第4話 「司令じゃねえ。首領と呼べ」

 ディエゴ・アルフォンゾ。


 汎銀河帝国宇宙海軍第二軍団第八艦隊第一戦隊司令。

 階級大佐。ただし『元』だ。


「バンス、客船からの返答はまだか?」


 組織と同じ名前を持つ海賊船『紅い狼ローボロッホ』ブリッヂの指揮官用シートに座ったままでアルフォンゾはそう尋ねた。


「はい、司令。まだ何も言ってきていません」


「司令じゃねえ。首領と呼べ首領と」


 アルフォンゾは昔から副官を務めている男にそう文句を言ってから話を続けた。


「かなり豪勢な作りの船だが、どこの所属だか分かったか?」


「いえ、それもまだです。司令……、いえ首領」


 堅物のバンスは元司令を首領と呼ぶ事にまだ躊躇いがある。今もただ間違えているのではなく、故意に言い直しているのである。


「かなり改造を加えていますぜ、首領」


 バンスとは対照的に他の部下たちは気楽なものだ。すっかり海賊稼業になじんでしまっている。


「基本設計はゼネラルギャラクシアン社の大型客船だと思いますけど、あちらこちらに追加した装甲や自衛用のレーザー砲にレールガン。それにレーザー機雷投下装置もあります。対レーザー防盾装備も万全だ。こりゃちょっとした装甲船だ」


「装甲客船ねえ。そりゃまた物好きだ」


 部下の報告にアルフォンゾは笑った。

 アルフォンゾは五年ほど前、麾下の艦隊を引き連れて帝国軍を脱走した。つまり脱走兵というわけである。


 アルフォンゾはもともと貴族では無く一般市民出身。現体制では一般市民は士官学校に入る事が出来ないが、貴族の推薦があれば別だ。アルフォンゾは運良くある貴族のバックアップを受け、士官学校に入り、大佐まで登り詰めた。


 しかしそれが限界だったのだ。


 一般市民出身者はどんな優秀でも将官にはなれない。貴族の推薦があっても不可能だった。将官以上に出世するには、貴族の養子となるか、あるいは婚姻関係を結ぶかしかない。しかしアルフォンゾが大佐になった頃には、彼をバックアップしてくれた貴族も代替わりしており、新たな当主は市民階層出身のアルフォンゾを、むしろ危険視したのだ。


 しかしアルフォンゾが部下と共に軍を脱走したのは、それが理由ではない。優秀な軍人が軍には常に必要だ。市民出身でも優秀でさえあれば、適当な理由を付けて、実質的にもっと高い階級と同等の権限を持たせる事が慣例になっている。それ故にアルフォンゾも大佐でありながら一艦隊を預かっていたのである。


 アルフォンゾが納得できなかったのは、預かったその艦隊を率いて行っていた作戦だ。


 現皇帝グレゴールは前皇帝ヘルムートから皇位を簒奪後、非常に好戦的な政策に転じたのだ。皇帝グレゴール自身はそれを『内政的主戦主義[ドメスティックジンゴイズム]』と名付けていたが、アルフォンゾにはそれがどういうものなのか皆目見当が付かなかった。


 目的や意義の分からない戦闘が相次ぎ、被害はいたずらに増えていくだけだった。軍組織も何度も再編成され混乱を来たし、その裏では皇帝の権限が強化されていった。不平不満どころか、正当な主張要求をする将兵も左遷、追放され、その一方で自由な退職さえ認められなくなっていったのである。


 誇り高き帝国軍人を自認していたアルフォンゾもついに耐えかね、軍を自主的かつ一方的に離れる、即ち脱走する決心を固めたのだ。当初は自分一人で脱走するつもりだったが、アルフォンゾの決心を知った部下やその家族までも彼に着いてくると言ったのである。


 三十歳を過ぎても独身で肉親もなく、後見人の貴族も亡くなってからは、アルフォンゾにとっては自分の率いる部隊がまさに家族だった。指揮官が脱走すれば部下も責任が問われ、その家族の生活にも関わる。彼等が望むのならば、アルフォンゾとしても異論は無かった。こうして帝国軍第二軍団第八艦隊第一戦隊ごと脱走。彼等は宇宙海賊として生きる事になったのである。


