第13話 「一人で、歩かせて下さい」

「スカーレットのあんな顔、初めてね」


 そう言うとまたルーシアは笑った。


 ミロ、ルーシア、そしてスカーレットの三人は学園長室での挨拶を終えて、寮のある居住区へ移動している最中。乗っているのは完全自動運転のリムジン。シュライデン家の私物で有り、部外者が何か仕掛けてないかは確認済みだ。


「もう、いい加減にして下さい。ルーシア。……だから私は婚約者なんて嫌だったんだ」


「そうか。嫌なら今からでもゼルギウス老に頼んで婚約を解消して貰おう。なに、どうせ表向きだけの婚約者だ。別に解消しても支障は有るまい」


 真顔でそう言うミロにスカーレットはむっとして黙り込んでしまう。二人の対面に座ったルーシアは、好奇心一杯で覗き込んでいた。

 そんなルーシアの視線に根負けしたようにスカーレットは口を開いた。


「別に私はどうでもいいが……。一緒にいる口実が無いと、何かと不便だろう」


 そっぽを向いてそう言った。


「同じシュライデンの血統を汲む一族というだけでも問題は無いだろう」


 一見、すまし顔。しかし口調からはスカーレットの反応を楽しんでいる様子が感じ取れる。しかし当のスカーレットはミロのそんな所に気付く余裕など無かった。


「それはまぁ、そうだが……。シュライデン一族といっても私は傍流だし、それなのに余りお前の周囲をうろうろしていて変な噂も立てられても困るし。その……、お互いにだな……」


 視線を逸らせ頬を赤くしたままでスカーレットはぼそぼそとそう言った。


「結局、スカーレットはミロ兄さまの婚約者でいたいわけですね」


「べ、別にそういうわけでは……。ルーシア!!」


 むきになるスカーレットにルーシアはまた笑った。その時だ。自動運転中のA.Iナビが報告してきた。


『ミス・ルーシア・シュライデン。まもなく中等部一般課程ノーブルコース寮に到着します』


 報告と同時にウィンドウの液晶カーテンが消えて、外の様子が見て取れるようになった。


 帝国学園ヴィクトリー校は旧式の要塞艦『ヴィクトリー』を改装したもの。


 戦略、戦術的にリープストリームは重要だが、リープ閘門ロックが天体の近くにあるとは限らない。リープ閘門の大半は恒星の近くに存在するが、その一方で何も無い宇宙空間に集中してる事も少なくない。その場合、拠点として超大型の艦艇を置き、補給や休息、あるいは移動基地として運用する事があるのだ。


 その為の艦種が要塞艦。概ね全長数キロの独楽型をしている。ヴィクトリー校は退役した要塞艦を改装したもので、その上面は町並みや公園など惑星上と同じ環境が整備され、ドームで覆われていた。


 中等部ノーブルコースの寮はその中央付近になる。余りにも巨大な為、リムジンのウィンドウから見ただけでは、宇宙船の中とは到底思えない。なだらかな丘陵沿いに、小振りだが瀟洒な邸宅が建ち並んでいる高級住宅街のようだ。そんな中等部ノーブルコース寮区画だが、無粋な高い塀に囲まれて周囲とは隔絶していた。


 リムジンは塀にあるゲートの前に止まった。それと同時に、門扉の左右にある詰め所から女性警備兵が数人、駆け寄ってきた。


「ルーシア・シュライデンさまですね」


 身分証明書をウィンドウ越しに見せて一人の警備兵が尋ねた。ルーシアも先程、学園長から渡されたばかりのIDカードをかざし肯いた。


「はい」


「お話は伺っています。それではこちらへどうぞ。荷物はすでにお部屋に届いております」


「分かりました。有り難うございます」


 A.Iナビがドアを開けると、ルーシアは優雅な仕草で立ち上がりリムジンの外へ出た。長らくシュライデン一族の屋敷から出た事の無かったルーシアだ。その横顔に不安と期待が混じり合うのが見て取れる。


 もう自分は籠の鳥ではない。それを実感しているのが察せられる横顔だ。


 ルーシアは一つ深呼吸をすると、車内のミロとスカーレットへ向き直り言った。


「それでは行って参ります。ミロ兄さま、スカーレット。落ち着いたら私の方からも連絡いたします」


 ちょこんと頭を下げてからルーシアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、スカーレットに顔を近づけると囁いた。


「……今は表向きだけかも知れませんけど、私はスカーレットをお義姉さまと呼んでもいいんですよ」


 スカーレットはすぐにその言葉の意味が分からなかった。ルーシアはスカートの裾を翻しリムジンから離れ、そしてまた頭を下げる。そのタイミングを見計らってA.Iナビはドアを締めた。


