- Chivalry spirit -
エタリア騎士団・副団長
戦争開始初日、騎士と白花の王国、エタリア。
副団長であった
団長によって名だたる騎士達が選び抜かれ、彼らはある任務を課せられる。
エタリアから一六〇キロ離れた峠に向かい、置かれた団旗を取ってくること。移動手段は徒歩の大副三二〇キロ。しかも魔物はうじゃうじゃといる。
測られるのは騎士としての純粋なる強さ、力、そして精神力。騎士としての誇りと精神に乗っ取り、公平な審判を約束して行われる。
時間制限は二日間。食糧及び支給品はなし。かつての純騎士も超えた試練に、全三六六人中、選ばれた九人が挑む。
そのうちの一人である少女、
試験開始日の前日にようやく国に帰って来て、自宅に帰って休んだまではいいのだが、起こしてくれるはずの母親がまさかの寝坊。故に彼女も寝坊し、食パンを口に銜えての全力疾走を強いられていた。
集合まであと十分。騎士にとって、私情での遅刻は罰せられる。しかも試験での遅刻となれば、最悪雑用兵からのやり直しも言われかねない。
走れば充分間に合う距離だが、それでも燕騎士は走っていた。魔力で脚力を強化して、馬並みに走る走る。
途中で杖をつく老婆と一緒にいる子供とぶつかりそうになったが、強化した脚力で隣の家よりも高く跳び、着地すると同時に再び走り出す。そうして全力で走り抜け、なんとか時間までに間に合った。
「燕騎士」
「
槍魔手と呼ばれた男に、声を掛けられる。燕騎士に様などと付けられてはいるが、燕騎士と同じ時期に入った同期である。
それでも彼が彼女に様なんて付けられて呼ばれているのは、彼が彼女より年上であることと、彼女と同期であるにも関わらず、彼が団長補佐という大役を得たからだろう。
彼は騎士団きっての槍の名手であり、槍を使わせれば、彼に敵う者は誰もいなかった。団長ですら、武器を槍に限定されれば彼に負ける。
そんな実力者だからこそ、彼は彼女を含める騎士達から様と付けられていた。
が、本人は少し遠慮願いたいようだ。今も彼女に呼ばれて、ちょっと恥ずかしそうに首を振る。
「いよいよだな、試験」
「はい」
「もしもおまえが合格すれば、おまえが次の純騎士になる。あの人の後釜になれるんだ。羨ましい限りだ」
「槍魔手様は、試験を受けないのですか?」
「団長補佐は副団長より位が高い。だから、わざわざ受ける必要はねぇだろって、言われちまった。そういうんじゃ、ねぇのにな……」
そう言って、槍魔手は遠くの空を仰ぎ見る。
彼が騎士団に入ったのは、現在の純騎士に憧れたからだというのは同期の間では有名な話だ。
故に彼は彼女の後釜を狙っていたが、強すぎてそれ以上の位になってしまったというのは、皮肉な話である。
まぁ純騎士の名は女性限定なので、彼が副団長になっても純騎士の名はもらえなかったのだが、そういうことではない。彼は彼女に憧れたのだ。純騎士の名に憧れたわけではない。
そんな彼は純騎士の戦争参加に強く反対していたが、団長の鉄拳を喰らって以降そのことに関しては何も言わなくなったという。
だが本心は、まだ強く反対しているはずだ。
先日彼女の婚約者だった男が、純騎士の家の資産を継げなくなったと愚考していたのを聞きつけ、男の家に殴り込みに言ったところ、男が計画していた純騎士の兄の殺害を防いだのだという。
純騎士のためなら、例え騎士団の規則を破ろうとも飛び込んでいく。そんな男だ、槍魔手は。
だが惚れているのかと訊かれるとそうではないのだという。男達は嘘つけよと笑うのだが、実際のところは不明だ。
「燕騎士。おまえも純騎士さんの後を継ごうと思うのなら、それ相応の覚悟をするこった。副団長の後釜は、そう簡単に務まるものじゃねぇ」
「はい、もちろんわかっています。私だって、騎士団に入るときにそれなりに覚悟してきたつもりです。今更甘えはありません」
「……そうか。呼び止めて悪かったな、頑張れよ」
「はい」
槍魔手と分かれた燕騎士は、スタート地点である騎士団寮前へ。そこで今回の試験に選ばれた騎士達と、初めて対面した。
無論今までに面識のある騎士ばかり。だが試験に誰が出るかは知らされてなかったので、正直自信を喪失した。どの人も燕騎士では敵わないような、高名な騎士ばかりだ。
「燕騎士」
「……
獅騎士と呼ばれた女性騎士。
彼女が様と呼ばれているのは普通に、彼女の方が燕騎士よりも先輩だからだ。歳も三つ上だし、実力も上だ。
「あなたも選ばれてたなんてね、これはちょっと油断できないかな……でも負けない。純騎士様の名を継ぐのが、私の夢だった。他の誰にも譲る気はないわ」
「獅騎士様……私だって、負けるわけにはいきません。剣の師であった純騎士様のためにも、負けるわけには……いかないのです」
