神話大戦大陸・アトランティア
戦場にて
神話大戦大陸・アトランティア。
かつて神々の大戦の場となったその大陸に向かう方法は、一つしかない。世界の端と呼ばれる大陸に繋がっている異次元の扉。そこに飛び込む。扉と言うよりはただのゲートだが、そこしか大陸への入り口はない。
なにせ大陸には神と同等クラスの魔獣が住みついていて、侵入者を平等に喰らいに来る。故に遥か昔、その大陸だけを人間好きの神が分離して異次元に閉じ込めた。
それ以来、アトランティアに向かう者はほとんどいない。行くのは命知らずの神話学者か、それとも死にたがりの戦士か、とにかく命の重さを知らない愚か者だ。
そんな大陸に人間を招き、戦争をしようと言うのだから天界も酷だ。この大陸でも生き残れる、そんな強者のみが欲しいと見える。
そんな大陸に、参加者達がチラホラと集まっていた。
「おぉぉらぁぁ!!! もう一丁!!!」
炎をまとった拳を、二足歩行のオオトカゲに叩き込む。その一撃で首が折れた全身火傷だらけのトカゲは、その場で息絶えた。
仕留めたのは最初にこの大陸に足を踏み入れた参加者、
「ハ、この程度かよ神話の魔獣。俺を殺せそうな奴はまだいねぇなぁ、え? おい」
トカゲの尻尾を焼き斬り、
故にトカゲに含まれていた神経毒も、ただのスパイスとして舌に刺激を与えるだけ。魔天使はなんの問題もなく、痩せ型の体に巨大な魔獣の肉を入れた。
近くにあった木の枝を折り、歯に詰まった肉を取る。
「しっかし、俺以外の奴らはどうした? 見ねぇが……ま、どうせ転移されてくるだろうがな。天界が逃がすわけもねぇ」
そういうことをする連中だと、元天界の住人は知っている。前回の戦争は五〇年前なのでどうしたのかは知るところではないが、どうせそういうことをしたのだろうことは想像するに容易い。
現にこの大陸の上空を、ずっと浮かんでいるあれが見える。
それは、巨大な島。地上から見上げれば岩の塊に見えてしまうが、その外部で浮遊する建造物が見える。そこから固有の鳥の群れが飛び立ち、羽ばたいていった。
そう、天界だ。普段は風に吹かれるままに世界の上空を漂っているが、戦争の際には必ず戦場の上空に着く。
その役割は、戦場に遅れて到着してしまう参加者を戦場に転移させてしまうことと、戦争の結末を見届けることだ。故に戦争中はずっと、天界はこの戦場に浮いている。
天界の住人だった天使の自分が、まさかこうして戦場である地上から天界を見上げることになるとは思ってなかったが、だが今回も天界はいつも通りだ。ルールもまた、変わっていないのだろう。
だがそれなら、自分のすることも変わらない。結局勝つには、玉座を手に入れるためには生き残るしかないのだ。この広く厳しい大陸で、絶対に生き抜いてみせる。
名前しか知らない強戦士達の、誰にも負ける気はない。騎士だろうが皇帝だろうが、全員ねじ伏せてやる。
「あぁあ、さっさと始まらねぇかなぁ!」
異次元の扉を潜ればアトランティアへと行けるのは間違いない。だがやはり、扉と呼ぶよりはゲートと呼んだ方がいいその入り口は、特定の場所に着くわけではなく、大陸のどこかに飛ばされるのだ。
故に
「こんなの……生き抜くだけで精一杯——!」
大陸に入ってまだ二日。しかしながらその短い期間で、この大陸の恐ろしさを身をもって体感していた。何せもうずっと、襲い掛かってくる怪物達から逃げ惑っているのだ。
迎え撃って倒せるのならいいが、相手は神話の怪物と似て非なる力を持った魔獣。魔術の才能も乏しい騎士の剣が、通じるとは思えない。
だから逃げる。相棒を全速力で走らせて、とにかく逃げていた。
ちなみに今追ってきているのは、ムカデの体に百本近い猿の脚、そして獅子の頭を持った混合獣だ。とにかく虫のクセして毛むくじゃらで気持ち悪い。だから逃げる。
だがムカデは獅子の口から液体を吐き出してきた。液のかかった場所が腐って溶ける。溶解と腐食の毒液だ。あんなのを喰らってはひとたまりもない。
手綱を強く握り締め、走らせる。かつて戦場の東から西までを三日三晩駆け抜けた自慢の愛馬でも、少し走らせすぎなのはわかっている。だが走らせるしかないのだ。逃げるしか手はない。
