そして天使はまた天へと

 天界が崩壊した第九次玉座いす取り戦争ゲームから三年後。

 場所は異次元空間、神話大戦大陸・アトランティア。

 元天界の最高指導者の四番目テタルトス白雪姫しらゆきひめは、空を眺めていた。

 空に浮かんでいるのは、大陸に落ちていた大地の一角。

 滅悪種めつあくしゅの暴走によって崩壊し、翔弓子しょうきゅうしによってとどめを刺されたことで崩落した、元天界の残骸である。

 天使達は天界の崩落から三年。アトランティアでの生活を余儀なくされた。

 始めは脳の抑制を失っても、白雪姫による統制を求めていた天使達だったが、やがて脳の抑制を失ったことで変化していった。

 力のある天使達は脳の抑制を失くしたことで自由を得て、元の次元へと飛び立って行った。

 世界を見たいという冒険心と好奇心が、生まれた証拠だった。

 そして天使達は、自由に恋をするようになった。

 誰かを愛する自由が生まれ、また、それを断る自由まで生まれたのは、いいことか悪いことか、言い切れはしない。

 そして同時、誰かを憎み、疎む心まで生まれた。

 心の自由度が広がった証拠だが、しかしこれはいい結果とは言えなかった。

 これまで脳の抑制があったことで少なくて済んだ統率者数が、多くなければならなくなった。

 しかし力のある天使はいなくなり、例外ミ・ティピキィ召喚士しょうかんしを残して二体とも行ってしまった。

 というより、二体とも行方不明だった。

 もう一体が出て来ないのはいつも通りだとして、熾天使してんしがいれば、天使達の統率もある程度取れたのだが、天界の崩落から姿を見せていなかった。

 召喚士はある程度、予測できていた様子だが。

「熾天使さん……無事だといいのですけれど」

「何、問題ないさ。彼女は自暴自棄になんてなる器じゃあないからね。それよりも、天界を復興させないと。やはり僕らの居場所は、空にあるのだからね」

「そうですね……天使も地上で生きていれば、やがて翼を失い、種族そのものが絶滅してしまうかもしれません……それは少し、寂しいですものね」

「できれば、玉座システムだけでも復活させたいところだが」

「脳の抑制には反対ですよ、私。こんなにみんな生き生きしているのですし、それに天使という種族が、人間に劣るはずはない、そうでしょう?」

「……やれやれ。あなたは天界の玉座の影響を受けているのかいないのか、判断できませんね。まぁしかし、最初から復活させようなどと、思ってはいませんよ。天界が人間の国に劣って、いつまでも脳の抑制なんてしていては、恥ずかしいですからね」

「あら、あなたは脳の抑制に賛成だったのでは? 翔弓子さんにあれだけ熱弁しておいて」

「聞いていたのですか……」

 まぁ気配はチラホラと、感じてはいましたがね。

「いけないことだとは思いましたが、試したのですよ。天使に心は必要なのか。上位の存在だけが心を持つべきなのか、それともすべての天使が心を持つべきなのか……」

「それで、お答えは?」

「良くも悪くも、生物とは心を原動力に生きる者。たった一人の存在を思うだけで、世界をこうも変えてしまう一体の天使を見て、そう思いました……ならばその愛に、賭けてみるのもいいでしょう。愛という力がどれだけ天界を変えるか、見せてもらおうではありませんか」

「愛、ですか……それで、あなたの愛はどこに?」

「決まっていますよ」

 少しずつ、少しずつ。召喚士の魔術によって、空へと戻っていく天界の残骸。

 それを見上げて、召喚士はとても優しい笑みで。

「僕の愛は、いつだって天界に注がれていますよ。もちろん、天界の玉座に座る限り、あなたにも」

「玉座に座っていないと、ダメなんですか? 薄情な人ですね」

「まぁ、僕もまだ、愛については勉強中の身ですから」

「呆れた」

 そう言っていたこの二人、天界が復興する二年後に天使達の想像の斜め上を行って結婚し、子供まで設けることとなるのだが、二人が真に相思相愛だったのか、知る者は一人もいない。

 天界の象徴となる皇族になるための政略的結婚だったとも天使の間で噂されているが、一度白雪姫の側近を務めた天使が言うには、彼女は召喚士の話をするとき、とても嬉しそうに語ったという。

 何がどうなってそうなったのか、それは誰にもわからないが、しかし幸せなのではないかというのが、皆の見解だった。

 戦争終結から、天界復興がした五年後。

 とある大地、山中にて。

「……ここは」

 熾天使が目を覚ますと、そこはどこか小屋のようだった。

 自分の額には濡れタオルが置かれていて、綺麗な布団が掛けられていた。

 体を起こして、状況を確認。自分がアトランティアを離れ、ひたすらに獣と戦い続け、五年経った今ついに電池が切れたことを思い出した。

 神を殺すと言われる八首の大蛇と戦い、その毒を浴びたせいだと、簡単に解釈する。

 あわよくば死んでしまえなどと思ったが、天界の天使に――それも最高位天使に地上の生物の毒はそうそう効きはしない。

 そう考えると、天使をも侵す病にかかって死んだ魔天使まてんしを思い返し、うまくやったものだと思ってしまった。

 熾天使は純騎士じゅんきしとの戦いから五年経った今でも、初の敗北を引きずり、自暴自棄になっていた。

 三百年近く生きてきて、初の敗北。それは身に染みて苦く、とても辛い事実だった。知っているのは自分だけの黒歴史だが、もっとも消し去りたい自分の記憶に、鮮明に残っている。

 忌々しい、実に忌々しい。いっそのこと脳の抑制をかけて消したい、とすら思っていた。

 その自暴自棄が招いた自爆は、彼女にとって敗北とは言わなかった。相手には勝ったのだから、せいぜい引き分け――しかし相手は死んでいるのだから、生きている自分の勝ち。そういうことにした。

「あぁ、よかった。目を覚ましたみたいで」

 見ると、そこにはひ弱そうな青年の姿。

 細い腕、服の上からもわかる痩せた体。何よりナヨナヨとした雰囲気が、熾天使に直感で嫌いだと思わせた。

「おまえが私を助けたと?」

「あぁ、はい一応……ヒュドラ種の毒を受けていたようなので、放っては置けないなと」

「貴様、解毒の心得があるのか」

「は、はい……医学生でして、ここにはフィールドワークに来ていたんです。珍しい野草がいっぱいありますから」

「そうか」

 医学に呆けるあまり、鍛えることを忘れた脆弱な人間か。

 と、熾天使が起き上がろうとしたそのとき、彼は突然必死になって。

「まだ寝てなくちゃダメです! ヒュドラ種の毒は、解毒剤を飲んでもしばらく体内に残るんです。体から出るまで、解毒し続けないと」

「そうか……それは好都合だな」

「好都合って……」

「私は天使だ、人間。私はとある戦にて敗走し、死に場所を求めてここにいる。毒が残るというのなら好都合。このまま死んで、灰になるとする。手間をかけた、一応礼は述べていく」

 そう言い切った。

 言い切ったのだが、青年は引くどころか余計に強く言葉を発してきた。

「ダメです! 医師を目指す僕の前で、死ぬとかなんだとか言わないでください! このまま見捨てたら、僕は医師になんてなれません! 勝手ながら、治療させていただきます!」

 自分に刃を向けてくる相手は多くとも、言葉で抵抗してくる相手は初めてだった。

 青年相手なら、軽く手を捻れば驚いて身を引くとも後から思った熾天使だったが、しかしひ弱な青年の豹変ぶりに少々不意を突かれた部分もあって、そのときはあまり考えず、仕方ない、そこまで言うならば治せと言ってしまった。

 直後は後悔していた熾天使だったが、その後悔は次第に薄れていく。

 最初こそひ弱な人間だなと思っていた青年だったが、医療のこととなるととにかく熱心で、度々怪我をした動物を連れ帰っては治療し、熾天使と一緒に世話をしていた。

 熾天使は毒のせいで脚が不自由で、実際は浮遊魔術があるので問題ないのだが、しかし青年があまりにも熱心に解毒し、さらにリハビリまでするものだから、次第に面白い人間もいるなと思って、毒が完全に体から出た頃には。

「人間。貴様が医者になるところが見たい。即刻国に帰り、医者になれ」

 と無理難題を、面白半分で言うくらいだった。

 青年はその月に国に帰って学問を治め、翌年に医者の見習いとなり、その六年後に独立。その国の医者として、成長した。

 そして熾天使は、その青年の成長を絶えず側で見守り、彼が医者となると、

「貴様が初めて見た患者は、天界でも名のある大天使である。身に余る光栄を、その胸の内に秘めるがいい。貴様のような面白い人間が、世界を変えるのだ」

 と言い残して去っていった。

 その後の熾天使の所在を知る者は、誰もいない。

 ただその国には度々、天使が降りるようになり、天使を看る医者がいると有名になるのだが、それが新聞に載るのは、一年後。

 そしてその一年後、とある島。

 そこにはポツンと家が一軒だけ存在し、そこには一人の少年と、女性が住んでいた。

「ねぇ、お母さん。僕のお父さんはどんな人?」

「真っすぐ、自分の正義を、最後まで貫く人でした。そんな姿を、お母さんは好きになったのです」

「じゃあ、お父さんは今、どこにいるの?」

「……お父さんは、お空に行っているのです」

「それって、天界ってとこ?」

「いえ。もっと、もっと空高く。昔お父さんは、天界から悪者にされて、地面に落とされました。だけど今は、みんなに認められて、どの天使よりも高い高い空に上がったのですよ」

「すごい! 僕のお父さんはすごいんだ!」

 まだ意味を理解し切れていない子供に、母親は笑顔で応える。

 そして自分に駆け寄って、抱き着いてきた我が子を、ヒシと両腕で抱き止めた。

「お母さん、温かい」

「えぇ、私の中には、お父さんの力もありますから。それはとても、とても温かいのですよ。あなたのお父さんは、とても、とても温かくて、優しくて……とても、素敵な……」

 我が子を受け止める母親の背中から、翼が四枚。左翼は光、右翼は炎。輝ける太陽、その化身の如く、温かな光を宿していた。

 そのすぐあと、やってきた空を飛ぶ国。そこから舞い降りてくる天使達が、自分達に手を振っている。その中には、かつて戦争に行くときに髪留めをくれた、母の友達の姿もあった。

「ねぇ、僕は大きくなったら何になりたいのですか?」

「僕? 僕はね! 僕はね! お父さんみたいに優しくて、強い大天使になるんだ!」

「……そうですか」

 我が子の眩しい笑顔は、母の心も明るく照らす。

 まるで、天より燦燦と降り注ぐ、真白の太陽のように、温かく、優しく。


――魔術世界の玉座いす取り戦争ゲーム・神話大戦大陸・アトランティア――


 ~読了~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術世界の玉座≪いす≫取り戦争≪ゲーム≫-神話大戦大陸・アトランティアー 七四六明 @mumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