帝国は貴族と市民からなる身分制度を取っている。特に皇帝グレゴールの治世になると、その運用が厳格になった。


 皇族とその親類縁者足る大公以外の貴族は公爵、侯爵、伯爵、男爵、子爵の五階級制度となっているのだが、それとは別に上級、下級と区別される場合も有る。無論、公的な階級では無く俗な表現だ。


 多くの場合、貴族は領地を持ち、その経営で収入を得ている。しかし中には経営手腕に乏しかったり、あるいは放漫経営の結果、財政が行き詰まり、領地を手放すものもいる。


 特に前皇帝ヘルムートは人類社会の停滞を解消するには、経済の活性化しかないと考え、経営の立ち行かない領地を貴族から安く買い上げ、商人に払い下げ経済特区とした。その政策で多くの貴族が領地を失ったのだ。結果、収入の当てが無くなったり、あるいは裕福な市民から多額の借金をしているなど、経済的に困窮している貴族を、一般に『下級貴族』と呼んでいるのである。


 そして帝国学園が汎銀河帝国社会の縮図であるように、貴族と市民の身分の差、上級貴族と下級貴族の経済格差もそのまま反映されているのである。


 貴族の生徒たちには行き届いた設備のある豪華な寮が用意されている。寮といいながら実際には一つの邸宅をそのまま使用できる。一方、市民の生徒たちは集合住宅の一室を数人で使う事になっていた。


 ミロとスカーレットがリムジンで通過しているのは、そんな市民階級出身の生徒たちが住んでいる区画なのである。


 衝撃が船全体を揺さぶる。続いて金属がきしみ合う嫌な音。そして緊急事態を告げる警告音と音声メッセージ。


 一体なにをしている!


 少年は口には出さず、胸中でそう罵る。そんな少年の耳に鈴を転がすような声が響いた。


「本当に大丈夫なのですか、ミロ兄さま」


 そう言うのは亜麻色の髪を持った華奢な少女。よく似合った絹のドレスも相まって、その姿はまさに野に咲く一輪の花のようだ。可憐でいて儚げ。そんな言葉がよく似合う。


「ああ、大丈夫だ。ルーシア。お前はこの俺が守る」


「いいえ、違います。ミロ兄さま」


 ルーシアと呼ばれた少女は頭を振り言った。


「私よりもこの船と船の皆さんが心配です。スカーレットや惑星エレーミアで兄さまを助けて下さった皆さん。乗員やゼルギウスお爺さまも危険な目に遭っているかと思うかと……」


 そう言うとルーシアは薔薇色の唇をきゅっと噛んだ。


「ああ、分かっている。ルーシア。俺が必ずこの『シラキュース』とみんなを守る。約束だ」


 少年がそう答えると、ルーシアはパッと顔を輝かせて座っていた椅子から立ち上がった。


「兄さま、お願いします……」


 その時だ。まだ船が揺れた。少年に歩み寄ろうとしていたルーシアは、その衝撃でバランスを崩した。そしてそのまま少年の腕の中へ倒れ込んだ。


「あ……」


 小さく声をあげるルーシアの肩を、少年は抱き留めた。


「すいません……」


 ルーシアの碧い瞳が少年を見上げる。いたいけなその仕草に、一時、少年はそのままルーシアを抱きしめたい衝動に駆られた。


 しかしそれは出来ない。許されない。


 今の彼はミロ・ベンディット。ルーシアの兄なのだ。


「気にするな。兄妹だろう」


 ミロと名乗っている少年は笑みを浮かべてルーシアにそう言った。そんな少年にルーシアも笑みを返した。


「はい」


「ルーシアはこの部屋から出るな。すぐに終わる」


 少年はそう言うと答えを待たず、まるで逃げようにルーシアの部屋から出て行った。


 音も無く閉じた自動ドアを見つめながら、ルーシアは先ほど兄である少年の胸に衝いた手を見つめる。


「……兄さま。本当に兄さまですよね」


 自分に言い聞かせるようにルーシアはそうつぶやいた。


              ◆ ◆ ◆


「想像していた以上に荒れているな。……おい、A.Iナビ。カーテンを閉めるな」


 カーウィンドウそのものが暗くなり、車外の様子を遮ろうとするのを見て、ミロはリムジンを運転してるA.Iナビに抗議した。


『しかし貴族が乗っていると分かると危険です。一部市民階層の生徒、学生たちが危険行為に及ぶ可能性があります』


「ならば見せないようにすればい。半透過性カーテンに切り替えろ」


『了解しました』


 A.Iナビは逡巡する様子も無くそう答えた。これで車外からはスモークグラス、車内からは外の様子が見渡せるようになったわけだ。


 一部生徒が危険行為に及ぶというのも嘘では無いだろうが、ナビのAIはむしろ車外の様子をミロたちに見せたくなかったのだ。第一、自動運転のリムジンに乗ってる時点で、貴族と分かって当然だ。


