第2話 ミロ・ベンディット 帝国第13皇子
西暦二〇五七年。宇宙望遠鏡ハッブル2は月軌道周辺に謎の発光現象を複数確認した。奇しくも同じ年、外惑星探査機トンボーは木星軌道を通過中に消息を絶った。各種観測結果から推測して、探査機トンボーは何か金属製の物体に激突したとしか考えられなかった。
二〇五九年。有人木星探査船セーガン3号は木星軌道付近にも、月軌道周辺と同じ謎の発光現象を観測。その正体は不明のままだったが、同時にその周辺で一辺六〇センチほどの金属製立方体を多数発見。外惑星探査機トンボーはこれと同じものに激突したと推測された。
セーガン3号はそのいくつかを回収。慎重に分析した結果、それは人工物、しかも何らかの複雑な機械であり、地球外知的生命体の手になるものと結論づけられた。形状がプレゼントボックスに似ている事もあり、それはラテン語で『贈り物』を意味する『ドーヌム』と名付けられた。
セーガン3号に登場していたジョセフィン・リープ博士は、これが謎の発光現象と関係があると推測。発光現象が真空の性質が揺らぐことにより発生しており、複数の『ドーヌム』に共通している構造が、それを拡張する為の装置であると結論づけた。
それはつまり発光現象と『ドーヌム』を利用して相対的に超光速飛行が出来る可能性を示唆していた。発光現象はいわば
発見から十年で『ドーヌム』は解析され、謎の発光現象を突破して次元潮流に乗り、相対的に超光速で移動する手段『
人々はリープ博士の功績をたたえ、次元潮流を『リープストリーム』、その入り口を『リープ
こうして人類は星々の海へ飛翔する手段を得たのだ。しかし『リープストリーム』で銀河系へ乗り出した人々は、まだ本当の意味で宇宙の恐ろしさを知らなかった。
宇宙は広い。無論、当時の地球人類もそれは承知していたが、あくまで数字で把握しているに過ぎなかった。
知的生命体にとっては、宇宙は認識を越えるほどに広かったのだ。
そして約千年後。地球を発祥の地とする人類は、宇宙の広さに圧倒されそれに飲み込まれようとしていたのだ。
◆◆◆
「くそ! リープ
シュライデン一族が所有する装甲客船『シラキュース』のブリッヂでは、ウォーレン・ハッチソン船長がそう呻いていた。
ブリッヂの前面には立体映像ディスプレイ。そこには周辺空域の模式図と外部の様子が映し出されていた。
『シラキュース』の進行方向を映すディスプレイ中央には、星空を映す夜の水面を思わせる揺らぐ輝きがあった。それがリープストリームの入り口であるリープ閘門。ただ接近してもそのまま通過するだけだが『ドーヌム』から得られた、真空のゆらぎを拡大する装置
しかしその輝きと『シラキュース』の間には、一隻の宇宙船が立ち塞がっていた。この時代の一般的な宇宙船は、球形若しくはそれを細く引き延ばしたような卵形、ラグビーボール型をしている。その方がリープ閘門を通過する為に合理的だからだ。
『シラキュース』と、その前に立ち塞がる宇宙船も概ねそのような形状をしているのだが、一つ大きな違いがあった。
『シラキュース』の前に立ち塞がる宇宙船は、艦首と艦腹に巨大な紅い狼が描かれているのだ。しかもそれは一隻だけではない。『シラキュース』周辺を映し出す立体ディスプレイを見れば、大小十隻を越える艦隊に取り囲まれているのが分かる。その全てに同じ紅い狼が描かれているのだ。
「対レーザー
まるでハッチソン船長がそう口にするタイミングが分かっていたかのようだ。突然、立体ディスプレイが真っ赤な警告表示で埋め尽くされ警報が鳴り響く。
続いて『シラキュース』全体が再び揺れた。
「船首レーダー大破。後部ブロック最外層の三割にダメージ。威嚇射撃です。前方および後方の海賊船三隻からの対艦レーザー砲撃です」
ブリッヂクルーがそう報告した。
「ええ、対レーザー防盾はどうした! 死角を作らないようにしろと言ったではないか!」
「しかし船長。この船に装備している対レーザー防盾だけでは、完全に死角を無くすことは不可能です。それに敵海賊船の射撃はかなりの腕前です。対レーザー防盾の隙を狙って、しかもこちらに致命的なダメージを与えないように……」
「もういい!!」
ハッチソン船長は苛立ちに任せてそう怒鳴りつけた。だからといって現状が変わるわけでもない。
大貴族シュライデン一族所有とはいえ、『シラキュース』はあくまで民間客船。頑丈な作りで分厚い装甲は持っているものの、武装と言えば自衛用の対艦レーザー砲にレールガン。敵からのレーザー光線照射を反射、分散させる折りたたみ式の防御装置レーザー
そしてリモートコントロールで周囲にレーザーを発射するレーザー機雷を数発装備しているだけ。さらに言うのならば『シラキュース』を預かっているハッチソン船長も、戦闘については全くの素人だ。
なぜ私に今回の任務が任されたのだ。
ハッチソン船長は唇を噛む。シュライデン一族に仕えてから二十年余り。常に要人が乗る客船を任されてきたが、それは観光や視察目的の航海に限られていた。今回のようにきわめて重要な人物の移送など経験が無い。言うまでもなくテロリストや宇宙海賊の標的になる。そこで、遠回りをしてでも安全を期する事を優先したのだが、それが完全に裏目に出てしまったのだ。
この一帯にはリープストリームの入り口であるリープ
余り利用されないなら安全だろうと、このルートを選んだのだが、逆にそこで宇宙海賊の待ち伏せに遭ってしまったのである。
「強行突破するか? しかしそれは無謀だ。必ず被害が出る。では一旦、撤退……。後方の包囲網には隙がある……」
ハッチソン船長はそうつぶやきながら、周囲の立体ディスプレイに頭を巡らせた。その視界の隅にある光景が入ってきた。
『シラキュース』ブリッヂは概ね扇型をしている。船長の席はその中央に有り、その背後、扇ならばちょうど要に当たる部分には、透明なドームに覆われたシートがいくつかある。いわゆるVIP席だ。
いまそこに座っているのは『シラキュース』の事実上の船主であり、シュライデン一族の長老ゼルギウス・シュライデン。その横には帝国学園の制服に身を包んだ少女が座っていた。そのVIPシートの背後にあるドアが開いたのだ。そのドアは船内を自在に移動する艦内エレベーターに直接繋がっている。
開いたエレベーターのドアから入ってきたのは、黒髪で痩身の少年だった。
その少年こそがハッチソン船長が『シラキュース』で移送する事になってる人物。
ミロ・ベンディット。
他にも随行員や肉親などもいるが、言うまでもなく皇子こそが最重要人物なのだ。
ミロ皇子が『シラキュース』に乗っているのは最重要機密事項。取り囲んでいる海賊連中も、さすがにこの事実は知るまい。
ならばこそ、何が何でもこの包囲を突破せねばなるまい。もしもこの任務に失敗すれば……。
ハッチソン船長はシートの肘掛けを握りしめ懸命に考えを巡らせるが、出てくるのは脂汗だけで、窮地から脱出できる名案はついぞ浮かばなかった。
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