孤軍英雄

 サエンザは一人、道を歩く。

 騒動を感じ取った民衆が家へと避難しているために、騒がしさは微塵もない。壮麗な白い都市に誰もいないというのは酷く不気味な光景だ。死者の町…とは荒れ果てた廃墟ではなく、案外にこうしたものかもしれない。


 響く音は遠くの噴水の水の音。そして、サエンザの足音と剣帯の音色。

 サエンザは鎧の類は身につけず、軽装だ。布鎧に近い格好に動きやすいズボンを履いている。

 …老人達には言わなかったが、これから見える敵達に鎧など通用しない。そのことを腰に下げた剣二振りの片方から感じ取っている。


 これこそがサエンザに与えられた魔器。

 サエンザ自身の完成度の高さから、サエンザの魔器は同胞の中のソレの中で最も弱い。サエンザはそれを結構気に入っていた。


「…師よ。これは貴方の采配でしょうか?それとも別の何かでしょうか?貴方は一体何をお考えなのか…」


 輝剣は何も答えない。随分と無愛想な魔器であることに既に慣れているサエンザは柄を優しく撫でた。

 サエンザは知っている。魔女の弟子は各員の力量が均等になるよう魔器を配されているだけでなく、魔器達に付けられた名が単なる音の羅列でしかないことを。


『魔器の真の姿は別にある。但し、引き出せるかどうかは私にも分からない。なにせ、分かってしまったら意味が無いのだから』


 おそらくは…各弟子達にも情報は分散されて伝えられている。

 それらを全てつなぎ合わせれば答えが出るのか?なぜ異界に潜む魔女が自分たちを鍛え上げたのか…


「それは後にするべき、だね」


 人気の無くなった首都にある神殿にたどり着いた。決して簡素な作りではないが、強国に設置された物としては規模は確かに小さかった。

 サエンザは周囲を全く気にすることなく、魔器から感じる鼓動を頼りに歩を進めた。そして、あろうことか正面から乗り込んでいった。


/


 神殿の大扉をサエンザは苦もなく腕力で押し広げた。

 通常は何人かがかりで行うものだが…魔女の弟子としては当然の身体能力である。サエンザに関して言えば弟子になる前からこれぐらいはできたという異常さはあるが。


「き、来たか!背教者サエンザ!」


 待ち構えていたのは神殿長。小太りの顔に、落ち窪んだ顔が乗っかっている様は醜悪であったがサエンザは気にかけない。


「お久しぶりです。ザッカス殿。…まだ、酒をやめられていなかったのですね。心の臓に悪いと忠告したはずですが」


 在りし日の記憶を思い起こしてザッカスは心底、恐怖した。サエンザとそうした話をしたことを思い出したのだ。それはサエンザがまだ物心ついたばかりの頃だったはずであり、それを正確に記憶していた事実に。

 この男は…何かが違う。隔絶している。そう直感したのは、小心者ならではかもしれない。


「サエンザよ!お前は道を違えた!オージン様が!フロージ様が!ソール様が!数多の神々が!お前の存在を許さぬであろう!」

「それを貴方に吹き込んだ方は今、どちらに?」


 ザッカスの顔に更なる動揺が広がった。なぜ、それを…

 サエンザは美しい金髪を払いながら続ける。


「ザッカス殿。貴方は利用されている。事態がどんな形で終わろうとも、責を負わせるための身代わりとして配置されているのです」

「な、なにを…」

「外の騎士団は攻めてこない。それは圧力をかけるためですが、それも表向き。神殿騎士は嘘を吐かない。彼らは本当にこのサエンザを討つために来たのですよ」


 言葉が終わると同時に、サエンザは剣を抜いた。そのまま、何もない虚空へと剣撃を見舞う。ザッカスが怯えたように頭を覆おうとした、時には石床に金属が叩きつけられる音が反響した。


 只人には疾風にしか見えなかったであろう敵を、サエンザは正確に迎撃してのけたのだ。


「厄介な連中を引き入れましたね、ザッカス殿。甲冑を纏ってこの動き…聖騎士。そして聖騎士が力を発揮しているということは…」


 暗がりにサエンザは剣を突きつけた。


「神器使いがいる。まさか最大戦力である神器使いを潜入に使うとは、誰も考えないでしょうね」


 その声に応えるものがあった。ゆったりとした拍手をしながら、鈍い金の甲冑に身を包んだ騎士が現れた…サー・グラリムである。


「流石は〈完璧なる者〉といった所かな?だが少し自信過剰だ。この地の利権を狙っているのも、本当のことだ。どちらもウルズの製造物には相応しくない。全ての力と輝きは我らと我らの神々にこそ相応しいのだから」


 与えられた名まで知っている。その事実にサエンザは眉を動かしたが、あえて別のことを口にした。


「…父上は?」


 グラリムは大仰な手振りで嘆いてみせた。


「ああ…弟のことは聞かないのかね?なんとも薄情だ。家族を愛していないのか?…まぁアレも神器使いの端くれだ。いないことぐらいは感知されるか。父君については…そうだな。壁のシミになっていると言ったら信じるかね?」


 サエンザは剣を突きつけた姿勢のまま、微笑んだ。どこまでも自然体な様子にグラリムも不快感を覚えた。


「…嘘ですね。欲深い貴方は、父にまだ利用価値を見出している。今頃はどこかに運んでいるのでしょうか?」

「賢しい小僧だ。まぁこれから死ぬことになるのだから、虚勢を張るのも無理はない。お前を殺してから、その事実は伏せる。そこから始まり、この地は我らと神のものとなる」


 グラリムが指を鳴らすと、顔まで覆う甲冑の騎士達がいたるところから顔を出した。その数13。その全員が聖騎士であろう。


「貴様のごとき、背教者を討つに名誉もない。処分させてもらうとしよう。それにしても…」


 グラリムはサエンザの腰にある剣を見てあざ笑った。


「なんとも弱々しい波動だ。これで〈完璧なる者〉とは魔女が長けているのは冗談らしいな?この分では残る者達の程も知れる」

「…聞き捨てなりませんね。私はともかく、我が友人たちを嘲るとは」


 サエンザが剣を。不可解な行為にグラリムの反応が遅れる。

 サエンザは立てかけてあった装飾の槍を手に取った。

 その行動も不可解だ。相手は聖剣と神器。ならばサエンザもまた、魔器を使用するのが真っ当な判断というものだが…


。我が同胞の力を教えましょう」


 数も質も劣るはずの側からの挑発にグラリムの戦意が弾けた。


「…やれ」


 短い合図で一斉に聖騎士達が飛びかかった!


/


 最初に踊りかかろうとした聖騎士は、サエンザの方が速いことを踏み込みの段階で察知した。

 攻撃の速度を維持したまま、守りに入ろうとしたその切り替えの早さは流石の一言である。


「…がっ!」


 ゴボリ、と不快な音を立てて兜の隙間から血液が溢れる。

 完全に槍の軌道を遮ったはず。にも関わらず槍がそれを迂回して喉元に穂先を抉りこんできたのだ。

 まず一人。


 次の二人もまた冷静だった。

 サエンザが手練であることを再認識して、左右から挟み撃ちにせんと距離を素早く、そして慎重に詰めてきたが…


 それに対してサエンザは槍を無造作に回転させる。それだけで喉元が正確に切り裂かれて絶命した。一瞬のうちに二人を同時に。それも甲冑と兜の僅かな隙間を縫っての早業。

 これで3人。


 続いては3人。近接戦闘においては一人に攻めかかれるほとんど限界の数であった。これにはサエンザもたまらず後退する。


 だが…後ろ向きに走っていたはずのサエンザの槍撃は、異常な速度で繰り出された。距離が開く速度と合わせた完全なる機を狙った、その連撃はほとんど一条の閃光しか見えない。

 あえなくこの三人も倒れた。


 その間隙に背後へと回っていた聖騎士は、見栄を捨てて奇襲をしかけた。サエンザは背を向けたまま。それも移動した後のために姿勢が崩れているという格好の的。

 しかし、サエンザの槍は自身の左脇の間から繰り出された。見もせずに聖騎士の挙動を察知してのけていた。


 わずか一瞬の邂逅で倒れた聖騎士は7人。過半数を失ったことになる。

 その魔技に信仰で麻痺していた聖騎士達の危機感が復活した。死の恐怖…それも自身の死が何の成果もあげられぬという無力感を伴うもの。

 戦場の花形、聖騎士となって以降忘れていた弱者の心持ちに不意打ちを受けて、修羅場は一瞬の停滞を見せた。


「どうかな?これが貴方が侮った我が友の力。〈半端者〉の槍技だ。勿論完全ではないけどね…再現率は八割ぐらいだろうか?」


 それを〈半端者〉が聞いていたのならば、抗議の声をあげただろう。確かに技量という点では正確な値かもしれないが、〈半端者〉ではここまで冷静に技を紡ぐことができない。

 サエンザという完成された精神を持つ英雄が放つからこそ、呵責のない恐るべき魔技となっている。〈半端者〉のソレとは動きが似ているだけの別物だ。


「ふん。ソレで勝ったつもりでいるのか?貴様は手段を誤った」


 そう言い放ったサー・グラリムは一瞬でサエンザに組み付いた。神器使いの身体能力の上昇幅は、聖騎士のそれとは比べ物にならない。


「長柄の武器を取った貴様の…!」


 言い終わる前にグラリムは、強烈な一撃を頭蓋に感じて弾き飛ばされた。


「〈美しき者〉の格闘術。そして…」


 主の危機に割って入った聖騎士は、強烈な攻撃を受けてまとめて吹き飛んだ。常の戦場で彼らがそうしたように。


「〈才ある者〉の剛撃」


 ふらつくグラリムはなんとか立ち上がった。己の剣を握りしめて、天上の意志に従わんとする。逆転の目はもはやこれしかない。


「目覚めろ、神器よ。神々の威光を――!」


 神の支配に身を委ねるその刹那に、グラリムの側頭部に部下の剣が突き立った。サエンザがいつの間にか投げた剣が、いかなる技か曲線を描いてグラリムのもとへたどり着いたことに、誰も気づかなかったであろう。


「〈醜き者〉の刀剣術。覚えたか」


 何ら本領を発揮できないまま、神器使いはその生涯を終えた。

 間髪入れずにサエンザはグラリムの神器を打ち砕かんとしたが、神器は担い手を見限りあっさりと掻き消えた。


「…薄情な。神器を打ち砕くことで、師の思惑に少しは迫れるかと思ったんだけど…」


 それは次の機会となりそうである。

 主を失い、ただの戦士となった残る聖騎士を素手で捕縛してからサエンザは呟いた。


「しまった…〈才なき者〉の技を披露できなかった…すまないアルゴナ」

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