38-6.「相変わらず美しいわね」

 連れていかれたのは海岸沿いの老舗の料亭。そこに隣接したティールームだった。

 日本家屋の一室に洋間風に絨毯を敷いた部屋、ゆったりとソファーが置かれている。

「座りなさい。それともわたくしとはお茶も飲めないというの?」

 いちいち癇に障る話し方。だけど一返せば百返されることを知っている美登利は黙っている。


「あなたは相変わらず美しいわね」

「……」

「そして相変わらず箸にも棒にも掛からずふらふらしているようね」

 姿勢よく座った千重子理事長は隙のない動作で紅茶のソーサーを持ちあげる。

「自分の価値をなんだと思っているの? あなたの容姿と才能があればどんな人生だって送れるのに」

「そんなふうに思ったことはありません。箸にも棒にも掛からぬ身ですから」


「相変わらず口の減らない」

 冷たい眼差しを美登利に投げて千重子理事長はまなじりを吊り上げる。

「あなたたちはまったくわかっていない。恵まれた者には恵まれた者の義務がある。それを考えもせず好き勝手ばかりとは何事ですか。自分の使命を自覚なさい」


 美登利にはまるで解らないことだが、この主張も信念に基づくものであり千重子理事長にも信奉者たちがいる。

 ただ、苗子理事長の考えとは正反対であり美登利もまたそれに賛同はできないということ。


「わたくしを冷たい、手段を選ばないと非難したいのでしょうけど、そうでもなければあなたのような子どもは言うことを聞かないでしょう。後悔しないよう言ってあげてるのです。苗子の元ではあなたは大成しない。わたくしのところへ戻っていらっしゃい」


 話しながら脇から書類を取り出す。西城学園大学部の入学願書。

「なにを言い出すかと思えば」

「中川氏には再三お願いしてるのに埒が明かないから直談判してるのよ」

「……」

「本当にあなたの父親は銀行屋らしく頭が固いこと」


 美登利はすっと立ち上がる。

「私の返事も父と同じです。これ以上お話しすることはありません」

「あなたはまた……」

 千重子理事長が激高した声をあげるとスーツの大人たちが三人入ってきた。

「今日という今日は無理にでも従ってもらいます」

 呆れてものも言えない。美登利は黙って身構える。

 玄人でもない中年男性が三人、余裕だ。


 思っていたら闖入者が現れた。

「こんちはー。お久しぶりっす、千重子せんせー。なんでオレのことは呼んでくれねえっすか」

「な……」

 突然やって来た宮前仁に千重子理事長も目を白黒させる。


「おお、こりゃ入学願書じゃないっすか! ちょうど取り寄せようと思ってたっすよ」

 さらさらと記入してばん、と千重子理事長に差し出す。

「ほんじゃ、よろしくお願いしやす」

 美登利の手を取り、ぽかんとしている大人たちの間を抜けてすたこら逃げ出す。

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