第8話 「もしもはない」
「おい、お前……! アル……、いや。ミロ、ミロ!!」
VIPルームに続く通路だけに、そこは一般乗員が使用する事はない。船のオーナーや特別に認められた人間が利用するだけあって、迂闊な話が外部に漏れる事がないよう警備員も置かれず、代わりに専用の機能を持ったロボットが配備されてる。
ドアから出たスカーレットは、通路を歩いて行くミロの背中に声を掛けた。
「ミロ、話がある!!」
「なんだ」
スカーレットが何度か名を呼ぶと、ようやくミロは足を止めて振り返った。
「今のアレはなんだ! 肝を冷やしたぞ!!」
スカーレットは年相応の身長。対して同年齢のミロはかなりの長身だ。間近で話すとスカーレットはどうしてもミロを見上げる形になってしまう。
「肝を冷やすような事があったか? お前は小心すぎる」
そう言い放つとミロは踵を返して、また通路の奥にあるエレベーターへと歩を進めてしまう。そんなミロに追いすがり、横を歩きながらスカーレットは言った。
「海賊を無闇に挑発してどうする! もしも発砲でもされたらこっちはひとたまりも……」
「もしもはない」
「どうしてそう言い切れる!? 向こうの事は何も分かっていないんだぞ!」
むきになるスカーレットに、ミロは少し嘆息するとようやく足を止めた。
「そうだ。何も分かっていない。海賊『紅い狼』については、何も有益な情報がデータベースにないんだ。これがどういう事なのか分かるか?」
「……は?」
ぽかんとするスカーレットにミロは続けて言った。
「これまで何度も海賊行為をしていながら、構成員や背後関係の情報がほとんど出ていない。裏切り者もいなければ脱走した者もいない。それだけ規律が行き届いているわけだ。リーダーと部下はしっかりした信頼関係が築かれているはずだ」
「しかし……」
スカーレットに反論の暇を与えず、ミロは再びエレベーターの方へ向かいながら話す。
「ならば無闇に部下を危険にさらさない。その逆もしかりだ。またこれまで『紅い狼』に人質に取られた被害者も身代金受け渡しと同時に無事に戻ってきている。統率が取れている証拠だ」
「身代金を払わなかった被害者だっているだろう」
自分の後を追いながらそう尋ねるスカーレットにミロは答えた。
「いない。払ってくれそうな金額だけを要求している。きわめて理性的な行動をしている」
「そんな奴らがなぜ海賊をしている!?」
もっともなスカーレットの問いだが、ミロはそれには直接に答えない。
「艦の構成から察して元帝国宇宙海軍からの脱走兵と分かる。それも部隊、艦隊ごとの脱走だ。生憎と今の世の中、それも珍しくなくなってしまってる……」
エレベーターの前でミロは足を止め、スカーレットへ目をやり言った。
「そんな奴らだから、海賊でもしてないとやってられないんだろうさ」
その口調からは感情を押し殺しているのが察して取れた。エレベーターの扉が開き、二人はその時だけは無言で乗り込んだ。
「中央第八デッキへ」
ミロがAIに命じた区画に誰がいるのか。それはスカーレットもよく知っていた。エレベーターが動き出すのを待ってスカーレットはまた尋ねた。
「しかしだからと言ってお前のやり方は無茶すぎる。他にやりようが……」
「ないな」
ミロはにべもなくそう答えた。
「そもそも今回の件は、ゼルギウス老がシナリオを書いた。俺はそれに乗ったま
でだ。他に選択肢はなかった」
「ゼルギウスさまが?」
ただ座っていただけじゃないのかと言いそうになり、スカーレットは慌てて口をつぐんだ。
「そもそもこんな危険な宙域に、戦闘経験の無いハッチソン船長の指揮で乗り込む事自体がおかしい。知られずに帝国学園に向かうとしても、他にルートがあったはずだ。ゼルギウス老は最初から俺に箔を付けさせるつもりだったわけだ」
一時、唇を噛みミロは続けた。
「ハッチソン船長の操船で、海賊はこちらが争い事に馴れてないと思い込んだ。そこで俺が指揮を引き継いだわけだ。向こうもそれが分かっていれば対応が違っていた」
そう言うミロは厳しい視線でエレベーターのドアを見つめるだけ。そんなミロにスカーレットはどんな言葉を掛けていいのか分からないまま、反射的に口を開いてしまった。
「しかしお前の指揮で無事に切り抜けたのは事実だから……」
言いかけてスカーレットは途中で気付く。
これでは今まで言った事とは逆ではないか! 何を言ってるんだ、私は……!!