 集合住宅はあちらこちら崩れ、ボヤの跡もそこかしこに残っていた。人通りはまばらだ。時折リムジンに気付いて見つめてる人影が見て取れるが、ナビが警告したような危険行為に出る者はいない。


「リムジンに乗ってるのは上級貴族と分かっているからな。『ローカスト』派の敵は上級貴族では無い。『ポテト』派の下級貴族だ」


 外の様子を見ながらスカーレットが言った。


「この居住区はもともと裕福な市民階層出身の生徒たち『ローカスト』派が使っていて、しかも下級貴族『ポテト』派の寮区画と隣接してる。だからこの一帯が一番危険なんだ」


 少し得意げな様子のスカーレットにミロは微苦笑を浮かべた。


 貴族は学費免除で帝国学園に入学できる。しかし入学の際、多額の寄付を求められるのだ。それは強制ではないが、貴族の崇高な行いノブレスオブリージュとして推奨されている。


 寄付をしなくても入学を拒否されるわけも無く、カリキュラムに違いがあるわけでも無い。しかし高額の寄付を行った貴族は、ことある度に名前が出されて賞賛される。自ずと寄付金を用意できない下級貴族の生徒たちは肩身の狭い思いを強いられる。

 一方、市民階層は寄付を求められない代わりに多額の学費が必要になる。ただし貴族から推薦を受けた市民出身の生徒たちは、貴族同様学費免除の恩恵を受けられる。推薦できる生徒は寄付金額に応じて決まっており、また推薦してくれた貴族に借りを作る事になる。


 そこで裕福な市民階層は、自ら高額の学費を負担して、子供を帝国学園に入学させているのだ。


 大通りを横切る時、道路の向こう側で少人数のグループ同士が争っているのがウィンドウから見えた。手にしたプラカードや棒で対立するグループを殴りつけ、火の付いた布を振り回している。


「持たざる貴族『ポテト』と持てる市民『ローカスト』の争いか。まさに帝国の縮図だ」


 荒れ果てた居住区を見てミロはそう嘆いた。


 高額の学費を負担している市民階層の生徒、学生にしてみれば、寄付もせず学費を免除されている下級貴族が許せない。自分たち富裕市民層の金で帝国学園に通っていると見なしているのだ。壁に書かれた落書きもそれを糾弾する内容が多い。そして下級貴族出身生徒からの反論がさらに上書きされていた。下級貴族たちは富裕市民層こそ、貴族や貧しい人々から金を搾り取っていると主張していた。


「これでもましになったそうだ。今、学園自治会長をやっているミナモト公爵の娘が、かなりやり手らしいからな」


「やり手か……」


 スカーレットの言葉にミロは皮肉な笑みを浮かべて言った。


「その気になれば警備兵や警察も導入して一気に鎮圧できるのに、なぜそうしないのか分かるか?」


「それは、学園側としても不名誉な事だからだろう? 学園内のトラブルは学園内で片付けるべきだ。それに『ポテト』と『ローカスト』の対立は学園内だけじゃない。帝国のあちらこちらで起きている」


『ポテト』は本来、下級貴族を揶揄する言葉。ジャガイモと同様『有用な部分は地下に埋まっている』。つまり墓の下にいる先祖のおかげで食っていられると、昔の貴族が自嘲した件に由来するという。


 一方『ローカスト』はバッタの類。蝗害のように全てを食い尽くしてしまうと富裕市民層を揶揄する言葉だ。


 もともとは互いを非難する意味で使われていたにも拘わらず、今ではそれぞれの陣営が自らを指す言葉としているのも皮肉だ。


「さて、それはどうかな。少なくとも学園のような限定的な閉鎖環境なら、一時的に押さえ込む事は出来るはずだが……。まぁ、いずれ分かるさ」


 ミロのその口調にスカーレットはむっとしたようだ。


「なんだその言いぐさは。そんな調子では学園でも先が思いやられるぞ!」


 リムジンの外を眺めていたミロは、憤然とするスカーレットの方へ視線を戻すと言った。


「そうだな。良い機会だから確認して置こう」


 出し抜けにそう言うミロにスカーレットは怪訝な顔で小首を傾げた。ミロはそのスカーレットに向かって、以前からの疑問を尋ねた。


「お前は何故俺に着いてくる?」


「……はぁ?」


 ミロの問いにスカーレットは一時ぽかんとした。

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