第9話 「まったく、良い拾いものをしたものだ」

 本物のミロ・ベンディットの代わりに俺を担いでみないか。


 半年前、惑星エレーミアに到着したシュライデン一族の前で、あの少年がそう言い放った時、居合わせた誰もが驚き言葉を失った。スカーレットはもちろん、ミロの叔父でありゼルギウスの息子、現シュライデン家当主マリウスも同様だった。


 確かにアルヴィン・マイルズという少年はミロ・シュライデン・ベンディットに良く似ていた。遠目には同一人物と言い通せる程だ。


 しかし所詮は他人のそら似。遺伝子的には数世代前の親が同じなのだが、そこまで遡らなければならない時点で無理がある。


 ミロ・ベンディット本人をよく知る人間が見れば、別人である事は分かる。そしてなによりアルヴィンは纏っている空気がミロとは違った。他人を威圧する空気と引き寄せる空気。相反する魅力が共に備わっていた。


 マリウスらはアルヴィンの言動に激怒したが、ゼルギウスは即座にこれを好機と見て取った。


 現皇帝グレゴールは戦いを、戦乱を望んでいる。


 後継者も戦いの中で勝ち残った者が皇位に就くべきと考えているのだ。廃止された皇位継承順などもはや関係ないが、皇位継承権は必要だ。そうでないとそもそも皇位継承競争に参加できない。


 いずれ起きる皇位継承権戦争に備えて、有力な貴族、資産家はこぞって身内を皇帝の側室に送り込み、その参加資格を得ていた。


 今さらその権利を逃す事など出来ない。継承権さえ有れば良い。そもそも現皇帝グレゴール自身、クーデターを起こして前皇帝に譲位を迫り、今の地位を手に入れたのだ。


 勝ってしまえばこちらのもの。あとは血統などどうとでもなる。


 むしろゼルギウスはミロ本人よりも、アルヴィン・マイルズという少年の方に勝ち残る可能性を見いだしていた。


 ミロは聡明だったが、平穏を愛する心優しい少年であった。個人としては望ましい資質ではあったが、皇位継承権を争う戦いに生き残るには物足りないのも事実だった。


 自分を担げ、その方がお前たちにとっても有益だ。今さら皇位継承争いから降りるつもりもあるまい。


 帝国全体で五家門のみの公爵位を持つシュライデン一族に向かって、平然とそう言い放ったアルヴィンの方に、ゼルギウスは将来性を見いだしていた。


 反対する息子マリウスを押し切り、ゼルギウスはアルヴィン・マイルズをミロ・ベンディットの影武者としたのである。


 アルヴィンにはアルヴィンで何か思惑があるようだがそんなものはどうでもいい。それに相応しい地位に就けば、人は容易にそこから逃げられぬものだ。老人故にゼルギウスはそれを良く分かっていた。


「くくく、まったく……。良い拾いものをしたものだ」


 周囲を半透過性パーティションに囲まれたVIPルームで、ゼルギウス・シュライデンは一人ほくそ笑んだ。


             ◆ ◆ ◆


「そうですか。ミロ兄さまが……」


 スカーレットの報告にルーシアはようやく安堵したようだ。


「ええ、まあ。かなりの綱渡りでしたが、何とか切り抜けました」


 皮肉を込めず、かと言って必要以上に親しげにならぬよう。


 ルーシアにミロの事を報告する時には、スカーレットはいつも気を使う。それでも何とか自分の評価を伝えようと、かなりの綱渡りの所を強調したつもりだったが、ルーシアは楽しげに微笑んだだけだった。


「ミロ兄さまらしいですわ」


 違う、違うのです。ルーシア……。

 ルーシアが手ずから淹れてくれた紅茶のカップに口を付けながら、スカーレットは胸中で何度も繰り返していた。


 あの男は本当のミロ・ベンディットではない。本当のミロなら、こんな無茶はしないはずだ。


 スカーレットは生前のミロをそれほど良く知っていたわけでもない。しかし思慮深くよく言えば慎重、悪く言えばいささか優柔不断な一面があると分かっていた。もとより貴族の長男だ。それくらいで丁度いい。だがいまミロを名乗る少年と来たらどうだ。何もかも即断即決で進めていく。本人には相応の考えがあるようだが、スカーレットには到底ついてけない。追いかけるだけでやっとの状態だ。


 しかし真実をルーシアに告げる事など出来ない。


 半分だけとはいえ、血を分けた唯一の肉親だった兄がすでに辺境の惑星で命を落としている。いまミロ・ベンディットと名乗ってるあの少年は、ただのそら似に過ぎないなど言えるだろうか。


 アルヴィン・マイルズ。それがその少年の名前。男同士は時として少女には理解しがたい感情で結ばれる事がある。アルヴィンとミロの間に厚い友情があったのは事実なのだろう。だからといって皇帝やルーシアとまったく血のつながりのないアルヴィンが、ミロの影武者となりその目的を引き継ぐなど、まだスカーレットには納得できなかった。


「お茶の代わりはどうです? スカーレット」


 微笑みながら尋ねるルーシアを見ると、スカーレットはどうしても真実を告げる事など出来そうにないと思う。


「いえ、私が……」


 立ち上がりかけたスカーレットを押しとどめて、ルーシアは言った。


「これくらいはやらせて下さい。ここは私の部屋なんですからね」


 ルーシアは少し拗ねた振りをしてみせた。そんなルーシアにスカーレットも思わず笑みがこぼれてしまった。


 本当のミロよりも親しくていた事もあり、スカーレットにとってはルーシアは妹のような存在だ。ルーシアもスカーレットには年相応の反応を見せる。冗談を言ったり、あるいは今のように茶目っ気を見せたり。それがスカーレットにはうれしかった。


「じゃあお願いします」


「はい」


 ティーセットを持ったルーシアは部屋の隅にあるキッチンへ向かった。

 装甲クルーザーの中とは思えない豪華な作りのコンドミニアム。こちらへ背中を向けながら、コンロで湯を沸かすルーシアはどこか楽しそうだ。鼻歌さえ聞えてくる。


 いや、そう見えるだけなのかも知れない。


 お互い幼い頃からよく知った仲だ。

 スカーレットはルーシアが非常に勘の良い少女だと分かっている。そのルーシアがミロが別人と気付かぬ事が有るだろうか。


 兄妹とはいえ、生まれの複雑さ故に余り顔を合わせる機会の無かった二人だが、それでも何か気配の違いくらいは感じているかも知れない。そしてルーシアは賢い子だ。今の状況を考えれば、たやすく違和感を口にしないだろう。


 分かっている。分かっているんだ……。


 スカーレットはルーシアの背中を見つめながら胸中で自分に言い聞かせていた。その後ろ姿は開き掛けたつぼみのように愛らしい。そしていずれは大輪の花と咲く女性なのだ。


 スカーレットもそれは分かっていた。ルーシアの背中を見つめながら、スカーレットは考えを巡らせていた。


 ミロ皇子もアルヴィンも、そして私もルーシアを守らなければならないと分かっている。他のシュライデン家の連中にとって、ルーシアは念のために伏せておいたもう一枚のカードに過ぎない。


 ミロ・ベンディットがいれは、そのカードは場に出さずに済む。だからこそミロ皇子はアルヴィンに身代わりを頼んだのだろう。


 兄ミロとルーシアは父親が違う。異父兄妹なのだ。その為、ルーシアには皇位継承権がない。ただしそれは今のベンディット王朝に限っての話。


 ルーシアの本名はルーシア・シュトラウス。現皇帝グレゴール・ベンディットからその座を追われた前皇帝ヘルムート・シュトラウスの孫娘なのだ。

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