スカーレットのそんな葛藤など意に介さぬようにミロは言った。
「あの海賊はこちらが素人と思い込み油断した。戦う準備をしてなかった。それが敗因だ。物理的にせよ心理的にせよ、相手が戦う準備を整える前に仕掛ける。これが戦闘における唯一の鉄則だ。それがあいつの……」
今度はミロがハッとして口をつぐむ番だった。どうやらあいつという言葉がミロの心へ突き刺さったようだ。
あいつが何なのか、スカーレットも充分に分かっていた。
「ここでいい」
エレベーターの位置表示を確認するとミロはAIにそう命じた。
「まだ目的の中央第八デッキには到着しておりません」
「ここでいいんだ。気が変わった」
表示では上部左舷第九デッキにまもなく到着する事が分かる。中央の各デッキが重要人物用に設えられた区画であるのに対して、こちらは一般乗客用だ。ミロの私室もここにはなく中央デッキにある。
「ルーシアにはお前の口から報告しないのか?」
なぜミロの気が変わったのか、スカーレットにも容易に想像が付く。しかしそれでもルーシアの親友としてスカーレットはそう確認せざる得なかった。
「お前から教えてくれ。ミス・ハートリー」
「スカーレットでいい」
そしてスカーレットはミロから視線を逸らせて続けた。
「学園宇宙船につけば、お前と私は、その……。建前上とはいえ、そういう事になるのだからな……。今から馴れていた方が……」
「……何の話だ?」
ミロは首を傾げた。スカーレットはミロの方へ向き直ると、少し声を荒らげて言った。
「だから、私とお前は形の上では婚約者になるんだろうが!」
「ああ、そうか。そういう話だったな」
ようやく思い出したようだ。そこでミロは初めてスカーレットが頬を赤くしている事に気付いた。
「何を照れている。気持ち悪いな」
そういうミロの表情は本気でそう思ってるとしか見えない。
「お前……!」
スカーレットが食ってかかる前にエレベーターのドアが開いた。エレベーターフロアにはすでに数人の人間がミロを待ちかまえていた。
「お、アルヴィンの兄貴……。じゃねえ、皇子さまだ! 結局うまく行ったんすか?」
駆け寄ってきたそばかす面の少年にミロも答えた。
「もう戻っていたのか、アート・マエストリ。ああ、万全だった。有り難う」
険しかったミロの表情も緩み、緊張がほぐれるていくのも分かった。マエスト
リに続いて、少年たちが次々と顔を出してきた。
「なにしろこいつが不器用で困ったもんでなあ」
「なに言ってんだよ。第一、お前の図体で手先の器用なお前の方が不気味だ」
身をかがめるようにしてミロに話しかける巨漢に、細身の割には筋肉質な少年がやたら大きな声でそう言い返していた。
「このままじゃ間に合いそうになかったもんでね。この船の乗員にちょっとお駄賃を渡して手伝って貰ったんですよ」
売れないコメディアンのような派手な格好をした少年が首を突っ込んでくると、得意げにそう言った。
「それはまた俺のツケになるのか?」
「いえいえ、シュライデン公爵家に払っていただきますよ」
その言葉にミロも含めた皆は笑った。別のエレベーターのドアが開くと、そこからバンダナを巻いた屈強な男が入ってきた。ミロたちよりは一回りは年長のようで、少年と言うにはいささか無理がある。
「無事に終わったようだな。ミロ」
「ああ、助かった。ホークアイ。向こうもお前が急所に狙いを付けてるのは分かっていたらしい」
ホークアイと呼ばれた男は、ミロの言葉に一つ肯くと、それ以上は何も言わず
に自分の部屋に入ってしまった。
「相変わらず無愛想だな」
「あいつに愛想が有った方が不気味だ」
誰かのそんなやり取りにまたミロたちは笑い合った。
彼らはみな惑星エレーミアの住民でアルヴィンの友人。本物のミロの面倒もよく見てくれていたらしい。
アート・マエストリは機械いじりが趣味で手先が器用。そしてホークアイは傭兵上がりらしいとスカーレットは聞いていた。『シラキュース』の砲塔を操作していたのも間違いなくホークアイだろう。
いずれも一癖も二癖もある連中だが、気さくなのはスカーレットにも分かっている。しかし曲がりなりにもスカーレットは貴族の娘だ。辺境惑星で暮らしていた少年たちの、洗練とは無縁な生活態度にはついて行けない時も有る。
しかし今はアルヴィンをミロという名前から解放して、気の置けない友人たちと一緒にさせてやった方が良いと判断した。
「ミロ、じゃあ私は行くぞ」
スカーレットが声を掛けると、ミロは振り返り小さく肯き言った。
「ルーシアを頼む」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます