天使降臨

最高位天使

 俺は私は彼女は彼は、君はあなたは僕はこれは――

 ――誰だ。

 そんな疑問を感じたのは、一体いつの頃の話だっただろうか。

 自分の中の他人がおよそ五〇を超えた辺り、最初の他人が生まれてからおよそ十年ほどの月日が流れた辺りで、最初に思ったような気もしないでもないが。

「おまえ、多重人格なんだって? 難儀な性格してんなぁ、おまえの本体」

 とある酒場。

 国を持たない暗殺者達が仕事の依頼を受けるために集まる、裏役場であった。

 そこで出会ったとある暗殺者に、そんな心無い言葉を言われたのも、その頃だった気がする。

 彼は確か幼少期に奴隷だったが脱走し、それ以来暗殺者として生きていると言っていた。仲間を作らず、天涯孤独と自称していたが人当たりがよく、きっとどこに行っても人間関係に苦労はしなかったのだろうことを想起させた。

 まぁ、とんでもなく失礼な奴ではあったが。

「まぁなんだ、仲良くやっていこうや! 俺には名前がねぇから、名無しとでも呼べばいいわ!」

 名前がないから名無し。

 そう名乗った――というべきなのかべきではないのか――男とは、何気に最も長く付き合うこととなった。

 仕事で一緒になったことはないが、酒場に来るとそいつがいることがあって、お互いに仕事の話をした。

 とある屋敷の防犯魔術式。

 億を超える賞金首の魔術礼装。

 標的の恋人、または愛人の情報。

 お互いに情報を交換し、防犯魔術式を攻略し殺害。

 魔術礼装を破壊し殺害。

 愛人を寝取って自殺に追い込み殺害。寝取った奴も、後を追わせた。

 そうして数々の仕事をお互いにこなしていく内、多重人格者と名前のない男の仲は少しづつ良くなっていった。

 そうして距離が縮まった頃、名無しが唐突に言って来た。

「なぁ、一緒に仕事しようぜ。ちょっくら厄介な奴がいるんだ」

 自分以外の他人と行動するのは、それが初めてだった。

 名無しは自分よりも暗殺歴は長く、実際見ていて色々勉強になる見事な手際をしていた。

 結局その仕事はほとんど名無しがやって、自分はただ傍観しているだけだった。

 なのに彼は酒場に戻ってくると――

「楽しかった! やっぱりバディがいると違うぜ! な、これからもときどき組もうぜ! おまえとなら、なんでもやれる気がする!」

 そのときの俺——私は何も言わなかった。

 後日、名無しが暗殺に失敗して死んだと聞いたとき、組まなくてよかったと思ったのは憶えている。

 それは自分の中に五〇を超える人間が他にいたために、彼が死んだところで代わりがいつかできると思っていた節があった。

 しかしその期待は、今現在も裏切られ続けている。

 何年何十年と経っても、名無しに変わる人格が生まれることはなかった。

 似た性格、似た人格が生まれることはあったが、しかし彼に代わるものかとなると話は別だった。

 孤独を紛らわすための人格達が、まるで機能しない。

 彼の喪失が、胸の奥でつっかえて離れない。

 孤独が、寂しさが、唯一あった繋がりを欲している。

 調べると、彼はあのヴォイの骸皇帝がいこうていの暗殺に仲間達で行って殺されたらしい。

 死ぬのは当然だ。あれは不死身の皇帝、殺せると思う方がおかしい。

 故に敵討ち――なんて思考回路はしていない。

 自分のような下級の暗殺者が、魔術師に敵うわけはない。

 暗殺者は暗殺者らしく、同僚の死に対して悲観などしない。むしろ仕事が増えると、好機と思えるくらいでなくてはならないのだ。

 故に骸皇帝を倒そうなどとは思わない。

 ただ、倒してもらおうとは思った。しかしどうやって。

 考えて考えて、考えてこの戦争に臨んだ。その結果、骸皇帝を殺すチャンスを三度も手に入れた。

 一回目、自分で殺す。もちろん失敗。

 二回目、首なしの騎士を差し向けて殺す。だが自分にも阻まれるような雑魚で、どうせ相対したところで失敗しただろうから、結局失敗。

 そして三回目。

 骸皇帝の操る魔術師に対して感情を抱き、その怒りを震わせるエタリアの騎士をぶつける。

 戦ってみて魔術の才能が自分達以下のポンコツだと思ったが、しかし想像を遥かに超えて、彼女は骸皇帝を打倒した。

 成功。間違いなく、成功。

 しかしこの胸がスッとすることはなく、別段爽快になったわけでもなかった。

 結界魔術に巻き込まれたはずの骸皇帝の魔力の喪失を感知し、天界からの骸皇帝死亡報告を受けて、一番に思ったことはただ一つ。

「さてっと……この隙に玉座を手に入れますかね」

 暗殺者の心得。

 同業者がやられたら好機と思え。

 この場合、玉座を巡るライバルが一人減ったのだから、チャンスと思って当然である。

