第12話 「結構です!」

「……まったく、ミロはどうしてあんな連中がいいんだ」


 エレーミアラウンダーズの壮行会から這々の体で退散したスカーレットは、そのままルーシアの部屋に転がり込んでいた。もともと明日の準備をする為に寄る予定だったのだが、結局はルーシアが淹れてくれたお茶を飲みながら愚痴る結果になってしまっている。


「余りお話しした事は無いですが、皆さん個性的ではありませんか。お兄さまをエレーミアで助けて下さったんでしょう? 悪い人たちじゃないと思います」


 ミロ・ベンディット本人が惑星エレーミアで死亡した事、そして今アルヴィン・マイルズが影武者になっている事は、ルーシアには知らせていない。


 惑星エレーミアでアルヴィンやミロ本人を助けていたエレーミアラウンダーズは事の顛末を知っているので、何かの拍子にルーシアの耳へ真実が入らぬよう、接触は避けているのだ。


「ルーシアはあの連中をよく知らないからそう言えるんです!」


 別にお茶のカフェインに酔ったわけでもあるまいが、スカーレットは頬を紅潮させ、勢いに任せて言ってしまった。


「大体なんですか。あの何とかラウンダーズと言うのは! 所詮は辺境惑星のごろつきじゃないですか! 本当にミロ皇子を助けたのかどうかだって怪しいですよ。そもそもあの連中は、帝国から逃げ出したようなものです。何が悲しくてそんな連中を……」


「スカーレット」


「は、はい!」


 突然、ルーシアの落ち着いた、だがどこか冷ややかな声が響き、スカーレットは思わず居住まいを正してしまった。そんなスカーレットを正面から見つめ、ルーシアは悲しげな口調で言った。


「私、スカーレットの口からそんな言葉は聞きたく有りませんでした」


「……はい」


 少し、いやかなり言い過ぎたか。スカーレットは肩を落とした。


「人は生まれる環境や場所、親を選べません。その中で懸命に生きて、厳しい環境であるにも関わらず、ミロ兄さまを助けてくれたのです。私は感謝の言葉意外は見つかりません。どうしてそんな人たちを非難できるでしょうか」


「はい、申し訳ありません。口が過ぎました。反省します」


 人は生まれる環境や親を選べない。ルーシアがそう言うとスカーレットには反論の余地がない。


「世界には色々な人間がいます。たまに気が合わない、性格が合わない人もいるであろう事は私も否定しません。でもだからと言って、そんな人たちを頭ごなしに非難する事は誰にも許されないはずです」


 ルーシアはそう言うと、畏まるスカーレットに表情を崩した。


「でもまぁスカーレットはミロ兄さまが構ってくれなくて寂しかったんでしょうね。それは分かります」


「はぁ!?」


 呆気にとられて顔を上げるスカーレットを見て、ルーシアはくすくすと笑った。からかわれているのは充分に承知しているのだが、それでもスカーレットは反論せざる得なかった。


「わ、私は別にミロ皇子にかまって欲しいとか、そういう事は特に関係なくてですね……。もう、笑わないで下さい。ルーシア!!」


 そうまくし立てながらもスカーレットは自分の頬が熱くなるのを抑えられなかった。


 まさか……。私はルーシアにからかわれて当惑しているだけだ。決してミロ、いやアルヴィンに特別な意識が有るわけではない。有ろうはずがない。有ってはいけないのだ……!


 スカーレットは何度も胸中でそう繰り返していた。


             ◆ ◆ ◆


 皇位継承者は身分を隠したままで帝国学園に入学。一般生徒たちと共に机を並べて就学する事が推奨されている。


 帝国学園は建前上、貴族から一般市民までに広く開放されている教育機関である。有る意味で帝国の縮図で有り、それ故に現在の社会構造を学ぶ意味も有る。しかしあくまで推奨で有り義務ではない。


 実際には就学しない皇位継承者も少なくないようだが、シュライデン家は敢えてミロの影武者足るアルヴィンを帝国学園に入学させる事にした。


 アルヴィンがミロの影武者である事が露見するデメリットよりも、学園内で様々なコネクションを作れるメリットを選んだのだ。


             ◆ ◆ ◆


 翌日『シラキュース』は帝国学園宇宙船ヴィクトリー校に無事に入港。ミロ、スカーレット、そしてルーシアの三人は学園長に入学の挨拶に向かった。一方『シラキュース』はこのまま学園宇宙船を離れて、シュライデン家が領地とする惑星へ帰還する予定になっている。


             ◆ ◆ ◆


「ミロ・アルヴィン・シュライデンくん。一七歳ですか」


 帝国学園宇宙船ヴィクトリー校の学園長デビット・ジマーマンは、手元のタブレット型端末に表示されるデータを読み上げ、直立不動の姿勢でいるミロへ向かって尋ねた。


「このミドルネームの『アルヴィン』ですが、小学校のデータにはないようですね」


 ジマーマン学園長は小太りで初老の男性だ。質問には特に裏は感じられなかったので、ミロを名乗っているアルヴィン・マイルズは予め決めておいた通りの返答をした。


「実はちょっとした事件に巻き込まれ、必要に迫られて偽名を使っておりました。アルヴィンとはその偽名です。その際、お世話になった友人知人には、その方が通りが良いので、ミドルネームに付け加えさせて貰いました」


