神器のために

「やってくれたな。サエンザ…!」


 シルベド老は報告を受け取り、その成果を直に確かめると静かな興奮を滲ませた。

 

 サエンザが神器使いを殺害した、というのは些か問題はあった。しかし、最新兵器たる聖剣が幾つかもたらされた。これは大きい。


 神器には改良する術が無いが、聖剣はそうではない。

 他国の聖剣は最新の魔術・技術の宝庫である。神殿騎士は術も良く使い、神殿自体が相当数の神器を保有している。それを踏まえればこちらの聖剣の改良へと役立つことは疑いない。


 聖騎士が一国の首都に秘密裏に派遣されたという証拠にもなる、とくればシルベド老の興奮も分かるというものだ。


「見た目には分からんが…さて、この聖剣一本でどれぐらいの価値になるやら。しかし、こうなると問題はサカルスの行方だな」


 手に入れた聖剣を一通り眺めてから、机に置いたスラボスが話題を変えた。


「これまでどこにいるか、判然としないのが謎だったが…我らが聖剣をこうして手に入れてみれば一つの可能性を思い出す」

「…まさか。流石のサカルスもそれをするほどに性格が捻れているとは思わんが…」


 シルベドもそれを考えないでは無かったが、サトゥールもサカルスも王家の一員である。そのような考えに至ると思いたくなかったのだ。


「神器を持って国外へと逃亡する。それこそが最悪だ。デュランダル自体にも不明な点が多い」


 皮肉屋のスラボスはその事態を考慮するべきだ、と主張した。

 デュランダルはこれまでナリーノ王家の出身者のみを適合者に選んできた。そこを考えればデュランダルを与えた神が…あるいはデュランダル自体がナリーノに愛着を持っているのだろう。


 神器はふとした時に消えることさえある。心変わりをして、神殿騎士の側へとデュランダルが流れたら…ナリーノは神器を失う。

 そうなれば聖騎士も機能しなくなり、ナリーノは圧倒的な個をただの兵士で相手にする弱小国家への転落を辿るだろう。


「表向きはサエンザに消えてもらい、実際には残ってもらう。そしてサカルス…とは言わんが神器も戻ってくる。それが我らの望みというわけだ」


 スラボスが意地の悪い笑みを浮かべたが、それは自分に向けたものだろう。言葉にすれば自分たちがサエンザに求めていることは都合が良すぎる。

 一族の不始末を拭うのも貴種の役割だが、皆サエンザに対しては後ろめたさを覚えていた。


「…セゴールは?」

「その事態に備えて方方で動き回ってもらっています。残るサトゥール一味がどこに行ったのかの追跡と、国外へ逃れることに備えた包囲網の形成というわけです。相手が聖騎士の一団となれば、動かす兵数と金で頭が痛いですがね」


 シルベド老が話題を変えた。

 罪悪感がどうあれ、ナリーノのためにやるべきことはやっておくべきだ、という逃げ道を用意して。

 サエンザが帰還して数ヶ月。騒動が起こってからまだ数日。この短い時間で疲労が老人を、更に萎えさせていた。


/


 “王の目”とセゴールの部下は最上の成果を出した、と言っていいだろう。

 一週間足らずでサトゥール達の行方を掴み、サエンザに伝えることに成功していた。“王の目”に探りを入れさせて、その行方がところから徹底的に追ったのだ。


 神器使いにせよ、聖騎士にしろ、武力で物事を排除する癖を抱えている。身体能力の強化を初めとした「人を超えた」という意識が、そうでない者たちを見下す傾向を生む。

 そこを突いたのだ。


 犠牲になるよう求められた“王の目”達のことを思えばこそ、途中で手を抜くことは許されない。サエンザは弟サカルスに対して深い悲しみを覚えた。


「サエンザ」

「セゴール様…」


 無骨な巨漢は貴族服よりも、甲冑の方が似合っていた。軍馬の上からサエンザに目を合わせてから、廃墟を指差した。


「あそこにお前の父と弟がいる。ラワンとナリーノの名において命ずる。逆賊の首を取れ」


 無情なようだったが、そうではないとサエンザは瞬時に理解した。

 命じることでサエンザのせいではない、そういう形にしてくれているのだ。

 それは第3者の目から見ても、サエンザと家族の関係が修復不能だということを示唆してもいた。


「ここに来るまで討たれた“王の目”は8名。我が部下で命を失ったものは100名に近い。…もはや、お前とサカルス…どちらもは救える段階に無い。そしてどちらを選ぶかと聞かれれば、私はお前を選ぶ」


