〈完璧なる者〉

 サエンザは魔女の弟子の中でも異質な存在である。


 まず、彼のみが実際に魔女と戦っているということ。結果は人間の頂点とも言える、生まれつきの英雄である彼をして惨敗という結果ではあったが…


 次に、彼のみが魔女の教育の中でさして性能の向上が見られないところだ。魔女と出会った時には既に英雄として完成していたサエンザは既に限界点にたどり着いていた。

 鍛錬などという地道な修行の中で得るものなど無かったのだ。如何に運命に愛されていた人間でも、無制限に強くなれるわけではない。物理的なものと霊的なものの両方でコレ以上の身体性能は望めなかった。


 そして、魔女はサエンザを一種の基準として捉えているフシがあった。〈半端者〉が樹槍を使ってようやくサエンザに並ぶようにデザインされているように、他の4人についても使サエンザと互角と言える。


 それは魔女が単に力を持つ駒が欲しいというわけではないことを表してもいた。


 ならば、魔女との出会いでサエンザは変わらなかったか?否である。


/


 サエンザは弟を見事に討ち果たした。

 サカルスは確かに国の大罪人だった。だが、その死に涙することぐらいは許されていいはずだ。

 自分は皆から距離を置かれていると思っていた。だが…本当は自分から離れたのではないか?


 サカルスに話しかけたりはした。しかし、それが歩み寄ったことになるだろうか?最後の死闘のほうが余程、兄らしいことが出来た気さえする。


 息絶えたサカルスに肩を貸す形で、サエンザは歩き始めた。最後くらいは横並びでいたかったから。 

 父にかける言葉は無かった。あるいはサカルスの前にこそ、父サトゥールと語り合う必要があったのだろう。

 こうなった後では全てがサカルスのことに終止してしまい、真実に父と向き合うことが出来ない。その機会は永遠に失われた。


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 地上に出るとセゴールが待っていた。

 サエンザの肩のサカルスを見て、彼もまた何も言わなかった。わかりきっていた結末に対して、何かを言うようでは大家の主は務まらないのだろう。


「…奥には?」

「父…サトゥールと神器を失った修道騎士が一人」

「そうか…あえて讃えよう。良くやったサエンザ。ナルレの家名はお前によって最後の面目を保ったのだ」


 良かったことなど何もない。だが、この騒動で生命を失ったセゴールの部下は何人いるのだろうか?そこを考えれば、もはや返す言葉など出てこない。


 これが失うということか。自分が行ったことでも、他者に訪れたことだろうと、出来ることは背負うことのみ。

 父と弟の汚名が忘れ去られるほどの実績を、これから積み上げていくしか無いのだ。背教者として認識され、もう表には出れずともやれることはある。

 いいや、成せることがなくとも投げ出すことは許されない。自分は勝者なのだから。


///


「かくて、英雄は悲しみを背負って尚折れぬ。おお、偉大なるかなサエンザよ…と」


 魔女は思案しながら、大仰な仕草で天を仰いだ。


「やはり、あの子をナリーノから引き離すまでには至らない、か。運命はどうしてこうも、誕生の地に拘るのやら」


 弟子を解放したが、その全員が故郷へと一度戻っている。そして活動の場はそこを起点としてしまった。

 

「拡散が遅い。生国を離れたのは〈半端者〉のみ…か。これでは我が子達を出来るだけ多くの者へと引き合わせるに足りん」


 唯一順調なのは魔器の起動による吸収ぐらいか。そう考えて、魔女はまだまだと笑った。


「ここを離れるわけにはいかないが…さて、後押しぐらいはできるかな。愛しの〈半端者〉に期待するとしよう」


 波紋を消しても、泉に石が投げ込まれた事実が消えるわけではない。投げ込まれた石が魔器であることを考えれば、泉に悠久の時を超えて残り続ける。

 焦るまい。しかし、我が子らを無為に過ごさせる気は魔女には無かった。


 

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