第5話 「我に道を開けよ!!」

「たまにこういう連中がいるんだよな」


 今までの軽い調子とは打って変わって、アルフォンゾは吐き捨てるような口調でつぶやいた。


「家臣や乗員を見捨てて自分たちだけ逃げ出す貴族さまや金持ちがよ……! 分かっていたぜ、この宙域に乗り込んで来た時の、臆病な操船振りからしてな!!」


 貴族だか資産家なのかは分からないが、船を捨てて自分たちだけ脱出したわけだ。脱出した高速艇がリープストリームに飛び込むまで、客船とその乗員は身を捨てて海賊つまりアルフォンゾたちを足止めするという腹づもりなのだろう。アルフォンゾに言わせれば最低の判断。これなら金で通してくれと言ってくる方がまだましだ。


「首領、客船の方はどうします? 景気よく撃って来てますぜ」


 火器制御を担当してる乗員がそう尋ねた。


「所詮、客船の自衛用だ。狙いも目茶苦茶だし、一発二発のまぐれ当たりでこの艦が沈むわけもなし。適当にあしらっておけ。どうせ客船に乗ってるのは逃げだした連中の家臣や部下だ。逃がしても構わん」


「高速搭載艇がライアン隊に接近します。映像が来ました」


 通信手がそう言うとメインディスプレイに新たな映像が浮かぶ。夜の海面のように光が揺らいでいるリープ閘門ロックに、ダーツのような形状をした高速艇が向かっている所だ。その周囲には無数の岩塊が浮かんでいる。


 その時だ。岩塊のいくつかが突然ばらばらに吹き飛んだ。その中から現れたのは、先端にくちばしのようなパーツを付けた小型艇だ。アサルトボートとも呼ばれている強襲艇である。


 高速艇を映し出していた画面にも一斉に細かな岩塊の破片が飛び散る。この映像も別の強襲艇から撮影していたのだ。


 接近して来る強襲艇に高速搭載艇は自衛用のレーザーで対抗するが、慌てているのかまったく狙いが定まらない。


 強襲艇は相手の艦艇に取り付いて内部を制圧、奪取する事が目的の艦種だ。所謂ボーディングである。


 かつて人類が惑星上に縛られてい時代。水面を進む船に積める火器に制限があった頃ボーディングは盛んに使われた、そしてもっとも有効な攻撃手段だったが、兵器や造船技術の発展と共に廃れていったのである。

 

 それが宇宙時代になって復活したのだ。


 惑星上で使う以上、水上艦艇には自ずと大型化には限界がある。しかし宇宙で使用する限り、宇宙船の大型化はほぼ制限がなくなり、また水没もしないため、航行不能になっても内部に立てこもり抵抗される場合が増えたのだ。そこで敵艦艇に乗り込んで制圧、あわよくば奪取を目的としたボーディング戦術が復活したのだ。


 乱射されるレーザーをかいくぐり、一隻目の強襲艇が高速搭載艇に接舷。くちばしを思わせるアタッチメントで高速搭載艇を押さえ込む。敵が大型で純然たる戦闘用ならば、続いて二隻目、三隻目と続けざまに取り付くのだが、今回の相手は小型の高速搭載艇だ。


 先頭の一隻だけで充分。残り二隻の強襲艇は前方に回り込んで高速搭載艇の進路を塞ぎ押さえ込んだ。


 抵抗は無意味と分かったのか、高速搭載艇は減速してレーザーによる反撃も止んだ。攻撃が止んだのはアルフォンゾが乗る艦の前方にいる装甲クルーザーも同様だ。


『こちらライアンです。これより目標の高速搭載艇に突入します』


 ボーディング部隊の指揮を執っているライアンから音声回線のみの通信が入った。


「よし、いつも通りやれよ。ビビって逃げ出すお貴族さまだ。大した抵抗はしないと思うが、ボディガードがいる可能性がある」


『分かってますって。司令』


「首領だ」


 これで今回の仕事はほぼ終了。アルフォンゾは安堵しながら通信を切った。


「前方の装甲クルーザーはいかがいたしましょう。攻撃は止めましたが、未だにこちらへ向かって微速接近中です」


 バンスの言葉にアルフォンゾは客船が映るディスプレイに視線を戻した。装甲客船はそのままの速度で海賊船へ向かってきている。背後にあるリープストリームの入り口であるリープ閘門へ突入して、この空域を離れたいのだろう。


「逃がしてやれ。どうせ乗ってるは家臣や部下たちだけだろう。主人が逃げ出すのを援護できなかったと叱責されるかも知れないが、俺たちの責任でもないし、そもそも逃げ出す方が悪い」


「分かりました。右舷回頭します」


 アルフォンゾが命令する前に操舵手がそう言った。真正面から艦艇がすれ違う場合、相手の左舷を見る方向へ回避する。これは地球時代からの伝統として今も残っていた。


 おかしいな……。


 アルフォンゾはその事に気付いた。装甲客船は回避する気配がない。そのまま突っ込んでくる。しかもリープストリーム突入に備えて収納されるかと思ったレーザー砲も、新たな目標に向けて標準を変えたようだ。


 ……しまった、やられた!