 セゴールの目にあるのは憐憫と親愛だ。

 サトゥールよりも、余程父親の目と言える。


「修道騎士は我らが抑える。お前はお前の事情を終わらせるのだ」

「彼らは聖騎士。デュランダルと接続している可能性が…」

「神器使いでなければ、数で押すことは不可能ではない。余計なことは考えるな。お前はそのデュランダルと戦うことになる…のかもしれんのだからな」


 濁した部分は優しい嘘。

 セゴールにはもう分かっているのだろう。血を分けた兄弟の再会がどういう結末を迎えるのか。


//

 夜中にサエンザは一人で目的地へと向かった。

 本来は明朝にセゴールの部隊と同時に赴くことになっていたが、これ以上ナレル家の問題に他者を巻き込みたくはなかった。


 足を踏み入れた廃墟は、サエンザにも見覚えはなかった。元は砦かなにかのようだが、広間の間取りからすれば教会か何かのようにも思えた。

 いや、教会の方が正解だろう。ここに潜むのは修道騎士達なのだから。


 ここまで遮るものは誰もなく、そして魔器から伝わる気配は一つだけ。


「地下で私を待っているのか…」


 それはサカルスが持つデュランダルだろう。

 思えば、今回の騒動にサカルスが積極的に介入した形跡が無い。ナレル家の当主という肩書を使えば、騒動はいくらでも広げられたはずだ。

 また、戻れるのだろうか。そんな甘いことを考えていた…


『目覚めろ、神器よ。神々の威光を世界に知らしめん』


 古い教会に静かな祝詞だけが響く。その声には二重の意味でサカルスも不意をつかれた。


『我が与えるは隠身の加護。最早、賢者の眼すら汝の野望を見抜くに足りず』


 神器使いが二人いた?神殿は一体、どれほどの人材を抱え、どれほどの神器を隠し持っているのか。

 ならば世界を裏から統べるのは、国家でも、貴族でも、商人でもない。


『堅牢な城へと忍び込め。玉座と黄金。女と民をその手に掴め。これこそ、至上の簒奪なり』


 古来より栄誉とは与えられるもの。ならば次に来たるは奪うもの。盗賊が戦士に次いで現れるのが世の習い。

 神威だけが古教会へと満ちていく。しかし、サエンザにはその姿が捉えられない。声すら右から聞こえたと思えば、左へと。ならば、この神器の能力は…


『さぁ行くが良い我が下僕!強者ならぬ覇者こそ、貴様が定めよ――』


 顕現するのは如何なる神の力か?判然としないが、しかし侮ることは出来ない。姿を見せること無き、神器の担い手。仕留め損なえば確実にこの国へと災いをもたらすと断言できる。


『神器!“ポリティア・ギュゲイス”!』


 その隠形は本人だけでなく、身につけたものにさえ作用している。

 見えぬ一撃がサエンザが先程まで立っていた、古い石材に叩き込まれた。


「認識阻害…!こんな神器もあるのか…!」

『よく来たな背教者。貴様らの腐臭が世界を覆う前に、我ら神の使徒がそれを阻む』


 声が響く。遠くからのようでもあり、近くからのようでもある。


『まさか、サー・グラリムがこんな若造に遅れを取るとはな。これだから世俗に半分浸かる神殿騎士は信用がおけん。それにしても…』


 サエンザは声の抑揚だけを頼りに、飛び退いた。

 僅かに布鎧が裂ける。手には刃物を持っているらしい、と見当がついたがそれだけだ。


『本当は最初の一撃で終わるはずが、これだ。貴様の弟はつくづく役に立たん。背教者の弟はやはり背教者か?』


 おそらくは初撃でサカルスと修道騎士が連携して終わらせるつもりだった。

 それをサカルスが乱した。

 そこに希望を感じるサエンザだが、しかしあることに気付いて戦慄する。


「しまった…!」


 サエンザはこの段になって、撤退を試みる。しかし、当然それは見えない一撃に阻まれた。


『少しは頭が回るようだな。そう。今頃、貴様の庇護者達は我が見えぬ聖騎士達に蹂躙されていることだろう。背教者に肩入れなどするからそうなる』


 しかしまぁ…と、呟きとともに連撃が襲いかかる。それでもサエンザはやはり〈完璧なる者〉だった。空気の動きだけを頼りに、全て受け切る。


『我らに従順な者で入れ替えて、貴様らの血筋は続けさせてやろう。王など神が任じているに過ぎん』


 その言葉は全てが、サエンザを動揺させるためのものだった。

 夜中の単独行動が裏目に出た。影などを頼ることも出来ない。


 目隠しをされて闘技場に引き出された罪人のようなものだ。ここにサエンザの運命は尽きた。


///


 異界で魔女は、得体の知れない研究を続けていた。

 遠見も星読みも、何一つ行ってはいない。


「馬鹿な子ほど可愛い、というが…出来が良すぎる子は見る必要が無いからかな?」

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