「ル、ル、ルーシア! 何を言うんですか!!」


 閉じられたドアでスカーレットの声は遮られてしまった。


「何を言われたんだ?」


 リムジンが走り出すのを待って、ミロは怪訝な顔でスカーレットにそう尋ねた。


「お前に言えるか、馬鹿!」


 ルーシアがいなくなったので、スカーレットの口調は皇子へ向けてのものでは無く、ミロを名乗るアルヴィンに対するそれへと変わった。ついでに座っていたシートもミロの隣から対面と移った。


 ミロはそんなスカーレットに苦笑を浮かべて嘆息すると、ウィンドウの外に広がる中等部ノーブルコースの寮へと視線を戻した。


「心配なのか?」


 尋ねるスカーレットにミロは答えた。


「心配で無いと言えば嘘になるな」


「中等部ノーブルコースはヴィクトリー校全体でも一、二を競う安全な場所だ。聖域サンクチュアリとも言われているほどで、警備員も全員女性で腕の立つ連中ばかり。教職員ももちろん女性で、しかもメンタルケアにも優れている人材を集めている」


「至れり尽くせりだな」


 そうは言うがミロはまだ寮の向こうへ視線を向けたままだ。


「私もこまめに顔を出すつもりだが、高等部ともなれば頻繁に中等部に入り浸るわけにもいかない。授業中に関しては、すでに人材を手配してある。その娘に任せておけば大丈夫だ」


「ほお……。なぜ今になって言う?」


 首を傾げるミロにスカーレットは言葉を選びながら答えた。


「少し面倒な境遇でな。特にお前と合わせるのはまずい。しかしルーシアに対しては、絶対的に信用のおける人間だ。身を挺してルーシアを守ってくれるだろう」


 なるほど、そういう事か……。ミロは合点がいった。ミロ本人とルーシアは異父兄妹。しかもルーシアは前皇帝ヘルムート・シュトラウスの血を引いている。つまりその人材とは、前皇帝関係者なのだろう。それならば前皇帝から皇位を簒奪した男の血を引くミロを憎んでいるのは想像に難くない。


「分かった、お前がそこまで言うなら信用できる人間なのだろう」


 ミロはウィンドウをタップして液晶カーテンを閉じようとした。しかしその途中で異変に気付いた。


「おい、ナビ。遠回りのコースになっていないか? 高等部寮区域にはこのまま中央の一般居住エリアを突っ切った方が早いだろう」


 リムジンを運転しているA.Iナビはミロの疑問にすぐ答えた。


『一般居住エリアは警戒レベルCの通行要注意状態にあります。お二方のような高貴なご身分の生徒を通過させるのは好ましくないと判断しました』


「……なるほど」


 ミロは凄みの有る笑みを浮かべた。


「構わん。一般居住エリアを通過しろ。立ち入り禁止ならばともかく、通行要注意状態では問題ないはずだ」


『学園内の規程と当車の安全プログラムでは、指定された貴族出身の生徒は特別な事情のない限り、要注意状態にある区域を……』


「特別な事情がある」


 ミロのその言葉にAIは説明を求めて言葉を句切った。


「ミロ・ベンディットの命令である」


 シュライデンではなく、皇子の名を持ちだしてミロは要求した。


「了解しました」


 シュライデン家所有のリムジンだ。A.Iナビはあっさりと折れて、そのまま直進した。




              ◆ ◆ ◆


「お荷物をお持ちいたしましょう」


 シュライデン家の娘だからというわけでもあるまい。ノーブルコースの寮に入る少女は誰もが有力者の娘。警備員は寮に向かうルーシアへ向かって、当たり前のようにそう声を掛けた。荷物といっても着替えなどはすでに運び込んである。ルーシアの手荷物は、入学手続きに必要な書類や筆記具が入った小さなバッグだけ。到底、人の手を煩わせる程のものではない。


「有り難うございます。でもわざわざ持って戴くほどのものではありません」


 ルーシアは笑顔でそう言うと、敷地内にある看板で自分の寮を確認すると、そちらへ向かって歩き始めた。警備員たちはルーシアのその態度に、いささか慌てたようだ。ルーシアを追いかけながら言った。


「ルーシアさま、こちらに移動用のカートがございます。生徒が敷地内を移動する際は、安全の為にもこのカートを利用すると決められております」


「いいんです。歩いて行きます。いいえ、歩かせて下さい」


 ルーシアは笑顔のままでそう答えると空を見上げた。その空は巨大宇宙船上層部を覆う天井に映し出されたもの。決して本物の青空ではない。しかしルーシアにはそれで充分だった。


「一人で……、歩かせて下さい」


 警備員たちに背中を向けたままでルーシアはそう言った。そんなルーシアに警備員たちはそれ以上、何も言う事が出来なかった。


 その光景を近くにある街路樹の影から見ている女子生徒がいた。制服は中等部ノーブルコースのもの。黒い髪はポニーテールにまとめてある。いささか気の強そうな面立ちの少女だ。


「あの子が……、あの御方が……」


 少女はそうつぶやく。その少女の目には、ルーシアの背中はなぜか寂しそうに見えていた。

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