 正体不明の犯人に拉致されたミロは、事故で惑星エレーミアに漂着。その際に誘拐犯から身を隠すために名乗った偽名がアルヴィン。ルーシアにもそう説明してある。


 アルヴィン本人がミロと入れ替わった事、そしてミロ本人やアルヴィン個人のプロフィールは隠したままだ。


「おおよその話は私も聞き及んでおります。大変でしたね。それならこの学園を選んだ意味も分かります。この学園は旧式の要塞艦『ヴィクトリー』を改装したもので、しかも航路を公開せずに航行しますからね。テロリストたちもおいそれと手を出しにくいでしょう」


 そう言うとジマーマン学園長は笑った。学園長の言う通り軍事用の巨大要塞艦を改装したこの学園なら、ミロを拉致した犯人もおいそれと手出しできまい。ミロ本人が記憶の一部を無くしていた事も有り、彼を拉致した犯人は未だに不明なのである。


「ルーシア・シュライデンさん。一四歳。ミロくんの妹さんですね」


「はい」


 帝国学園中等部の制服を着たルーシアは、少し緊張気味で肯いた。


「お二人のお父上はシュライデン公爵マリウス卿。お母上はマーゴットさんですでに故人」


 ミロの本当の父は現皇帝グレゴール・ベンディットであり、母はその側室だったクレリア。マリウスはクレリアの兄なのだが、身分を隠すために叔父夫妻を両親としているのだ。


「ミロくんは高等部一般課程士官候補生コース。ルーシアさんは中等部一般課程ノーブルコースに入学という事ですね」


 一つ一つ口頭で尋ねて確認するのも事務的な手続きに過ぎない。


「はい」


 ミロとルーシアは素直に肯いた。


「よろしい。入学を認めます。ただし高等部と中等部、そして特例として認められた場合以外は男女の寮は別になります。ルーシアさんは一人暮らしになりますが、ノーブルコースの寮に関しては万全の準備がしてありますのでご安心下さい」


「有り難うございます」


 ルーシアはまた頭を下げた。


 いま目の前にいるのが皇子の名を騙る少年と前皇帝の孫娘と知ったら、この学園長はどんな顔をするのだろうな。噂程度は耳にしているかも知れないが、よもやそれが真実だとは思ってもいないに違いない。ミロの名を借りているアルヴィンは、どことなく頼りない風情の学園長を見て、そんな事を考えていた。


 ジマーマン学園長は残りの一人へ視線を巡らせた。


「スカーレット・ハートリーさん。一七歳。ハートリー男爵ジョージ卿の娘さんですね」


「はい」


 スカーレットは鯱張ってそう答えた。


「高等部一般課程士官候補生コースに入学を認めます」


 あっさりとした返答にスカーレットは拍子抜けしたようだ。表情が緩む。帝国学園は特に決まった入学、卒業時期はない。入学試験は随時行われており、合格すればいつでも入学可能。しかも試験内容は形式的に行うに過ぎない。極端な話、白紙でも合格できる。そして決められたカリキュラムを履修して、単位を取り、卒業試験に合格すれば、これまたいつでも卒業可能だ。


「それでは皆さん、勉学に励んで下さい……。っと、これは確認しておかないといけないな」


 ジマーマン学園長は手元のタブレットに見落としていた項目がある事に気付いた。


「スカーレット・ハートリーさん、あなたはミロくんの婚約者という事だそうです

が……」


「え、あ。はい……」


 出し抜けにそう尋ねられたスカーレットは、先程にまして、かちこちになってそう答える。その横ではルーシアが懸命に笑いを堪えていた。


 スカーレットがミロの婚約者というのは単なる建前。ルーシアが入学する中等部ノーブルコースの寮は男子禁制で、入寮してしまえば兄妹であってもなかなか会えない。スカーレットが側に居た方が、何かとミロもルーシアと連絡が取りやすいだろう。


 ミロとスカーレットが常に一緒にいる理由としては、やはり婚約者という事にしておくのが一番手っ取り早い。


 また大貴族の子弟が入学する際には、所謂『虫が付かない』よう、表向きの婚約者をあてがっておく場合も珍しくない。その場合、もっと良い相手が見つかれば婚約はあっさり破棄されるのが常だ。


 つまり帝国学園で婚約者を伴って入学してくる上級貴族子弟は珍しくないのだ。だからそれに関わる規則もすでにある。


「婚約者同士なら、寮の同じ部屋に入居する事も可能ですが……」


 ジマーマン学園長が視線でそう尋ねる先はスカーレットでは無くミロだ。


 さすがに嫁入り前の貴族の娘だ。ミロ本人ならばさておき、アルヴィンが同居するのはまずいだろう。そして何よりアルヴィン自身はあまりスカーレットを巻き込みたくなかった。


「自分としては……」


 ミロがそう言いかけた時だ。慌ててスカーレットが言葉を遮った。


「結構です!」


「分かりました。それでは同じ部屋という事で……」


「違います!! 同じ部屋で結構という事じゃ無くて、誰がこいつと同じ部屋……。いえ、こいつさまと同室は……。いや、まだ早いというか……」


 堪えきれなくなったのか、ルーシアは声を押し殺して笑い始めてしまった。


「婚約者がこう言ってるので、今回は同室を遠慮させて戴きます。なにしろまだお互い学生ですから。今は勉学に励む方が重要です」


 ミロは澄ました顔でそう言った。内心ではアルヴィン・マイルズとして、ホッと胸をなで下ろしていた事など微塵も感じさせない態度だ。


「うむ、そうですな。それではそのように手配しましょう」


 ミロの言葉にジマーマン学園長は肯いた。

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