 アルフォンゾがそう叫ぶ前に、高速搭載艇へ突入していたライアンからの通信が飛び込んできた。


『司令! 大変です!! やられました!!』


「どうした!?」


 ライアンの切迫した口調に尋ねるアルフォンゾも声がうわずった。


『高速搭載艇の内部には誰もいません! あと格納庫には……、レーザー機雷が入っています!!』


 案の定かッ! アルフォンゾは唇を噛み、すぐに脱出しろと言いかけてその言葉を飲み込んだ。わざわざおびき寄せたのだ。他にも仕掛けがあるに違いない。


「レーザー機雷はどんな状態だ?」


『格納庫に入っていますが、周囲は金属製の柱で囲まれています。船舶用の梁だと思いますが急遽、設置したようで作りは雑です』


 レーザー機雷は内蔵した超小型核爆弾を爆発させ、それによって発生したエネルギーで周囲に強力なレーザーを発射する兵器。基本的な理論は千年以上も昔、二〇世紀末には成立している。もしも起動すれば高速搭載艇内部に乗り込んでいるライアンたちはもちろん、周囲にいる強襲艇も間違いなく撃破される。海賊『紅い狼』は貴重なボーディング部隊を丸ごと失いかねない。


 撤収だ……!


 言いかけた言葉を飲み込む。向こうはここまで仕掛けたのだ。見つけたらすぐに逃げ出す事は想定しているだろう。アルフォンゾは一つ深呼吸して自分を落ち着かせてから、改めてライアンに尋ねた。


「レーザー機雷の状況はどうだ? そこから時限式かリモコンとか、とにかく起動手段は分からないか?」


『駄目です。梁で囲われて接近できません。壊して突破するにせよ手持ちの道具では小一時間ほどかかりそうです』


 続いてライアンと一緒に高速艇に乗り込んだ他の部下から通信が入った。


『高速搭載艇の操縦席ですが、こちらも金属製の梁が溶接されて中には入れません。でも見たところここまでの操船と射撃は外部からのリモコンではなく、予めプログラムしてあったようです』


 するとここまでは向こうの目論見に填まってしまったという訳か。ならばレーザー機雷に関しても向こうの目論見通りになってる可能性が高い。しかしあの客船に乗って、今の俺たちをにやにや笑いながら見ているであろう相手は、一体全体どういう目論見を持っているのだ?


 アルフォンゾは自問するが正答は見つからない。


「装甲客船自衛用レーザーの標的が分かりました。この『ローボ・ロッホ』艦腹のハッチです。向けられる限りの全レーザー砲がハッチを狙ってきています」


 今度はレーダー手がそう言ってくる。向こうはピンポイントでこちらの弱点を狙ってきたか。本来、艦艇同士の戦闘は艦首を向け合い撃ち合う。脇腹を晒す事はまずない。だから構造上、脆弱な部分は艦腹に集中する事になる。そこに狙いを定められたのだ。そして何よりここまで接近して撃ち合う事もまず無い。


 レーダー手は続けて報告した。


「この狙い方……。自動じゃありません。マニュアルです。ハッチの隅を狙っているものと、中央を狙っているものがあります。最初の一撃でハッチを吹き飛ばして、続けざまに開口部へ撃ち込むつもりのようです」


 どうやらそれなりに腕に覚えがある人間が乗っているようだ。ハッチの内部には倉庫、そして兵士用居住区。さらには士官用居住区とこのブリッヂへと繋がる通路がある。直撃されたらここもただでは済まない。


 やべぇな、完全に向こうのペースだ。何とかしないと……。


 その時、通信手が報告を寄越した。


「首領、目標の装甲客船から通信の呼びかけです」


 交渉か。その報告にアルフォンゾはむしろホッとした。これならこちらのペースで話を進められる。


「つなげ」


 アルフォンゾがそう指示すると、ブリッヂ中央にカメラ一体型の通信用三次元ディスプレイがせり出して来る。すぐにそこに映像が表示された。


 映ったのは長身痩躯、黒髪の少年。身につけてるのは帝国学園の制服。それそのものは特に珍しくも無い。学年章やクラス章もないので、少年がどこの学園の生徒なのかは分からない。


 年の頃は一六、七歳というところだろうか。まだ幼さを残しているものの、甘さとは無縁のマスクだ。


 そしてなによりも印象的なのは、黒曜石を思わせる独特の輝きを放つ瞳。まるで刃のようにディスプレイの向こうからアルフォンゾへと突き刺さってくる。


 経験豊富な元帝国宇宙海軍大佐、そして海賊の首領であるアルフォンゾも思わずたじろぎ、すぐに言葉を発せられなかったほどだ。


 なぜ年長者の船長や船のオーナーが現れず、制服姿の少年が映ったのか。アルフォンゾにはそれを訝しむ余裕もなかった。ただ余りの威圧感に彼が交渉相手なのだろうと察するだけで精一杯だったのだ。


 我に返ったアルフォンゾは口を開き掛けた。少年はまるでそのタイミングを見計らっていたようだ。


 少年は言った。


『退け、海賊!! 我に道を開けよ!!』


 その言葉はまるで雷鳴のようにブリッヂを打った。

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