第10話 「死ぬな、ミロ!!」

 汎銀河帝国近衛軍艦隊旗艦超大型戦艦『ロゴス』。

 その巨体は特殊な対レーザー塗料で漆黒に塗られている。まさに『黒き帝国』の旗艦に相応しい。


 戦艦『ロゴス』は遠征を終えて首都星系へ向かっている最中。艦内時間の深夜だというのに、皇帝グレゴールは用意された部屋で、一人ブランデーグラスを傾けながら椅子に座り、目の前の巨大ディスプレイに映る星空を眺めているだけ。


 豊かにたくわえた顎髭には白いものが混じり始め、深く刻まれた皺には長年の労苦が染みこんでいる。そこにいるのは戦乱を好む狂気の独裁者ではなく、老いを自覚せざる得なくなった一人の男だった。


 インターフォンが鳴り待ち人が来た事を告げる。


「皇帝陛下。オイゲン・バッテンベルク大公がいらっしゃいました」


「入って貰え」


「はい」


 インターフォンの向こうで兵士がそう答えると同時にドアが開いた。警備兵と共に軍服を豪華に飾り付けた年配の男が入ってきた。グレゴールよりは少しばかり年上だろうか。皇帝が目配せすると警備兵は敬礼して下がりドアも閉じられた。


 オイゲン・バッテンベルク大公は皇帝の前に跪き言った。


「皇帝陛下にあらせられましてはご機嫌麗しゅう……」


「止めてくれ、兄上」


 皇帝グレゴールは苦笑した。


「ふははは、たまにこうしないと公の場でボロが出てしまいそうでな」


 オイゲンも皇帝に笑い返した。


 オイゲン・バッテンベルクは皇帝グレゴールの異父兄。かつてオイゲンの父はベンディット公爵に仕えていた。オイゲンが十歳頃に父は亡くなりその母は、やはり妻を亡くし子もなかったベンディット公爵と再婚したのだ。オイゲンはバッテンベルク家を継ぐ事を選び、母とベンディット公爵の間に生まれたのがグレゴールである。


「タンクル宙域の制圧は無事に終わったようでなによりだ」


 グレゴールはそう言うと、皇帝自ら注いだブランデーグラスをオイゲンに差し出した。


「うむ、終わってみればどうという事も無い連中だったな。いささか気を回しすぎたようだ」


 ブランデーを水のように飲み干すとオイゲンはそう言った。


「わざわざ兄上の近衛第一艦隊に出張ってもらう事も無かったか」


 そういう弟にオイゲンは自分でブランデーを注ぎながら答えた。


「いや念には念を入れるに越した事はない。気軽に頼んでくれ。何しろ俺はお前の影だ。皇帝の名で軍に命令できぬ仕事をやるのが俺と近衛軍だからな」


 豪放磊落なオイゲンと知性派のグレゴールは、父が違うとは言え妙に気が合った。グレゴールが皇位を簒奪する際にもオイゲンは協力を惜しまず、前皇帝を放逐した後は近衛軍を任されるようになったのだ。


「それで兄上。私に直接伝えたい事とはなんだ?」


 兄に椅子を勧め、自分も座り直してからグレゴールはそう尋ねた。


「うむ」


 三杯目のブランデーを傾けながらオイゲンは言った。


「ナーブ宙域で偽辺境泊マクラクランが討たれたという話はお前も知ってるだろう」


「ああ、シュライデン家がやったという報告が来ている。見返りにナーブの統治権を与えたが、あれは虚偽であろうな。シュライデンにナーブまで遠征する理由がない」


「ああ、嘘だ。あれをやったのは、何者かが拉致してナーブまで連行したところで逃げられた皇子ミロ・ベンディットと、現地に住む少年らしい」


 ミロか。シュライデン家が送り込んだ側室と自分の間に生まれた子という事は、さすがにグレゴールもすぐに思い出せた。だがそれ以上の印象はない。ミロを産んだ側室の名前すら思い出せないが、その後、何か騒動があったような覚えはある。しかしいま気になるのはオイゲンの言う現地に住む少年の事だ。兄が報告したいというのは、ミロよりもその少年なのだろう。


