光輝始動
ここに来てナリーノは王家の会合を開いた。
すなわちナリーノ・ナルレ・ナワン・ナズール。数ある血筋の中でも特に王位に近い四王家による会合だ。
議題は当然、ナルレ家の暴走に関する対応だが…現当主サカルスが欠席しているのもまた当然だろう。代わりに席には誰も居らず、サエンザが椅子の後ろに直立していた。
「玉座の間を守る必要が無い…というのは幸いなのかな?」
ナリーノ家のシルベド老が憂鬱そうに呟いた。ナリーノの名が示す通り、祖王はこの家の出身とされている。その権威は大変なものだが、名の影響力が強すぎたために王家の継承を自分から最も少なくしていることでも知られる。
この老人は何事につけ悲観的であることでも名高い。
「しかし、至尊の座に誰もいないがゆえに動ける者が限られる。良かれ悪しかれ…まぁ何事もそうだがな」
皮肉っぽい考えの持ち主はナズール家の当主、スラボス。痩せぎすの体だが、かつては武闘競技において負け無しを誇ったとされる。…サエンザはその勇姿を見たことがないが。
「ふん。良かれ悪しかれ。確かにな。ナルレの家にサエンザが生まれたと思っていたら、サカルスはとんだバカで。マトモだと思っていたサトゥールは阿呆だった」
「…」
ナワン家の当主、セゴールの言葉は辛辣だ。
王族としては珍しい巨漢で暴力で解決しそうに見える外見だが、開明的な考えの持ち主である。幼いサエンザの才を見抜き、素直に玉座を明け渡す選択はその表れともいえるだろう。
期待していただけに、ナルレの暴走に最も思うところがあるのは彼だろう。
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出席というよりは傍聴している形のサエンザには発する言葉もない。恥じ入るばかりだ。だが、やるべきことはある。
「さて…問題はいかにして事態を収めるかであろう。愚痴を言っていても始まらぬ。“王の目”の招集は?」
「もう勝手にした。既に出来る限りの情報は掴んでいる。残念ながらサトゥールの知性は戻らないようだがな。気になるのは王の目の経路のうち、幾つか連絡が絶えていることだ。潜入している神殿騎士と修道騎士は何やら異色の気配を感じるな」
王の目はサカルスも使用した、王族直属の諜報機関だ。影に動くことにかけては世界でも有数だろう実力を備えている。
普段が王家同士の遊戯のコマめいた扱いのために、こうした真の有事にはどこか頼りにくい気がするのが玉に瑕というものだが。
連絡が絶えた“王の目”は既に冥界の住人になっているだろう。捕縛されれば自害する。
騎士が策謀に長けているというのはよくある話である。しかし、隠形に長けた“王の目”を捕らえるなり、殺害するなりしたというのはどうにも腑に落ちない。
「“王の手”は動けん。動けても神器をサカルスが持っている以上は単なる戦士だがな。内側に食い込んだ連中だけでもさっさと潰したいところだが…」
セゴールも今度の騒動には何かしら不気味さを感じているようだった。
これまでの事件は醜聞ではあるものの、力尽くでも何とかなる範疇の問題のはずである。侵入したものと内部にいる者合わせても王都の警備隊だけでも押しつぶせる数だ。
丸ごと数で押しつぶして、後の処理はあとでやるという雑な対応でも解決といえる。
だからこそこうして会議などやっていられるのだが…
「どうにも分からんな。なぜ、あの連中は自信満々に神殿に引きこもっている?こちらが手を出せない、とでも思っている…訳はないな。たとえ民を人質に取っても変わらん」
スラボスも首を捻る。
だが、サエンザには分かる気がした。
ここにいる各王家の代表は現実的に優秀な人物だ。
だから…もし相手が現実的な利益を求めていないとしたら?話は違ってくる。
「恐れながら申し上げます。此度の一件はこのサエンザに責任があります」
静謐な顔のまま、サエンザは告げた。
頭を下げるその動作にさえ、数多の貴族を見てきた王族達にも目が話せない美しさがあった。
「それは分かっている。だが、暴走を選んだのは他ならぬサトゥール達自身だ」
「ナルレ家を取り潰すわけにもいかん」
「貴様に出番は…」
口調こそ厳しいが、その全てがサエンザを思いやっている。サエンザの恐るべきところは、彼らに無意識でソレを言わせているところにあった。
それをサエンザは身振り一つで遮った。
「彼らは背教者を討つ、というのを名目の一つにしています。それを真実にしてやることが最良かと」
それが意味するところは…
「まさか、一人で…」
「サエンザ。落ち着け。まだ若い貴様のことだ。命一つ投げ出せばいいと思っているのだろうが…」
スラボスとセゴールは狼狽の色を隠せない。
どういうわけか、この才気あふれる若者を犠牲にしてはならないという確信がある。
「貴様を実際に我らが追放する。そして貴様が一人で敵陣へと赴き勝敗を決する。勝とうが負けようがその後はどうとでもなる…その腹積もりか。…随分と無茶を言ってくれる」
サエンザが死んだ場合は確かに敵は名分を失う。だが勝って生き残ってしまった場合、神殿との勝敗は王家が口先で決することになる。
それは王家ではなく、3人の男に対する絶対的な信頼だ。
彼らならば、やってくれるという純粋な…
光輝の貴公子にソレを向けられた者たちは、痺れるような感動を味わった。かつて、サエンザを見出し、そして王位に着けようとした時の感覚。
この男ならば当然。この青年なら仕方ない。そうした思いが、9年の歳月を超えて蘇った。
「良かろう。行くが良いサエンザ。後はどうとでもしてやる。愚かな行為に走ったとは言え、あれらは貴様の身内。貴様が決着を付けた方が、救いがあろうよ」
老人は告げた。
サエンザが死んで、相手が大義を失う可能性など既に頭には無い。
この若き英傑は必ず勝つだろう。その後にこそ自分たちの仕事がある…
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