村の客に

「あれま。あんたら、どこから来なすったね?」

「はぁ……どうしてそうなったかを言うと長いですが、ディジョンの街からです」

「あれま」

「あれま?」

「遠いところからまぁ、よく来なすった。懐かしいね。あたしがに行ったのなんて、まぁ、あたしが娘さんぐらい若い時ぐらいかね。そん時は宿まで取って、まぁ、えれぇ奮発してね? あぁ旦那がね? 見栄張ってするもんだから……」



 老婆の話は延々と続く。あまりに長いので、段々と目が泳いできた。夕日が目に優しい。しかし不思議な村だ。

 農村とはもっとよそ者に刺々しいものでは無いだろうか? 少なくとも故郷はそうであったように思う。というかよそ者どころか俺にまで厳しかった。じゃあ例外か、あるいはこの婆さんが人好きする性質の者であるだけか。

 ディジョンは田舎町だがそこに行ったのも生涯一度だけという。首都には行ったのだろうか? いや婆さんの過去などどうでもいいはずが妙に気になる……そこで気づく。これは本来の貧民であるコウカの生に近い。

 思えばこうした人々を俺は気にかけたことがない。自分のことで手一杯だと思っていたからだ。余力でセネレと組んだりはしたが……それだけだ。

 魔女によって鍛えられた力を持て余していたくせに、誰かに使おうとしたことは無かった気がする。


 そんなことをぼうっと考えていたからか。うっかりと話をほとんど聞き流していた。ジネットが笑顔で老婆の話を聞いているというのもあったからだが。



「ところで、あんたら夫婦かね?」

「はぁ、まぁ」



 ついででうっかりを重ねてしまう。気が付けば妙な設定が出来つつあった。

 ジネットが顔を真っ赤にして、小声で叫んでくる。器用だな、コイツ。



「えええええぇええ!? ほ、ほ……本気ですかコウカ様!」

「いや適当に返しただけだけど。まぁしかしそう悪くは無いだろ。一緒にいる理由としては無難だ。傭兵だと夫婦は変だし。冒険者で二人行動もなんだかな」



 セネレとコンビの時は使えなかった手だ。アレは容姿が幼いため、身元を偽る時は兄妹にしていた。素直に言っていたこともある。

 アマンダが加わってからは不法冒険者といった風でちょうどよかった。



「う、嘘はいけないことですよ?」

「そりゃそうだ。だが全部話すと俺が捕まるし、村も面倒だ。かといって全く話さないのも怪しい。生返事した俺が悪いけど、もう取り返しがつかないんだから諦めろ。どうせあわよくば一泊して、食料と水を買えれば良いという短い期間のことだし」



 村の中にあっさりと入れたことから、常駐してるような警備兵はいない。しかし、同時に規模が小さすぎて裏社会とも繋がっていないので伝を頼れない。

 俺としては少なくともセネレとアマンダに追加の情報を入れておきたいので長居はしない。

 二人には現在逃亡中としか伝えていないため、あっちからは大事に見えてしまうのを早く解消したいのだ。


 ジネットはまだブツブツと言っていたが、これ以上内輪話をしていくわけにはいかない。老婆に再び近づいて、話を進める。



「不躾ですが、この村に宿のようなものはあるんでしょうか? 持ち合わせはあるのですが、どうにも不案内で……妻はあの調子ですし」

「はぁ、そんなものは無いね。なにせ、訪ねて来る人自体がほとんどいないからねぇ。うちの納屋でよければ泊まっていくと良いさ」

「つ、妻……」



 随分と気のいい婆さんだ。しかし、この村は万事その調子であるようで、不審者が来たというのに周囲に野次馬が集まるわけでもなくのんびりとしたものだ。



「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」

「あんたら、食事は済んだのかね。良ければうちの衆に、外の話でも聞かせて欲しいんだがね」

「代価はお払いしますので、宜しければ是非に」



 まだ精神がどこかに言っているジネットの首を掴んで、老婆と並び歩き始めた。本当に穏やかな村だ。

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