だが果たして逃げ切れるか。ここは生憎と、隠れる場所のない平野。逃げ切るには、この怪物が諦めるまで逃げるしかない。
走るしかない、走るしか。走ることしか、今はできない。走り続けていれば、いつかきっと逃げられる。
だが現実は、そううまくはいかなかった。怪物の毒液が、愛馬の脚を襲う。一瞬で肉が溶けた愛馬は苦痛で転げ、倒れる。転げた純騎士はすぐさま立ち上がったが、すでに愛馬は怪物の顎に噛み砕かれていた。
自慢の足が奪われ、純騎士は泣く泣く剣を抜く。そうするしか、もはやこの場面で生き残る手段はなかった。
敵は体長百メートルを超す、毒液を吐く怪物。ただの剣士である自分が勝ち、生き残れる確率はかなり低い。が、やるしかない。
死にたくない。その一心で、純騎士は舞い踊るように肉薄してくる怪物に剣を振るった。
同時刻、大陸の端。
天界より伸びる光の柱が、大陸へと落ちる。その光を伝って降りてきた天使は、小さな翼を広げて飛行した。地面スレスレに滑空し、勢いよく舞い上がる。そうして高い上空から、アトランティアを見下ろした。
「魔獣以外の生命活動を確認……その数五め——訂正、たった今六名になりました。残り二名の存在は確認できません。天界に、彼らの転移を要請します」
何かの合図のようだが、それは天界の住人にしかわからない。故に翔弓子はもちろん、魔天使も理解していた。が、翔弓子の参戦を知らない魔天使は、意味はわかっても誰が合図したのかが理解できていなかった。
「了解の光だ……? 誰が合図した……天界の誰かが降りた? まさか、天界から参加してる奴がいるのか? 地上の連中でやる
まぁ俺も、元天界の天使だがな?
「……ハ、まぁいい。どっちみち潰すだけだ。どんな奴が降りてきたのかは知らねぇが、潰してやるさ……ハ」
天界からの光に、救われた者もいた。純騎士だ。鎌首をもたげたムカデの目が、光で眩んだのだ。その隙に脳天を突き刺し、一撃で絶命させる。
死闘を終えた純騎士は剣を収め、切れる息を無理矢理整えた。そして同じく、一瞬大陸を覆った光について疑問を浮かべる。
だが魔天使のようにわかっていない純騎士では、どれだけ考えたところでわからずじまいだった。
だがこの男は違った。千年生きた大魔術師、
彼は地上の人間ながら、千年間生きた経験と知識で天界の光の合図を大体把握していた。故に光を見て、魔天使と同じ結論に至る。
「天界め……自陣から参加者を輩出するとは……どのような大魔術師かは知らないが、少し警戒した方がいいか……フム……ならばしばし身を隠すか。様子見と行こう」
骸皇帝が身を隠したのと同時、翔弓子は再びその目で大陸を見渡す。すると天界からまた新たに二つの光の柱が降り注ぎ、それぞれ大陸の一地点に降りた。
そしてまた、大陸全土を光が一瞬だけ包む。それと同時に降りていた光の柱は消え去り、天界は少しだけ高度を上げた。
「二名の転移を確認。同時、参加者九名の存在を確認しました。これより、天界の
天界よりの光が再び。それは天界の真下に注がれ、とある映像を映し出す。そこに映っていたのは円卓に並んだ玉座に座る、四人の仮面をつけた人物だった。
「
うち一人が仮面を外す。それは片目を失った比較的若そうな男。その雰囲気は女性気質すら持っていそうな優し気な男だった。
「今ここに、九人の参加者が集結した。これより、第九次
男の映像から切り替わり、九つの駒が移る。それぞれが九人の参加者を現すように、わざわざ作られていた。
「これより六時間後、我々はこの大陸のどこかに天界の玉座を設置する。それを探し出し、一番に座った者の勝利だ。玉座に誰かが座した時点で、
「さて、この
「尚この戦場から離脱する方法はない。先ほど異次元の扉を固定した。戦って死ぬか戦って生き残るか、二つに一つだ。存分に戦うがいい。さて、それでは……ルールの説明はこれくらいにしようか。では皆の健闘を祈る。今から六時間後だ。存分に戦え」
天界のカウントダウンが開始される。その時計が一秒を刻む度に、数名の参加者の胸の内は痛く鼓動した。
戦争開始まで、あと六時間。
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