第二章 彷徨せし帝国の縮図

第11話 「ミロ皇子万歳!」

 二〇〇年余り続いたシュトラウス王朝がもたらしたものは退廃と衰退、そして諦観であった。


 事実上のクーデターにより皇位を簒奪したグレゴールは、所謂『内政的主戦主義ドメスティックジンゴイズム』により退廃と衰退、そして諦観から人類を救おうと考えた。


 惑星自治領からその権利を奪い、貴族制度を見直して競わせる。さらに帝国軍の再編、財閥の解体。そして皇帝による直轄領の拡大。


 言うまでもなくそれに反対する人々は少なくなかった。皇帝グレゴールはそれに力で対抗したのだが、そのやり方は単に押さえ込むというものではなかった。争いをより活性化させる事が皇帝グレゴールの目的。反対する人々への武力行使は辞さないものの、逃走すればそれ以上、追い詰める事はしなかった。


 これにより人類社会は絶え間なく戦乱を繰り返す事になったのだ。


 皇帝グレゴールのこの政策により確かに社会は活性化はしたものの、それは戦乱により被害を受けた多くの人々の怨嗟の上に成り立っていた。この体制をグレゴールは『内政的主戦主義』と名付けたのである。


 それだけでは皇帝グレゴールは満足しなかった。


 自分の死後までこの体制が続くのかどうか。誰かが銀河系社会を平和裏に統一してしまうのではないか。そうなれば再び平和の後に退廃と衰退がやってくるのではないか。


 それを危惧したグレゴールは、自らの子供たちを争い合わせる事にしたのだ。


 側室制度を復活させて多くの子をなしたグレゴールは、自ら後継者を指名しない事を宣言。さらに単に生まれた順番を示す記号に過ぎないとして皇位継承順を廃止した。


 皇座を自らの力でつかみ取ったものこそ次期皇帝。


 グレゴールはそう宣言したのだ。


 皇帝の生母を出した家柄となれば政治的な発言力も増す。様々な貴族や裕福な市民層までもが、それを目当てに側室へ娘を送り込んだ。


 皇室典範では成人するまで詳細なプロフィールは公にされない取り決めになっている。その為、正確な人数は分からないが、皇位継承資格者はすでに三〇人近くになるという。


 皇帝グレゴールにもしもの事が有れば、その全員で皇位継承争いが始まるのだ。

 ミロ・ベンディットもその皇位継承資格者の一人。そのはずだった。


             ◆ ◆ ◆


「一三番、シンシ・ゼン。座禅を組みます!!」


 丸坊主の若者がそう言うなりテーブルの上で座禅を組む。そんな坊主に周囲からヤジが飛んだ。


「全然隠し芸じゃないぞ。お前の仕事じゃねえか!!」


「そうだそうだ! その坊主頭でテーブルを割るくらいの事はやってみろ!」


「お、そう言うか? そう来ますか!!」


 テーブルから降りるとシンシ・ゼンは勢いよくテーブルに坊主頭をぶつけた。合成樹脂製の頑丈なテーブルがその程度で割れるはずも無く、シンシ・ゼンはわざとらしくもんどり打ってひっくり返って見せた。途端に室内は爆笑に包まれる。例外は部屋の隅に座るスカーレットだけ。ミロですらスカーレットの前では滅多に見せない素直な笑みを浮かばせていた。