「いずれにせよ、あれだけの客船を設えているんだ。相当の大貴族さまだろうさ。たんまりと搾り取ってやる。このところ妙な連中が、俺たちの縄張りを荒らしてるからな。取れる時に取っておかねえと」


 アルフォンゾはにやりと笑った。


 義賊を気取るつもりはないが、無駄な掠奪や殺戮をする気も無い。それこそ現皇帝グレゴールと同じになってしまう。生きていくのに最低限必要なものさえ有ればいい。


 艦隊ごと脱走したので、最低限必要な必要なものといっても、相応の量になるが、貴族や裕福な市民、商人が乗った船を襲えばしばらくは食っていけるだけの稼ぎにはなる。


「おいお前はどう思う? どっちに賭ける?」


「強行突破はねえだろうな。今までの操船からすると」


 正副操舵手同士が目標となっている客船が、次にどういう行動を取るか賭を始めた。船の規模や形状、操船状況で概ね向こうの反応は予想できる。


 特注の大型装甲客船。それも普段余り使われない航路を、まるで何かから隠れるように移動している。その割には周囲に気を配る余裕もなかったらしい。


 船の装備からすると金には不自由してないはずだ。しかも何か事情があるとくれば、おおよそ反応は予想できる。


 金品と見返りに通して貰えるよう交渉を申し出るか、あるいは同乗している誰かを一時的な人質として差し出し、後から身代金を払うと言い出すか。後者なら家臣の為に身を差し出すというパフォーマンスにもなる。何か事情があれば突拍子もない行動に出る可能性も有るが、もちろんそれに対する策も講じてある。


 アルフォンゾたちとしては別にどちらを選ぼうが知った事ではない。ただ金や物資が手に入ればいい。人質を差し出されても危害を加えるつもりもない。


 そんな真似をして、話が広がれば、次から狙われた相手は必死に抵抗してくるからだ。それはアルフォンゾたちにとっても望ましくない結果だ。


「金を出すと言ってくるに300星間ISポンド」


「よしじゃあ、俺は年寄り貴族を人質に出すに400ISポンドだ」


 それだけ出せばちょっとばかり豪勢な夕食が摂れるほどの金額だ。操舵手のやりとりにバンスは渋い顔をする。それに構わずアルフォンゾも口を挟んだ。


「いやいや、あの操船振りはド素人だ。俺がライアンたちを用意させた意味が分からねえのか。お前等」


「いやぁ~~、首領殿。さすがにライアンの出番はないと思いますぜ。そこまで無謀じゃ……」


 副操舵手がそう言いかけた時だ。レーダー手が声をあげた。


「ターゲットに動きがありました。船尾の格納庫が開きました」


「メインディスプレイに映せ」


 アルフォンゾがそう命じるとブリッヂ前方の大型立体ディスプレイに、ターゲットとなっている客船の拡大映像が広がった。レーダー手の言う通り客船の船尾、上甲板にある格納庫のハッチが開いた。開いた方向は後方。アルフォンゾが乗る海賊船『紅い狼』とは反対側の方向だ。


「俺の勝ちだな。ほれ、二人合わせて700ISポンドだ」


 勝ち誇ったようにそう言うアルフォンゾに正副操舵手は口を揃えて反論した。


「ちょっと待って下さいよ、首領。まだ何に賭けるか言ってないじゃないですか」


「それに作戦を考えた首領が賭に参加するのはずるいですよ」


 そんな二人に構わず、バンスはアルフォンゾに向かって言った。


「司令、搭載艇が出ます。見たところ長距離高速艇のようです」


 レーダー手がバンスの報告を補足した。


「ペンタスノー社製の七七型Aを改装したものと推測されます。DEXディストーションエクステンダー装備のリープストリーム対応型新型長距離高速艇です」


「あんな小さい船にDEXとはな、金持ちはやる事が違うぜ!」


 アルフォンゾはそう言って通信士に声を掛けた。


「ライアンたちに出番だと伝えろ! お客さんがそっちに行くから丁重にお迎えしろ」


 そう命じた直後だ。搭載艇を発進させた客船は、真っ正面からアルフォンゾの乗る『紅い狼』へと突っ込んで来た。それも自衛用の対艦レーザーを撃ちまくりながらだ。レーザーを散乱させる防盾シールドは、装甲客船そのものではなく、発進した高速搭載艇を守るように展開されされていた。

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