「マイルズの孫だ」


 出し抜けにその名を口にするオイゲンにグレゴールは口元が緩んだ。


「ほぉ……。久々に聞く名だ。元帝国元老院議員アーサー・マイルズ。あの男の孫か」


「そうだ。面白いだろう?」


 今度は自らの手でブランデーを注ぎ、オイゲンは笑ってそう言った。


「ああ、久々に面白い話を聞いたな」


 そして兄弟は酒を酌み交わした。


             ◆ ◆ ◆


 頼んだぞ、アルヴィン。


 接近してくるあの船はきっと僕を探しに来た貴族のものだろう。もう少し早ければ、僕から君を推薦する事も出来たのに……。残念だよ。


 でも君は僕の名前と用意された力を存分に使っていい。だからアルヴィン、人の幸福を貪りながら繁栄するこの帝国というシステムを、君の手に寄って破壊してくれ。


 そして妹を……、ルーシアを守って欲しい。あの子をひとりぼっちにしないでくれ。


 それが僕の、ミロ・ベンディットの最後の頼みだ……。


 頼んだぞ、アルヴィン・マイルズ……。


             ◆ ◆ ◆


「ミロ! 死ぬな、ミロ!!」


 今は亡き親友の名を叫んでアルヴィンは飛び起きた。


 周囲を見回してようやくここが惑星エレーミアの自宅ではなく、シュライデン家所有の装甲客船『シラキュース』の自室だと思い出す。


 二年前、惑星エレーミアに墜落した宇宙船。そこに乗っていたのはアルヴィンと瓜二つの少年だった。少年は自分の名前がミロ、そして持っていた写真の少女が妹ルーシアだという事以外、個人情報に関する記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。


 戦乱の惑星から辺境に避難してきた腕利きの医師は、何者かが記憶操作を試みて失敗したと推定していた。


 アルヴィンの戦術、戦略はほぼ全てがミロからの受け売り。ミロは個人情報以外の記憶は残っており、ことに戦術、戦略に関しては年齢以上に高いレベルの教育を受けていたのだ。


「くそ……、駄目だ。ミロ。俺はお前になる事は出来ない。いつまでもお前を演じるだけだ……」


 アルヴィンは寝汗で濡れたベッドから立ち上がり、何気なく枕元にあるディスプレイのスイッチを入れる。


『シラキュース』の運行状況を知らせる為のものだが、そこにはリープストリーム内の光る筋雲で無く、星々をバックに独楽のような形をしたものが映っていた。


 すでに『シラキュース』はリープストリームを出て、その独楽のような宇宙船へ向かっているようだ。独楽の上面部分は透明なドームで覆われ、その中には都市のような町並みが見えた。独楽の軸に相当する中心部分だけが凹んでおり、リンゴのヘタを思わせる構造だ。


 ディスプレイの画像データ表示を見るとかなり拡大されている。それでもまだ細部が視認できないのだから、かなり巨大であると分かる。直径千メートルには達するだろう。それを考えると到着にはまだしばらく掛かりそうだ。


「あれが帝国学園インペリウムアカデミア宇宙船か……。よくよく俺は『ヴィクトリー』という船名に縁があると見える」


 アルヴィンはそうつぶやいた。そこに着いたら最後、彼はもはやミロ・ベンディットとして生きて行かざる得なくなるのだ。


             ◆ ◆ ◆


 それは時に帝国暦四一九年、銀河共同体発足を起源とする新星紀ならば六〇五年。すでに使用されなくなって久しい西暦に換算するならば三〇二〇年。

 後に『銀河継承戦争』と呼ばれる戦いの幕開けとされる年であった。

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