「おい、ホークアイ。お前も何かしろよ。さっきから黙って飲み食いしてるだけじゃないか」


 小柄な黒人の少年が、無言でコップを傾けているホークアイに向かってそう言った。


「ああ、そうか……。そうだな……」


 そうつぶやくとホークアイは腰のホルスターから拳銃を抜いた。それを見てスカーレットは座っていた椅子から思わず立ち上がり注意した。


「おい、何をやってる! 特別な事情がない限り『シラキュース』船内での発砲は禁止だ!!」


「これは玩具だ」


 ホークアイはスカーレットに一瞥をくれてそう言った。


「そうか。それなら……」


 一応は納得したスカーレットが椅子に座り直そうとした時だ。ホークアイは振り向きもせず、背後にあるダーツボートへ拳銃の銃口を向けそして引き金を引いた。


 バンという銃声がするとともに、ダーツボートの中央に綺麗な穴が空いた。座り直したばかりのスカーレットは、すぐさま腰を浮かせて食ってかかった。


「本物じゃないか!」


 ホークアイはまだ硝煙が棚引く拳銃をまじまじと見つめながらつぶやいた。


「あれ、おかしいな。玩具だと思っていたのに」


 またもや室内は爆笑に包まれた。


「お前が冗談を言うなんて、明日は雨だな!!」


 やたら声の大きな少年がそう言ってホークアイの背中を叩いて笑った。

 彼等が育った惑星エレーミアは乾燥した砂漠の惑星。雨が降るなど数年に一度ある

かないか。それくらい滅多に無い事だというわけだ。


 わなわなと震えながらそんなやりとりを見ていたスカーレットだが、やにわに振り返るとドアの方へ向かって行く。


「ハートリーさん、どこ行くの? ただでさえ女っ気がないんだからさ、もうちょっと顔出していってよ!」


 一際目立つ派手な服装の少年がそう声を掛けてきた。


「体調が悪い。もう戻る。それから明日は学園宇宙船に入港するから、余り夜更かしはするな。初日から遅刻続出ではシュライデン一族の体面に関わる!!」


 八つ当たりのようにそう言うと、スカーレットは顔だけミロの方へ向けて付け加えた。


「特にお前だ! ミロ!」


「ああ、注意しておく」


 そうとだけ答えたミロを、スカーレットは少し不満げな視線で睨み付けてから、部屋のドアを開けて出て行ってしまった。


「悪い事しちゃったかな?」


 気は優しくて力持ちを地で行く、巨漢のリッキー・パワーズは少し心配そうな顔でそう言った。


「彼女、お前に構って欲しかったんじゃないのか?」


 少年の一人がミロをそうからかう。ミロは苦笑して答えた。


「いや、緊張しているんだろう。帝国学園に入学するというのは、そういう事だからな」


 ミロのその言葉に皆は黙り込んだ。


 彼等は惑星エレーミアでミロ・ベンディット本人と、今はミロと名乗っているアルヴィンを助けて偽辺境泊マクラクランを倒した仲間だ。


 エレーミアラウンダーズ。彼等はそう呼ばれている。もともとは対立していた少年グループがその母体。アルヴィンが彼等の対立を収めて、惑星エレーミア唯一の都市で有り産業でもあった交易市場マーケットの自警団に組織したのだ。


 エレーミアラウンダーズのメンバーは他にもいるのだが、ミロを名乗り始めたアルヴィンに着いて来たのは、『シラキュース』の大部屋に集まっている十数人だけ。彼等は帝国学園の一般市民向け課程に入学する事になる。


 高等部に入学するアルヴィンと年齢が近いという条件で彼等が選ばれたのだが、物心つく頃から傭兵をやっていたというホークアイだけは、本人すら正確な年齢を知らない。どうみても二〇歳代後半だが、シュライデン一族がその権力に物を言わせて、強引に高等部への入学を許可させたのだ。


 貴族が全寮制の帝国学園に入学する際、身の回りの世話を見たり、あるいはトラブルに巻き込まれた際の戦力として、一般市民の生徒、学生を伴うのは特に珍しい習慣ではない。それらの生徒、学生は『取り巻きフォロワーズ』と呼ばれている。


 彼等もそんな理由で選抜されて着いてきたのだが、アルヴィンとしては辺境の地であるエレーミア出身の仲間にレベルの高い教育を受けさせたかったという希望もあった。


「噂は聞いているだろうが、帝国学園といっても安全ではない。そもそも旧式の要塞艦を改造して利用しているのも、要人の子弟を狙ったテロから身を守るためだ。それに貴族同士や市民層との争いも頻発してると聞く」


 厳しい口調のミロに皆は固唾を呑んで聞き入っていた。


「学園宇宙船に入ってしまったら、俺はアルヴィン・マイルズではなく、また皇子という身分も伏せて、ミロ・アルヴィン・シュライデンとして行動せざる得ない。みんなを常に助けられるとは限らない」


「……それはエレーミアにいた時から同じだ。気にするな、アルヴィン」


 ホークアイが静かにそう言うと、皆も肯き合った。


「ああ、そうだよな。俺たちは偽辺境泊を倒したエレーミアラウンダーズだ。ちょっとくらいの危険なら何でも無いぜ!」


「ちょっとくらいかよ!」


 やたら大きな声でそう言う少年をシンシ・ゼンがからかうと、部屋の中は笑い声に包まれた。。それが一段落するのを待ちミロは言った。


「しかしこれだけは約束する。俺は皇帝グレゴールを倒して、誰も幸せにしない、ただ存続する事そのものが存在理由になっている汎銀河帝国をぶっ壊す。何があっても、どんな事をしてもだ」


 ミロの言葉に皆もまた肯いた。


「どこまでも着いていくぜ。皇子さま!」


「頼んだぞ、ミロ皇子」


「皇子万歳!! ミロ皇子殿下万歳!!」


 緊張から逃れるように、少し茶化した調子で皆ミロの名を口々に叫んだ。


 すまないな、ミロ。アルヴィンは胸中で親友に語りかけていた。


 お前が貸してくれた名前の力。存分に利用させて貰う。お前から託された目的を達成するまで、俺はアルヴィン・マイルズに戻れない。いや戻らない。だからミロ、もう一度、誓おう。


 俺はこの名をお前に必ず返す。その時にはお前と俺の目的は達成されているはずだ……。

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