「それは私達も同じことだ」
「
話に入ってきた女性騎士、梟騎士。
彼女もまた、今回の試験に参加する騎士の一人だ。騎士団の中でも古株で、現在の純騎士と同期。彼女と副団長の座を賭けて戦い、接戦した人物だ。
だが彼女は、魔術の才能には長けている。そんな彼女と善戦した今の純騎士がすごいのだと、皆は言う。彼女自身、純騎士のことをライバルだと認めているようで、純騎士の陰口を徹底して取り締まった。
「今回の試験、やはり我々が選ばれたようだな。燕、獅子」
「どうやら、そうみたいね」
そう言われて、燕騎士は周囲を改めて見渡してみる。そこにいた九人は、よく見れば全員獣の名を冠した騎士達。
燕、獅子、
獣の名を冠した九人の騎士。かつて純騎士が率いていた、少数精鋭。
名を、
騎士団が誇る、副団長直属の従属部隊である。今回は彼らの中から副団長を決め、後日十字騎士獣士の欠員も決めてしまうつもりなのだろう。
だがたしかに、副団長になれそうな精鋭など、今のところは彼らしかいない。それが事実だった。
「純騎士のためにも、まだまだ若いあなた達を副団長の席に置くわけにはいかないわ。今回は私がなる。あなた達は、次回以降にしておきなさい」
獣士の中でも一番の年上。さらに一番の実力者。確かに彼女が副団長になる可能性が高いし、彼女になるのが順当だろう。
だが、そうおめおめと譲れないプライドがある。それこそ騎士道精神。彼女達が掲げる、騎士道だった。
「純騎士様の後を継ぐのは私よ、梟騎士。あなたは獣士のトップで充分じゃない」
「奴が抜けたんだ。奴の職務を全うできる人間が必要だ。おまえにそれができるのか? 獅騎士。言っておくが、プライドだけで言っているのならやめておけ。すぐに
「何を!」
「獅騎士様! 落ち着いてください! もうすぐ試験が始まりますよ!」
燕騎士に止められて、獅騎士は言い返すのをやめる。獅子の名前を冠する彼女は獣士の中でも特に情に厚く、燃えやすい人間だった。
だからプライドが高く、刺激されるとこれでもかというくらいに燃える。そんな性格だからよく失敗して、純騎士に宥められるのだが、今回はその役目を燕騎士がしてくれた。
危うくここで暴れて、試験資格をはく奪されるところであった。
「決着は試験で着けるわ……覚えておいて」
「あぁ、忘れてなければな」
また燃えそうになった獅騎士を、燕騎士は他所へと行かせて止める。
水道をめいいっぱい捻って頭を冷やした獅騎士は、フルフルと
「燕騎士……私負けない。絶対副団長になってやるわ……」
「獅騎士様……」
「あんたも、遠慮とかしないで来なさい。みんな全力で、団旗を取りに行く。あなたも本気なら、本気で来なさい」
「……はい、そのつもりです」
騎士団の中でも一二を争うくらいに臆病で、引っ込み思案。騎士団の誰にも敬語で、自分が一番下だと思っている。それが燕騎士だ。
そんな彼女も、今回は本気である。彼女もまた純騎士を慕い、純騎士に憧れて騎士団の門を叩いた強い心の持ち主。その精神力は、常人よりもずっと高い。
故に彼女も、本気となれば全力だ。獅騎士が言うまでもなく、今回は全力で取りに行く。それが今まで自分を育ててくれた、純騎士への恩返しだ。
「全員、集まったな!」
数分後、試験開始時刻に団長が現れた。それと同時に国の門が開き、全員スタート位置に立たされる。
「団旗は置いてきた! 魔獣達は春の発情期で血の気が多い! 試験とはいえ、命を捨て去るなよ! 今回の試験で、獣士を一人以上欠くつもりは毛頭ない! 全員、命を持って帰還せよ! そして取って来い! 副団長の座を! 天界の座を賭けて戦っている、あいつのためにも!」
獣士全員、敬礼する。そして団長もまた位置に着くと、槍魔手から受け取った拳銃を宙に向けた。
「よぉぉぉい……」
銃声が鳴る。それが試験開始の合図。
九人の騎士は一斉に駆け出し、団旗目指して門を駆け抜けていった。
「大丈夫ですかねぇ。今の時期、魔獣はとにかく凶暴ですから」
「何、あいつらのことだ。全員無事で帰って来るさ。何せ、あいつの部下なんだからな」
なぁそうだろ、純騎士。
団長は空を仰ぐ。残念ながら、彼女がいるのは異次元の大陸。同じ空を仰ぐことはできないが、それでも彼女もまた虚空を仰いでいることを願って、団長は仰いだ。
そしてその日の終わり、純騎士は
自分はもう帰ってこれない。そう思うともう忘れた方がいいとすら思っていた騎士団の仲間達の顔。
だが今、ほんの少しでも生きて帰れる奇跡が見えている今は、彼らの顔を懐かしく思っていた。
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