第6話 「皇子には皇子の物言いがあるのだ」

「な、な、な、何を……」


 唖然としてスカーレットは思わず椅子から腰を浮かせていた。


「何を言ってるんだ、あいつは!!」


 VIPシートは再び指向性遮音パーティションで仕切られている。それに加えて今はさらに半透過機能も作動している。外からはただの壁にしか見えないが、内側からはブリッヂの様子が見て取れるのだ。ブリッヂ内は無論、通信相手からもスカーレットやゼルギウスの姿は見えない。


 スカーレットの視線の先には、仁王立ちになり海賊船に命令したミロの姿があった。海賊の首領アルフォンゾばかりではなく、スカーレットもまた何らかの交渉に出るのだろうと思っていたのだ。


 それが前置もなく、出し抜けに、且つ一方的に退けと命じたのだ。


「もう少し言いようがあるだろう! あいつはものの道理が分かっていない……!!」


 シートから立ち上がり、ミロの背中に向かって思わずそう怒鳴りつけるスカーレットだが、背後からの視線を感じて頭を巡らせた。いまVIPシートには二人しかない。当然、スカーレットに向かって射るような視線を送っているのはゼルギウスだ。


「ハートリーの娘。この程度の事でいちいち驚くな。これから身が持たんぞ」


「しかしゼルギウスさま」


「あの少年はなんだ。スカーレット・ハートリー?」


 そう尋ねるゼルギウスにスカーレットは口ごもりながら答えた。


「それは……。ミロ皇子……、ミロ・シュライデン・ベンディット皇子殿下にあらせられます」


「よろしい」


 スカーレットの返答にゼルギウスは肯いた。


「皇子には皇子の物言いがあるのだ。この状況で皇子足るものが他に何を言う? 海賊風情と対等に交渉しようと言うのか? 退けと命じるのが当然ではないか」


「それは……、まぁそうでありますが……」


 スカーレットは言葉を濁して自分のシートへ戻った。腰を下ろしながらゼルギウスの横顔に一瞥をくれると、気むずかしい老人は珍しく口元にかすかな笑みを浮かべいた。


 老人は乾いた唇を開いてつぶやいた。


「演じてみろ、アルヴィン・マイルズ。ミロ・ベンディットを本人よりも皇子らしく演じられるのはお前だけだ……!」


             ◆ ◆ ◆


「……おい、クソガキ」


 しばし呆気に取られていたアルフォンゾだが、ようやく我に返りそう言った。


「親の教育がなっていないぞ。ものの頼み方を知らんようだな」


「まったくでありますな」


 あうんの呼吸でバンスが肯き付け加えた。しかし少年は一向にたじろぐ様子はない。


『ものの頼み方は知っている。しかし今はお前たちに命じているのだ。我らは急ぎの旅である。貴様らごときに関わってる余裕などない。退け』


「てめえな……! 周りの状況が見えているのか、お前の船を沈めようと思えば簡単にできるんだぞ!!」


 大人げないと思いつつも、アルフォンゾは少年の態度に苛立ちを隠しきれずに

声を荒げてしまった。


『やってみろ。どうせお前には出来ん』


 そういう少年はかすかに笑みを浮かべたようにすら思えた。


「強襲艇を人質に取ったつもりか? それならお前は海賊以下の卑怯者だ!!」


『ああ、これの事か』


 少年は片手を上げる。いつから持っていたのか、そこには手の平にすっぽり入るくらいの通信機があった。


「貴様、やっぱり……!」


 少年の対応は、またもやアルフォンゾの理解を超えたものだった。


『疑心暗鬼になっているから、卑怯だの何だの吼えたてる』


 そう言うと少年は通信機らしきものを握りつぶして、その破片を客船のブリッヂへと撒いてしまった。


 一瞬『ローボ・ロッホ』のブリッヂに安堵のため息が漏れる。しかし少年はその通信機がレーザー機雷の起爆スイッチだとはひと言も言ってないし、言ったとしても『ローボ・ロッホ』側には確かめる術がない。


『もう一度、言う。海賊。退け』


「退くつもりはない!」


 まずいな。さっきから要求してるのは向こうばかりだ。状況としては自分たちの方が有利なはずなのにどうしてこうなる……!?


 千々に乱れる思考をアルフォンゾは必死にまとめようとする。しかしその前に少年はまた口を開いた。


『よろしい、では退いて貰う』


「待て、俺は退くとは言ってない!!」


 アルフォンゾの反論を無視して、少年は傍らの乗員に一瞥をくれた。それと同時に装甲客船が加速を増したようだ。その様子を映し出すディスプレイで接近してくる様子が分かる。


「コースは?」


 アルフォンゾが問うと同時に、航海士から返答が来た。


「正面衝突はしません。しかしこのままでは、我が艦の艦尾と装甲客船の船首が激突します」


 さらにレーダー手が続いた。


「目標、さらに加速して接近中。すでに誘爆危険領域に入りました」


 仮に客船が撃沈するような激しい攻撃を加えた場合、こちらも被害を免れざる得ないほど接近されてしまったという事だ。


「衝突した場合、どちらの被害が多い?」


 間抜けな事を尋ねるものだと自嘲しながらもアルフォンゾは航海士に言った。


「向こうの装甲強度が分からないので何とも言えません。しかし一般論としては、やはり艫より舳先の方が頑丈に出来ていますからね。いくらこちらが元軍艦でも……」


 そりゃそうだ。聞くまでもない。アルフォンゾが嘆く間にも客船は距離を縮めてくる。


「距離五〇〇〇を切りました。なおも接近中!!」


 前方を映し出すディスプレイは、すでに拡大ではなく縮小しないと客船の全容

が収まらなく来ている。


 どっちが海賊だ!!


 アルフォンゾは歯ぎしりして、あの少年を睨み付けた。しかし少年は涼しい顔でアルフォンゾを見つめているだけ。


 どうせ退く。当たり前のようにそう思っているようだ。


 分かった、分かった。これは失態だ、ディエゴ・アルフォンゾ。相手を舐めて余裕かました報いだ。その報いは当然、受けなければならない。今は被害を最小限にして、この教訓を次に生かす事を考えよう。


 アルフォンゾは頭を切り換えようとしたが、それでも癪に触るのは事実だ。


 乗員たちの不安げな視線が自分に突き刺さるのを感じながら、アルフォンゾは各種センサーとその分析結果を確認。最適なタイミングを推し量る。そしてもう一度、少年の顔へ視線を送った。


 相変わらずの表情。しかし涼しげな印象の他に、今度はアルフォンゾを嘲笑するかのような雰囲気が感じ取れる。それが気のせいでないのならば、少年はアルフォンゾがやろうとしている、精一杯の抵抗を哀れんでいるのかも知れない。


 ええい、知った事か! このままでは済ませない。


 開き直ったアルフォンゾはレーダー手の報告とセンサーディスプレイに集中してタイミングを計った。


「距離二五〇〇、二〇〇〇、一五〇〇、一〇〇〇……」


 よし、今だ! このタイミングしかない!!


「緊急回避!」


「了解、緊急回避行動に入ります!!」


 操舵手がそう復唱した。


「しかし首領。このタイミングでは……」


 言いかけた航海士に、アルフォンゾの代わりにバンスが鋭い視線を送る。分かっている、黙っていろのサインだ。

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