半端者の職探し

 騒がしい安酒場。板張りの床の上にはおがくずが敷かれて、溢れた酒や吐瀉物などを受け止めていた。


「さて…どうしようかね?」

「…かね?」


 背丈が随分と違う二人組がいた。フードを目深に被って顔を隠しているが、ここにいる手合は大体が同じような風体だ。

 半裸で入れ墨の入った上半身を見せびらかす男もいたが、アレは何か意味があるのか?と背の高い方は思った。


「しかし…よくこんな国知ってたな

「…トカゲの巣を知るにはトカゲに聞くのが良い?」

「あってるのか?その諺…」


 いかにも怪しい人物です、と名乗っているような格好の二人組はコウカとセネレだった。


/


 タンロの国で文字通り吹き飛ばされたコウカは、何の因果かセネレと再会した。…その時はほとんど肉塊と化していたのだが。


 僅か数分で人間の形を取り戻したコウカに怯えなかったセネレもどこかズレている。ともあれ、セネレに刺されたこともあるコウカはひとしきり口喧嘩した後に晴れてコンビを再結成していた。


 タンロの国では騒動を起こしすぎた。聖騎士達のメンツのことを考えれば、表に名前が出ることは無いだろうものの、念のためにコウカとセネレはタンロを後にした。

 慎重になるに越したことは無い。ただでさえ魔女絡みで偉いことに巻き込まれたし…というのがコウカの考えだった。


 こうなると問題は行き先だった。

 コウカは最初、単純に星を頼りに北の国へと向かおうとしたのだが…どういうわけかセネレが激しく拒否した。

 仕方なしに妥協点として、北東よりに進んだ結果がこのフォールンの国であった。

 それも首都、ダウンにたどり着いた。


 闇雲に進んで正確に町へと行き着くはずもない。単純なコウカは最初からセネレに誘導されていたのだ。


//


 年若いながら裏稼業に生きてきたセネレが導いただけあって、ダウンは大した堕落の街だった。

 お誂え向きなことに、最近まで内乱などで荒れていたとあって、すんなりと潜り混むことができた。コウカのような“ならず者”にとっては辺鄙な町の方が余程目立つ。

 そう考えれば、セネレの相談無しの計画に文句の付けようもないのだが…


「タンロの北に何があったんだ?」

「…さぁ」

「良し、お前の弱点を一個握ったぞ。今度刺したら西へ向かってやる」


 笑いながらしてやったりという顔をしているコウカに、セネレは奇妙なものを見る目を向けた。普通は刺されたりすればその程度の恨みで済むはずもないのだ。

 再生の力を発揮する樹槍の加護を受けるコウカには、ひどく欠落した部分があるようだった。


「…コウカって変人」

「何か言ったか?」

「…コウカ、ちょろい」


 ちょろい?と首を傾げるコウカだったが、目の前の粗末な麻紙が幾枚も打ち付けられた板に目を向け直した。


「…で、冒険者って何するんだセネレ?」

「…さぁ?」


 二人で首をかしげた。

 方や貧農上がりの魔女の弟子という奇妙な経歴の男。方や暗殺者…それも出来損ないの“牙抜け”上がりの少女。

 二人は徹底して世間に疎かった。


//

 フォールンの国は内戦が続き、荒れに荒れていた。その内戦も最近になって終結。人手の足りなさから、素性の怪しい人間までほとんど素通りさせた。

 どんな国でも人手が無ければ、何も動かない。首脳陣としては自棄糞めいた判断だっただろう。コウカ達としては、これ以上無い国だった。


 傭兵は無理だった。コウカはともかく、セネレを連れていける職でも無い。大体、内乱が終わったこの国では傭兵とは強盗の別名になっている。


 戦士ギルドは論外である。国を超えた繋がりを持つその共同体は、国がこんな状況でも胡乱な者を受け入れない。保つべき品位を未だに抱えて、下手な騎士よりよほど上等な集まりだった。


///


 そこで冒険者となるわけだ。

 この新興の集団は昔、コウカも故郷の寒村で聞いたことがあった。…どういう集団なのかを話し合っているのを横で聞いていただけだが。


「ふぅん。“子鬼退治”、“巨鬼退治”、“飼い犬の情報”、ええと“ごー盗団の排除”?」

「…コウカ、文字読めるの?」

「かなり怪しいが、ぎりぎりな」


 〈美しき者〉が品がどうだの言い始めたお節介の結果である。もっとも、〈美しき者〉はとっとと飽きてしまったために〈才なき者〉に〈半端者〉は教わった。 

 それがコウカの教養の限界でもある。


「…聞いている限りだと、傭兵と何が違うの?」

「さぁ…名前からすると、誰もいないようなところに行くんじゃないか?いや、それだと旅人と変わらないような…」


 無知な二人だったが、それゆえにかえって物事がよく見えるようだった。


「うぅん。セネレよ。この町に連れてきたんだから、何か知ってるんじゃないのか?」

「…うん。実は…」

「実は?」

「…こんなに簡単に入国できると思ってなかったから、考えてない。本当はマトモじゃない職を紹介しようと思ってた…」


 コウカは再び斜めになった。

 盗賊とか、暗殺とか、強盗騎士とか…、と指折り数えるセネレを駄目な子をみる目で見守る。


「…とりあえず戸籍を買うために、金貯めないとなぁ」


 未だ呟いているセネレを横目に、コウカは呟いた。社会の枠組みに入ろうとすると、魔女の名は最高に邪魔だった。教会の近くで乞食もできない。

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