Episode 36 マインド・セット
36-1.何かが違う
その光景を見た瞬間、目の裏がビリビリしてなにを思ったかなんて覚えていない。足が、腕が、勝手に動いてふたりを引きはがしていた。
握った彼女の手は震えていて、正人はまた思い知った。
どうしていつもいつも一人で背負うのだ。誰かを頼らないのか。
大丈夫なのに、大丈夫だから。そんな台詞は聞き飽きた。
(大丈夫なんかじゃないくせに)
頼ってほしいだなんて思うのは驕りだと反省したときもあった。だけどやっぱり、見ているだけなんて嫌だ。
――約束、守ってくれたんだね。
――お願いね。
もっと言って。おれだけに言って。もっと頼って、いちばんに。
あなたのためならなんだってする。
――そこがあなたのいいところかもね。
あなたの言葉にだけ従う。そうでなければもう、自分を保つことすらできない。
(おれは、あなたが見ていてくれなきゃ、ダメなんだ)
「結局、京都奈良なのな」
「ねえ、組織票でもあったのかな」
がやがやと門前町の坂を上りながら片瀬修一と森村拓己がぼやく。
修学旅行一日目。奈良で寺院を見学に行くところだ。
ふたりの後ろを歩きながら池崎正人は終始暗い表情をしている。今は一緒ではないが小暮綾香と須藤恵の様子もぎこちない。
拓己は予感を感じずにはいられなかった。
(もう駄目なのかな)
随分とあれこれ工作して頑張ってはみたけれど、もう無理なのかもしれない。
そこから抜け出せる人間とそうでない者の違いなんて拓己にはわからない。
けれど拓己が美登利の近くで見てきた中でも池崎正人が初めてのタイプなのは間違いない。
(坂野さんが認めたくらいだ)
楽な方へ流されていれば良かったのに、正人はそうはならなかった。
なにが違うんだろう、自分と正人を比べて考えてしまったこともある。
だけど比べることに意味なんてない。敢えて茨の道を行く。そういう人間は、根本的に徹底的に、何かが違う。
計算でしか動けない拓己にはそうとしか思えない。
それでいい。もう勝手にしろ。計算のきかない馬鹿なんておまえが初めてだ。
自分にとっても計算を外れたところで、悟りの境地で拓己は思った。
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