 それに言っちゃいけないが、骸皇帝は視野が狭い。

 何度も使っていた死屍の軍勢を敵を殺すためではなく、玉座を探すことその一点に使えば間違いなく勝てただろうに。自分達なら間違いなくそうする。

 まぁ、全員を配下に入れて天界を堕とすのが目的だったのだから、そこは最終目標の違いと言えるが。

 だからこそ――

「“背中合わせの敵味方アンスロポロギア”」

 孤独孤高の重複者じゅうふくしゃ

 最後の最後で隠し玉かつ奥の手発動。

 現在体の中にいる人格は七四人。そのすべてを一度に、この場に現出する。

 自らの中の人格を切り離し、他人とし、体を分け与える。

 その人格にあった姿形を取り、性別もすべてその人格次第。

 そうしてここに今、七四の重複者が顕現した。

「さて、やることはわかってるな?」

「わかっているとも」

「もちろん」

「手分けして玉座を探す」

「そして見つけた奴が座る」

「それだけのことだ」

「よし」

 今、自分を除くほとんどの参加者がまとまっている。

 そして今、そのほとんどが魔力も体力も枯渇している。

 ここで使わずにいつ使う。このために魔力を溜めに溜め、人格の数を減らし続けていたのだ。

 同時に顕現できる数は最大で八〇。しかしこの戦争に参加した時点で、人格は確か一二三あった。完全に定員オーバーだ。

 故にここまで減らし続けた。

 殺されて殺されて、仲間に見殺しにされ続けて自分を見殺しにして、使える人格およそ八〇を残してこの展開に持ってきたのだ。

 我ながら、素晴らしい展開に持って来たではないか。

 こんな勝利の条件がそろっているなんて、神の導きでもあったに違いない。

 これからこの七四で散策すれば、二日以内には見つかるだろう。他の参加者が殺し合っている間に、さっさと勝ってしまえ。

 人格は無論あとで統合できる。玉座を見つけた人格と合流して統合すれば、自分達の勝ちだ。

 これで勝てる。

 骸皇帝を殺した。

 玉座を取った。

 願うのは――

「貴様に玉座に座る資格などないぞ、俗物アリ

 一瞬のことだった。

 一瞬で、たった今顕現した七四の人格が掃討された。

 全員の首が刎ねられて、宙を舞っていた。

 そのうちの一つが、その襲撃者を見上げた。

 翼を持たないのに、天使のように美しく飛んでいる女性だった。

 白銀色の装甲に身を包んだ、小麦色の短髪をなびかせる女性。

 その両脇に二振りの剣が浮遊しており、自分達を貫いたのは、それらの剣ではなく七四に分裂した白銀の長槍だった。

 その光景を最後に、すべての重複者が死に絶える。

 すでに参加資格を失っているために死亡報告もされず、誰にも知られることなくその命をあっけなく散らされた。

 七四に分かれた槍が次々と一本の槍へと統合されていく。そして一本の輝きを取り戻すと、彼女の元へと飛んでいきその手に治まった。

「愚かな……骸皇帝と違って、不死身ではないのだ。参加資格を持っていたのは、貴様の人格の一人に過ぎん。それが死んだ時点で、他人のおまえに資格はない。現に見ろ、おまえの五体のどこに、参加資格の刻印があるのか」

 長槍が消え、双剣は鞘に収まる。

 遥か上空から大陸を見渡す彼女は、魔力探知で大陸にいる人間の数を数えると、納得したように小さく唸った。

「これで俗物アリは五匹か……私にゴミ掃除を任せるとは、第九次の参加者は腑抜けばかりだな。こんな奴らの中に玉座を任せられる奴がいるとは思えん。目的は魔天使まてんしと首なし裁定者さいていしゃの抹殺だが……」


「面倒だ、全員殺すか」

 玉座など、地上の俗物アリではなく天使に任せればいいのだ……私がやってもいいが……たかが二五〇年やったら失せろというその体制が気に入らん。

 短い寿命の俗物アリの寿命をいくら伸ばしても、最高で二五〇が限界というだけの話。ならば元より長命の天使がやればいいのだ。

「まったく……いつから天は地に昇られる場所になったのだ。やはり殺すか……」

 まぁ、まずは首なしから殺すか……召喚士しょうかんしが呼んだものだと思われるが、さて実力は……奴の戦闘用精霊“黄道十二星座騎士ゾディアックウェポンズ”くらいの力があれば、まぁ、少しは楽しめるだろうが。

「楽しませるくらいの気量を見せろ、地上の俗物共アリめ」

 地上の人間も生物も一緒くたにして俗物アリと呼ぶ彼女。

 天界の三つの最終兵器、例外ミ・ティピキィの一体。

 攻撃力だけで言えば歴代天使の中で最強。故に最高位天使の位をそのまま名に持つ最強の天使。

 熾天使してんしが今、神話大戦大陸に降臨した。

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